第132話 「やっぱり貴族は難しい②」

 すでに中央部分には職員の方々がほとんど集まっていた。そこへ俺達の一団も合流し、闘技場の中央部で終礼が始まった。俺達はあくまで庁外関係者ということで、集団の端っこの方にいる。

 課長さんが職員さん向けの事務連絡を始めると、お嬢様が耳打ちしてきた。


「どういったご用件でしたか?」

「えーと、王都の防衛で何をしたか、です」

「私も知りませんけど……教えてもらえませんよね」

「さすがに、ちょっと」


 頑張ったら走馬灯が見えたとか、さすがに言えない。お嬢様は少し残念そうな諦め顔だ。その顔を見ると、ものすごい罪悪感が心を占めた。もし一歩間違えてたら……そう思うと身震いする。

 伝達事項が少なかったらしく、ものの3分程度で終礼が終わると、課長さんがこちらにやってきた。今後の予定について詰めたいとのことだ。


「できれば練習時間を多く取れればと思うのですが、我々の勤務体制上、18時から20時までが限界です」

「構いませんけど、それを毎日ですか?」

「そうしていただければ」


 そういうわけで、毎日2時間、多段複製の練習をすることになった。お嬢様は会議でかなりお忙しそうだけど、こうして予定が入ったのはむしろ喜ばしいらしい。「会議は座りっぱなしで重い話を聞くだけだから」だそうだ。友人のために魔法を練習するのは良い気分転換になるだろう。


 話がまとまり、さあ帰ろうといったところで、閣下のことを思い出した。まだおられるんだろうか。

 内心ドキドキしながら回廊部分に足を踏み入れ、周囲に視線をやって様子をうかがう。すると、テーブルについて物憂げな表情をされている閣下と視線が合い、思わず苦笑いしてしまった。

 閣下がいることに気づくと、お嬢様が恭しく頭を下げた。年はほぼ変わらない感じだけど、閣下は現当主であらせられるだけに、立場の違いというものは歴然としてある。

 しかし、上におられるはずの閣下は、「顔を上げてもらえないか。貴女に下げられると逆に苦しい」と、ものすごく沈鬱な口調で言われた。

 すると、「お食事でもいかがですか」と、いきなり課長さんが切り出した。3人で揃って彼の顔を見ると、彼はニコニコしている。


「色々思う所あるかと思われますから。これを機に解消なされても良いかと」

「……良いのか?」


 閣下は俺の方を見て仰った。気を遣われているのがわかる。しかし、閣下の思い違いから始まった件とはいえ、このまま放っておくのも心にしこりが残る気がする。お嬢様の方をチラ見すると、穏やかな笑みを返された。


「ご一緒いたします。作法に疎いものですから、不調法を働くかもしれませんが……」

「私ほどじゃないだろう」


 そう閣下は自嘲気味に吐き捨てて笑った。こっちは全く笑えなかったけど、でも何も反応しないのも……と思い、結局引きつった笑顔しか返せなかった。


 お食事の提案を持ちかけた課長さんが案内したのは、こないだエリーさんと一緒に行った店だ。こうして同じ店をチョイスする辺り、やっぱり同僚だと思わされる。もっとも、こんなご時世だから良い店の選択肢が少ないだけなのかも知れない。

 店に入り店員さんと目が合うと、俺がお嬢様を担いで退出したときのことを覚えていたようで、ニッコリ笑われた。ただ、俺達の後ろについてきたのが伯爵だとわかると、すぐに態度を改めて、しっとりとした折り目正しいものになったけど。

 丁寧な案内で個室に通された後、課長さんは「飲まれますか?」と聞いてきた。デジャヴだ。あの時同様に俺とお嬢様が返事をし、それに閣下が続く。


「程々には飲むが」

「かしこまりました。注文は私にお任せいただけますか? 今の季節に良い品がございますので」


 すると、俺とお嬢様が顔を見合わせて笑っているのに気づいた課長さんが、「どうかしましたか」とキョトンとした顔で聞いてきた。


「いえ、エリーさんと同じ流れだなと」

「あー、同じことやってましたか。庶務課ではもうほんとド定番なんで」


 それから、ハッとしてすぐに閣下の方に顔を向けた。課長さんも察してくれたようで、閣下に視線を移す。このまま話を続けて、ハブるのは良くない。そう気づいた矢先、閣下に話しかけたのはお嬢様だ。


