第61話 「これからのこと①」

 通された応接室らしきところは、売り場よりもかなりシックというか、年季を感じさせる雰囲気になっている。調度品は木製で暗い茶色系のものが多い。少し別の店みたいな感じだ。

 ソファに腰を落ち着けると、すぐに店員さんがやってきて、恭しく茶と菓子を出してくれた。こちらとしては、半ば謝りに来たようなものだっただけに、思わず恐縮して断ろうとするけど、あちらもあちらで引け目のようなものを感じているようだ。互いに何度も頭を下げた結果、ありがたくいただくことに。

 それから一分ぐらいすると、部屋の外からトタトタ足音がして、エスターさんが部屋の様子をうかがうように戸の枠木から顔を出した。顔色は悪くないようで安心した。しかし表情は冴えない。

 俺たち二人が立ち上がろうとすると、彼女は慌てた様子で手で制し、それから向かい合うようにソファに座った。


 しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。しかし、サニーにここまで来るのを提案したのは俺だし、エスターさんは依頼主ということで、この二人に話させるのは何か違うと思って、軽い話題から切り出す。


「エスターさん」

「はいっ!」


 呼びかけに彼女は少しビクッとして返事をした。もう少し、間をおいた方がいいかな。テーブルのお茶を一杯飲み、彼女も少し一服するのを待ってから、俺は言葉を続けた。


「特に具合が悪くなったりしてはいませんか。食欲がなくなったりとか」

「大丈夫です……いつもどおり食べられるのが、逆に少し恥ずかしいぐらいで」

「いえ、お元気で何よりです」


 次に何を話しかけようか、考えながら茶菓子に手を付ける。ナッツとドライフルーツが入ったブラウニーらしい。ちょっと硬めの生地にフォークを通し、薄く切って口に運んだ。香ばしさと甘みや酸味が口中に広がる、リッチな味だった。

 口の中が片付いてから少し余韻を楽しみ、口に茶を含んだ。そうして食ってる間、二人は無言だった。話しかけやすい空気になるまで頑張ろう。


「お忙しいところ申し訳ありません。ギルドの仕事で王都の掃除を任されまして、その足でお伺いしました」

「冒険者の方は、そういった掃除まで手掛けられるのですか?」

「いえ、今日のはボランティアです。飲食店のタダ券をもらったぐらいで。掃除といっても、ほとんどゴミがないので、散歩みたいなものですけど」


 そこまで言ってから再度茶菓子に手を付けると、サニーが話の後を継いでくれた。よかった。


「ギルドの紋章が入った上着と腕章をつけて掃除をしますから、ほとんど広報活動みたいなものかなって思います」

「……ふふ、そうですね。お二人みたいな方がギルドを背負って歩いていると、窓口にも相談しやすいかもしれません」


 少し微笑む彼女を見て、何だか安心した。そこまでひどく例の件が尾を引いてはいないようだ。後でこの菓子のことでも聞こうかな、なんて考えていると、今度はエスターさんが口を開いた。


「今回の件は、私の……私のわがままで、みなさんを巻き込む形になってしまい、本当に申し訳なく思っています」

「いえ、僕たちこそ」


 サニーが言いかけたところで、エスターさんは首を横に振り、話を続けた。


「あの子……モニカを見かけたとき、薬草を探しに来たって言っていたでしょう?」

「はい」

「そのあと、ネリーさんが駆け寄って、薬草をあらためたでしょう? あれは、正しい薬草かどうか確認するだけではなくて、あの子が本当のことを言ってるかどうか確認するためでもあったように、あのとき感じました。それで、妙に感心したのを覚えています」


 言われて、その時の光景を思い出した。ネリーがどこまで考えて動いていたかわからない。でも、その後の対応を考えると、もしかしたらの可能性はずっと思い浮かべていたのかもしれない。

 茶を少し飲んで小さく息を吐いた後、エスターさんは言った。


「あのときの、彼女の対応で不十分だったとしたら、どうすれば良かったのでしょうか。待ち伏せを警戒して、周囲の様子を探るのは妥当としても……モニカの所持品をさらに細かく確認したり、あるいは乗せずに誰かを呼んでその方に任せたり、あるいは単に何かお金か物を恵んだり……正解がある問いなのかどうかも、私にはわかりません」