「甘酸っぱさの中に、少し刺すような辛味があり、体が温まる美味しいお酒です。きっと気に入られるかと」

「そうか」


 少し気分が持ち直したようにも見えるけど、依然として閣下はダウナーな感じだ。しかし、どういう話題を切り出したものか。

 結局、お酒以外のチョイスも課長さんにお任せした。テキパキと注文を出し、店員さんがそれを復唱する。

 注文が終わると、また静かになった。課長さんは、特に何か言うでもなく黙って様子を見ている。お嬢様は、気遣わしい視線を閣下に投げかけている。俺は、ただただ話題に困った。

 ひたすら気まずい沈黙が続いた後、店員さんが朗らかな笑顔で「お待たせしました!」と言って、例のお酒と料理の第一陣を運んできた。お待ちかねの登場に全員の視線が殺到したようで、店員さんがたじろぎ、それから客の俺達は互いに顔を見合わせて苦笑いした。どうやら同じ気持ちだったようだ。

 とりあえず、この場は序列を考慮し、俺が率先して酒を注いで回ろうとするけど、お嬢様と閣下は遠慮気味だ。しかし一方、課長さんはわざとらしくふんぞり返り、酒を注いだ俺に言った。


「苦しゅうない」

「左様か」


 すると、俺の後ろで2人が吹き出し笑いするのが聞こえた。あらためて、笑った2人に酒を注ぐ。さすがに、偉そうなことは言われなかったけど、空気はほぐれたようだ。

「乾杯どうします」と課長さんに問うと、彼は少し迷った後「式の成功を祈願して」と音頭を取った。

乾杯の声に、グラス同士が軽く触れ合う小気味よい音が続き、少ししめやかな飲み会が始まった。

 閣下の方をさり気なく伺うと、グラスを軽く傾けてクイッと一口飲み干し、「なるほど」とどこか満足げにつぶやかれた。お口に召したようで何よりだ。

 それから、閣下は課長さんに「式とは何のことだ」と問われた。どうやら、事務面を担当する魔法庁とギルド、それに闘技場での作業に当たる魔導工廠ぐらいでしか知られていないらしい。


「闘技場で結婚式を催そうと企画しておりまして、10月15日に予定しております」

「闘技場で、この時期にか?」

「はい。今の暗澹とした王都の空気を払いのけるのに、自分たちの式を利用してほしいと、若いカップルの強い要望がありまして」


 俺が実際にネリーから打ち明けられたのと同等の内容だ。お嬢様も少し力強く首を頷かれているあたり、同じような話をされたらしい。

 閣下は、それと分かる程度に目を見開いた。結構驚かれたようだ。


「見上げた考えだ……立派なものだな」

「はい。その意志を無駄にせぬようにと、我々も式の成功に向けて準備を整えているところでございます」

「闘技場を使うということは、魔法庁主幹なのだろう。こちらの2人は?」


 閣下が俺達を見ながら問われると、課長さんはにこやかに笑った。俺の出番というのはこの時点で察しが付く。果たして、課長さんは俺達の役割をほんのさわり程度に告げた。


「外部の協力者でございます」

「……協力の内容は?」

「ご興味を持たれたのでしたら光栄の至りでございますが、企画の主任はあちらのリッツ・アンダーソン氏でございますれば」


 会話をしていた2人の視線が俺の方に注がれた。さすがに、主任という呼び名まで頂戴しておいて、ここで知らんぷりして逃げるわけにはいかない。ただ、確認すべき事項もある。


「使用魔法については、どこまで開示できますか?」

「名前程度であれば、この場で話していただいても問題ありません」


 つまり、実際にやってるところさえ見られなければ、複製術――の少し強力な奴――を使っていることを知られても構わないということだ。そもそも、閣下は俺が複製術でやらかしたということは知っておられるはずなので、魔法庁許可のもとでやってる今回の取り組みなんて、今更ってところだろう。

 さすがに話すのには緊張したものの、今考えている案、つまり小さく作った光球ライトボールを闘技場の地面を埋めるように展開し、波打たせるライトアップについて、その展開方法も含めてなんとか説明しきれた。

 説明が終わると、ちょっと呆気にとられたような様子の閣下が、ふぅと短く息を吐いて俺に問われた。


「あの複製術で照明を、と?」

「はい」

「……君は、普段何を考えているんだ?」


 バカにしたり皮肉を込めた風でもなく、なんら悪感情を乗せずに閣下に問われた。それに課長さんも「私も気になりますね」と乗っかってくる。お嬢様も、口には出さないけど興味有りげな視線は俺に向いている。

 思えば、こういうド直球な質問をされたのは初めてかも知れない。たぶん、本来は突拍子もないと思われるであろう提案を、理解を示してくれそうな方を選んで投げかけてきたおかげで、あまり気にされずにやってこれたんだろう。

 それに閣下にしてみれば、あの防衛戦での一撃が複製術によるものと知った同じ日に、俺が今度はその複製術で結婚式のライトアップをやるっていうんだから……何考えてんのコイツって感じだろう。

 しかし、あらためて考えると難しい問いだった……というより、人に説明するのが難しい。


「……そのときどきで考えていることは違いますが、興味を持ったものについて考え、色々と試しております。特に覚えた魔法や型の、仕組みに関心があります」


 色々と興味が移り変わる中でも、型にそれぞれ定められた作用や法則的なものには、一貫して関心を抱き続けていると思う。今やってることも、たぶん元は複製術への興味から始まった気がする。

 抽象的な返答だったけど、閣下の腑には落ちたようで、少し柔らかな笑みで「そうか」と言われた。

 閣下の反応ももちろんだけど、魔法庁職員である課長さんの反応も気になる。そちらに視線をやると、さもありなんといった感じで腕を組んで軽く首を縦に振っていた。

 俺の返事には満足のいった閣下だけど、それから程なくしてまた少し鬱屈とした表情に。そして、お酒を少し飲まれた後、「羨ましいな」と短くつぶやかれた。


「私が、ですか?」

「ああ」


 ややためらいがちに閣下に問うと即答された。そんな短い返答の後、閣下は長い溜息を吐き、それきり静かになられた。

 そうして場の空気が少し重くなろうかというところで、課長さんが割り込んでくる。この中で一番酒が進んでいながら、彼の表情はシラフの笑顔だ。


「いい機会ですし、思われていることをこの場で話されては?」

「……しかしな、私にも恥というものはある」

「ここまで誘い込まれておいて、今更な発言ですな、閣下」


 悩みを打ち明けるのを渋っておられた閣下だけど、にこにこしながら退路を塞いできた課長さんに押され、諦め顔になられた。

 これから重い話をされるんだろうけど、もはや乗りかかった船だ。一蓮托生と思い、居住まいを正して閣下をじっと見つめる。すると閣下は、重い口調でぽつりぽつりと心情を語られた。


 今閣下が勤められている宮中警護役というのは、実際には名ばかり立派なだけの閑職だったそうだ。それもそのはずで、今まで誰も宮中に賊が入るなどと本気で心配などしていなかったからだ。王城には近衛兵もいるし、城に至るまでの門には守衛もいる。それぞれ修練を積んだ腕利きだ。

 それでも、もしもに備えるのがお役目と考えられた閣下は、朝臣の一部から冷ややかで嘲るような視線を向けられながらも、必死に自己鍛錬に取り組まれた。衛兵隊の調練にも積極的に参加され、実際に兵の信望は厚いと課長さんが付け足した。

 で、努力を半ばバカにされながらも鍛錬を続け、あの襲撃の日がやってきたわけだ。ここで閣下は板挟みになられた。宮中警護に専念するなら持ち場を動いてはいけない。しかし、目と鼻の先で起きている戦いに、知己の兵が赴いていると思うと、心のなかで急き立てるものがある。

 結局の所、出撃するかどうかは陛下や朝臣の裁可を待たねばならない。陛下は判断を朝臣の方々に委任されたけど、そのときの朝臣の方々は、王都や国、民衆の安全よりも自己保身を優先しているように感じられたそうだ。


「……結果として、挙げた功績は勲三等だった。王都へ攻め込まれた重大な戦いだというのに、宮中警護の私がこの程度では、と」


 閣下は俺とお嬢様に視線を向けられた。その目には、憧れのような感じがある。

 俺のは4人で一緒に受けた勲二等だから、そこまでのものでもないんじゃないかという気はする。それに、あの場にいたみんなの頑張りがあってこその受勲だし。しかし、だからって変に謙遜するのも違うという気が、なんとなくしている。

 それに閣下は、讃えられ認められた勲功の高低より、その功績に至るまでの過程でどれだけ自分が力を発揮できたか、その奮闘の度合いを俺達と比べておられるようにも感じる。いずれにせよ、こちらから掛ける言葉には困った。

 そうして、ひとしきり閣下が心境を激白されると、間を置かずに課長さんが話し出す。


「寡聞にして存じ上げず、まことに恐縮ですが、閣下は平時に置かれましてはどのような務めを?」

「兵の調練に加わる程度だ」

「左様でしたか……」


 その後も課長さんは質問をいくらか続け、宮中警護役に関してその職務の実態を明らかにしていった。俺達に聞かせるみたいに。

 王都の外に出るのは、せいぜい闘技場とか練兵場とか、王都周辺の施設に限定されるそうだ。ただ、お役目が軽んじられているせいか、細かく仕事を割り当てられるというようなことはなく、ご自身の判断で自由に動けるらしい。