 依頼の成功だけを考えるなら、余計なことはしないのが一番だ。依頼主が頼んできたとしても、これからは「過去にこういう事例があった」と言って済ませればいい。

 でも、エスターさんが言っているのはそういうことじゃないんだろう。もっと広い意味での責任を問うているように感じる。社会的な道義とか、そういう意味合いでの責任を。


「あのときの私の判断を、反省していますし、後悔もしています。次に同じ状況にあったら、きっと同行はさせないでしょう。でも、それが正解だとしても、正しいとは思えないんです」


 静かにそういう彼女は、考えに迷いはあっても、心の芯はきちんと定まっているようだった。真剣な眼差しでこちらを見つめている。ふと、昨日の夕方のことを思い出した。


「ギルドの先輩と、昨日色々話したんですけど……正しいことをするにも、結局はそれに見合った力が必要なんだろうと思います」

「そうですね……その認識が、私は足りていなかったようです」

「俺たちもそうですよ。俺たちは、依頼主のリクエストにきちんと応えるには、まだまだ未熟だったと思います。だから、もっと強くなって、色々考えて……次はもっとうまくやれるようにしようと、そう思います」


 俺の言葉に対し、エスターさんは俺たちに微笑みを向けた。それから、茶菓子の最後のひと欠けを口に含み、よくかみしめるように味わってから言った。


「私は……本当のことを言うと、このさき王都を出て商談に行くことに、恐怖があります。当分は、代理を立てる形になってしまうと思います。でも……いつか私が立ち直れたら、そのときはまた、あなた達に仕事を受けてもらえたらって……構いませんか?」


 サニーと顔を見合わせる。頬に薄っすら紅が差し、目が若干潤んでる。いちいち確認するまでもないな。俺たちは、彼女の言葉に答える。


「もちろんです!」

「喜んで!」


 互いに、気持ちに一区切り着いたように感じる。テーブルの上もキレイにいただいたし、そろそろお暇かな……そう思ったとき、あの夜こどもたち相手に行った交渉のことを思い出した。

 サニーは、あのとき交渉に参加していなかった。しかし、だからといってハブれば……彼はきっと傷つくんじゃないか、そう思う。もう、彼は関係ないとは言えない。今のこの席で、あの交渉の件を切り出すことにする。

「あの子たちの今後についてですけど」と俺が言うと、エスターさんは何の話かすぐに察したようで、力強くうなずいてから言葉を継いだ。


「店としては、あの子たちを見習いとして受け入れてくれる取引先を探します。できれば、当店でもとは思ったのですが……」


 さすがに接客業で雇い入れるのは難しいだろう。他の従業員の方への負担もある。

 彼女は少しうつむいて言葉をつまらせ、少し間を置いてから続けた。


「本当は私だけで動くつもりでしたが、店の皆も協力してくれるということで……」

「俺の方からは、いくらかお金を出しますから、受け入れにあたっての当座の資金にしてもらえれば」

「いえ、そこまでしていただくなんて……」


 エスターさんが両手を胸の前に出して、俺の提案に遠慮する。しかし、俺としては果たさなければならないことだった。


「俺も、あの子たちに約束してしまいましたから……口約束で終わらせたくないんです。なんというか、信じてもいい大人もいるんだって、わからせてやりたくて。個人的な意地もあります」

「でも……」

「ただで提供するわけじゃなくって、最終的には自分で稼げるようになったあの子たちから、少しずつ返してもらえれば、それが一番嬉しいかなって思います。だから、そうなるように役立ててほしくて」

「僕も、些少ですけど……出させてください、お願いします」


 サニーも乗っかかってきた。彼があの子たちに約束したわけではないけど、ここで仲間外れにするのも悪い気がする。

 二人で顔を見合わせてからエスターさんに顔を向けると、彼女は少し困ったような微笑みを浮かべ、小さくうなずいた。


「わかりました。また後日、ギルドの方や衛兵隊の方と相談することになりますが、こちらから当面の運転資金を融資するという旨で打診してみます」

「よろしくおねがいします」


 話がまとまると、彼女は手を差し出してきた。ほんの少し冷たい、すべすべした手と握手すると、穏やかな笑みを向けられた。思わず顔が赤くなる。先の話で色々思うところあったらしく、彼女も少し上気気味だったのが救いだった。サニーも彼女と握手して顔を合わせて、頬を真っ赤にした。