 ある程度聞き終えると、課長さんはちょっとした提案を始めた。


「闘技場の機能が復旧すれば、国防関連施設の一種という扱いになるかと思われますが、その暁には閣下に何かしらのお力添えを賜れたら、と」

「私の手助けか?」

「はい。練兵目的で使うことも視野に入れておりますので。王都防衛のためと閣下にご足労いただけましたらば、我々が預かる闘技場にも箔がつくかと」


 要は、「暇だったら顔だしてくださいね」ぐらいの申し出だ。課長さんの言葉選び自体は、かなり下手に出て上の者の威にあやかろうという打算めいたものがあるけど、声の響きには誠実さがあった。


「他にも、何かお力を賜れたら闘技場の運営にも弾みがつくかと考えておりますが……どうです?」


 課長さんは急に俺に話題を振ってきた。思わず自分を指差して確認してしまう。課長さんはうなずき、お嬢様と閣下はじっとこちらを見ている。おふた方の表情はそれぞれ違うけど、目に興味や関心の光があるのは共通で、一瞬にして退路がなくなった。

 まぁ、今日はこういう役回りなんだろう。ネタ出し担当というか。課長さんにはいいように使われている気がするけど、彼には話の舵取りを任せっぱなしだから、俺も自分なりに頑張らないと。

 少し考えた後、景気づけにグラスのお酒を一気にあおってから、俺は急ごしらえの考えを話し始めた。


「閣下には、実際に闘技場で闘っていただいたらどうですか?」

「……ほう」


 貴族を見世物にするような提案だったけど、特にそれを責められるようなことはない。逆に閣下は話に興味をそそられたようで、視線で俺に先を促してくる。


「闘技場には、安全に魔法の決闘ができるようになる機能があると、聞き及んでおります。それによって民草の前でその力の一端を示していただくことには、大きな意味があるかと思われます。それに、貴族の方を相手に腕試しをしたいという需要もあるかと」

「はぁ、なるほど」


 俺の発言に課長さんが相槌を打った。思わず口をついて出たものだったらしく、彼は珍しく少し照れ気味に「失礼しました」と言った。

 課長さんから後から聞いた話だけど、貴族の方に戦わせるというのは、考えにはあったけど恐れ多すぎて言えなかったらしい。過去の記録では興行としての運用が多かったから、衆人環視下で戦わせるのは、やっぱり……といったところだ。

 ただ、「宮中警護役はこれだけ強いんだ」と衆目に晒すことができれば、軽く見られることはなくなるんじゃないかと思う。国民だって安心するだろう。そういう意味では、立派な見世物になるんじゃないか。

 復旧作業がどうなるかわからない現状では、まだまだ夢物語みたいなアイデアだったけど、閣下には良い響きがあったみたいで、少し満足げな明るい表情をされた。


「当面は、作業の完了を待つとしよう」

「はっ。しかしながら、60年ぶりの再稼働ということで、技術的に難しい部分が多々ございまして……」

「ああ、済まない。急かすつもりはなかったんだ」


  閣下の口調に、少し砕けて打ち解けた感じがあり、それに気づいたお嬢様は顔をほころばせている。まだ、酔いが回っていないようで安心だ。

 それから、話は式の件に戻った。閣下も何かできればと申し出てくださったけど、複製術を使える人間を気軽に増やすことには、さすがに課長さんも難色を示した。それに、式を挙げる2人とは縁もゆかりもない閣下が、いきなり協力するというのも不自然で、あらぬ嫌疑を招きかねない。

 結局、閣下には裏方に回って見学していただくことで話がまとまった。今後、闘技場の運営にも携わるかも知れないから、見学を通して現場の人間に触れ合っていただくのは有意義だろう。


 酒が少しずつ進んでくると、話はあちこちに飛び回った。お嬢様がどうなるか気が気じゃなかったけど、彼女はどうも以前の件は覚えてないようだ。ただ、今日はかなりまったり進行なので、それは本当に助かった。前は相手がエリーさんだから、気を許しすぎたりペースに飲まれたり、そういった原因があったのかもしれない。

 転々とする話が次の試験に移ると、思わずギョッとした。延期に合わせ、それなりに復習しているつもりだったけど、友人の練習に付き合ったり式の練習をしたりで、あまり専念できてないというのが正直なところだ。

 そうやって実情を素直に打ち明けると、閣下が笑って仰った。


「君は、もう少し自分のことを考えたほうがいいな」


 返す言葉がなくて、苦笑いしかできなかった。

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