 それから、俺たちは応接室を辞去した。事後処理で色々忙しいだろうとも思い、わざわざ時間を作ってくれたことに礼を述べると、彼女も同じように感謝の言をくれた。

 売り場へ続く通路を歩き、すれ違う店員さん達にも頭を下げると、彼女たちからも頭を下げられた。どのように話が伝わっているかわからないものの、感謝はされているようで、少し複雑な気分になった。感謝に見合うくらい、これからも頑張ろう



 掃除――実際はゴミ探しの散歩に近い――を続け、そろそろ飯時かなと言う頃合いになって、サニーが話し掛けてきた。


「あの、あれ以来セレナとは話したりしましたか?」

「いや、まだだけど」

「良かったら、彼女も昼食に誘いませんか? 色々話したいこともあると思いますし」

「いいけど……家知ってる?」

「このあたりです」


 先導するサニーについていくと、どうも東区の大通りで部屋を借りているようだ。おとなしい彼女の雰囲気とは裏腹に、かなり騒がしいであろう 地区に住んでいるのが意外だ。

 聞けば、彼女は割とどういう環境でも寝られるらしく、だったら家賃が安いところでいいということで部屋を選んだそうだ。喧騒さえ気にならないならば、商店が集中していて暮らすのにも便利だろう。

 しかし、サニーがセレナの部屋を知っているとは思わなかった。茶店であったとき二人一緒だったから、案外ペアで仕事していて、安全のために仕事終わりに送っていったりしたんだろうか。

 その辺りを少し尋ねてみると、彼は顔をほんのり朱に染めてはぐらかした。あまり掘り下げないようにしよう……応援はするけど。


 そうして、俺たちは彼女がいるという宿にたどり着いた。一階は酒場になっているけど、店主はオヤジというよりはマスターという感じで、酒を愉しむみたいなお店になっている。

 店主さんにセレナがいるか尋ねてみると、今日はまだ外に出てないらしい。中には入っていいか聞くと、快諾された。彼女は二階の角部屋のいい部屋を取っているようだ。なんというか、思っていた以上に生活力が高いらしい。


 彼女の部屋の前までたどり着き、とりあえずサニーにこの場を任せることに。彼はドアを三回ノックし、「セレナ、サニーだけど」と言った。それからすぐ、部屋の中で少し物音がしてドアが開く。

 セレナは、サニーの後に俺ろがいるのに気がつくと、ビクッと背筋を伸ばして反射的にドアを閉めた。コレには俺も少し驚いた。

 少しして、静かにそろそろとドアが開いく。そして、彼女は「ごめんなさい」と消え入りそうな声で言った。


「昼食は?」

「まだ」

「一緒にどう?」

「でも……」


 セレナと目が合う。笑顔を返すと、彼女は少し申し訳なさげな表情になって、視線を伏せた。サニーは、そんな彼女の手を優しく取って話し掛ける。


「嫌?」


 少し待つ。やがて、彼女は首を小さく横に振った。


「支度、まだだよね。ここで待っていい?」

「うん」


 彼女はそう言って静かにドアを閉め、部屋の中に戻った。

 二人の会話は、互いに言葉が短い。それでもどことなく通じ合ってる感があって、なんかいいなぁと思いつつ……ちょっとした敗北感と、俺って邪魔なんじゃ? という疑問が渦巻いた。

 少し待つと、またドアが静かに開いた。姿を見せたセレナは、ワンピースにカーディガンを羽織っている。

 思えば、同年代の女の子はだいたいみんな、少し中性的なファッションが多かった。冒険者をやってるからかもしれない。なので、こういうガーリーな格好はかえって新鮮だった。


「昼はどうします?」

「うーん、この辺の店はよく知らないし……セレナに選んでもらう?」

「そうですね」


 俺たち二人は、ラナレナさんからもらったタダ券を懐から取り出し、セレナに手渡した。彼女は少し戸惑いつつも、チケットの束をペラペラめくり、やがて小さな声で「では、案内します」と言って俺たちを先導した。

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