第37話 「初仕事④」

 スライムを5体も倒すと、みんな少しずつ感覚をつかめてきたようで、ブラシを叩き込む回数も減ってきているように感じた。もしかしたら希望的観測なのかもしれないけど。それに疲労がたまれば、叩く回数が増え始めるかもしれない。

 倒してから少し休憩し、息を整えて次へ向かう。少しずつ倒すのが早くなる代わりに、休憩も若干伸びてきている感じはあった。主に俺とネリーが、疲れ始めてきている。ハリーはまださほどでもない感じだったけど、それでも倒した直後なんかは少し息が荒くなっていた。

 この調子が続くとキツい……そう感じるのはみんな同じのようで、スライムを倒して床に腰を落とし無言で休む間、視線が合うと互いに渋い顔になる。

 そんな中で、先輩だけは少しニヤニヤしていた。


 ハリーの頑健さは羨ましいくらいだったけど、ネリーにもかなり感心するところがあった。スライムを倒して次へ進む道中、彼女は積極的に話題を振ってきた。最初はノリについていけ無さそうに見えたハリーも、ポツポツと口数は少ないながらも会話に加わるようになっている。たぶん、ネリーがいなければもっと暗い感じの仕事になっていただろう。いや、俺が話せば済む話か。

 ただ、切り口を与えてくれるのはやっぱり助かる。彼女を中心に言葉をかわしていくと、こんな事を聞かれた。


「二人とも、何か目的があって冒険者になったの?」


 質問に対し、少し考え込む。一番は見聞を広めるためってことになるんだろうか。色々と魔法を覚えたり、それを実戦で使って修練するのに都合が良さそうだからというのもある。

 まぁ、一番のきっかけは閣下に勧められたことなんだけど……さすがにこれは言えないか。それを伏せて、俺は答えた。


「俺は色々と経験積んだり見聞を広めるためだけど、ネリーは?」

「私、実は冒険者よりもギルドの受付になりたくって」

「へぇ?」


 先輩が話題に食いついてきた。反応に少し恥ずかしげにはにかみながら、ネリーは続ける。


「受付嬢って、色々出会いあるかなーって」

「婿探しか?」

「ダメ?」

「ラナはあの席に就いて結構長いけど、特に浮いた話なんて無いぞ?」

「そんな事言っちゃってさぁ……言いつけちゃうよ?」


 ほんの少し責めるような口調に、先輩は両手を上げて首を横に振り、降参の意を示した。ネリーは含み笑いを漏らしてから話を続ける。


「恋人探しは、半分冗談みたいなものなんだけどね。冒険者の仕事には興味があって、でも安定した生活もしたいから、だったらギルドの職員がいいかなって。それで、現場で経験積んでアピールしようって」

「ふつう、職員志望の子って現場経験せずに登用するけどな……受付的には現場経験ありってのはかなりアリかな」

「でしょ?」


 恋人探しはともかくとして、先輩的には理にかなった考え方をしているようで、感心しているように見える。


「ハリーは、何かある? 理由とか目的とか、やってみたい仕事とか」

「……俺は、人を守る仕事をしたい」

「ということは、護衛とか討伐とかかな?」


 ただ守るだけならば衛兵とか、もっと公的な組織の選択肢もあっただろう。ここまでの会話で、彼の性格が少し堅い感じに思えるので、そういった意味でも衛兵とかじゃなく冒険者を選んだのに少し意外性がある。

 しかし、意外に思う俺とは違って、先輩は腕を組んでうんうんうなずいている。何か思うところがあるようだ。


「人を守る仕事ってのは色々あるけど、まず冒険者を選ぶってのはいいぞ!」

「そうなの?」

「”人を守る”にも色々あるからな。その色々を経験するのに、冒険者はもってこいだ。幅広く人に触れ合って経験を積めば、次の職探しに有利だしな。ギルド的には冒険者を続けてもらいたいんだけどさ」


 そう言って先輩は笑いながら、嬉しそうにハリーの背中を何回か叩いた。ハリーは少し照れくさそうに頬を掻いた。

 なんだろう……自分ひとりが少しふわふわした理由で冒険者を目指したようで、少し引け目を感じてしまう。気にし過ぎか。


 そんな調子で雑談しつつ歩いていると、光る苔に出くわした。ハリーが袋から砂を取ってふりかけ、俺とネリーがブラシで擦り落とす。スライム退治がなければ何ということはない作業だけど、少しずつ疲れてきているのはわかった。

 すると、「先輩、後何匹ぐらい? 昼食とかどうするの?」と、掃除しながらネリーが問いかけた。


「たぶん、あと十匹前後かな。三匹やったら折返しぐらいだろう。そこで昼食にしよう。用意はあるから心配するな」


 先輩はバックパックをポンポンと叩いた。あの中に昼食の用意があるらしい。後三匹か。



「ちょっと、何アレ」


 七匹目は、少し厄介な事になっていた。これまでのスライムは水路にまたがるように待ち構えていたけど、今回のは壁にへばりつくように存在している。核は床と壁の隅の方にいて、ブラシで叩くまでどれだけかかるかわからない。


「引き剥がしたほうがいいかな」と俺が二人に聞くと、すぐに「そうだね」とネリーが返した。ハリーも「ああ」と言って首を縦に振る。

 問題は引き剥がし方だ。とりあえず、ネリーは今回の叩き要員なので引き剥がしには参加せず、俺とハリーでなんとかすることになった。


「余ったデッキブラシを、コイツと床の間に滑り込ませて、ノコギリ挽きの要領で剥がしていけないかな」

「うん、それしか無いかな」

「それと、ブラシの柄が当たる部分に、砂でもかけてやろう。痛いの嫌がって早く離れてくれるかも」


 俺が冗談交じりに提案すると、ネリーがイタズラっぽい笑顔になって、「よっしゃ」と言いつつ標的に砂を振りまいた。


「じゃあやるか」

「ああ」


 俺とハリーでデッキブラシの両端をそれぞれ持ち、スライムを壁から引き剥がしにかかる。壁際の作業ということもあり、力を入れづらいし、姿勢にも少し無理がある。それまで蓄積された疲労感もあって、なかなか力が入らない。

 しかし、砂攻めは案外良策だったようだ。砂が多くかかった部分は、少し壁から離れるのが早いように見える。ネリーもそれに気づいたようで、惜しみなく砂をかけていく。砂はまだまだかなり在庫があるので、ここで少し減ったぐらいではどうということはないだろう。

 追加の力仕事の甲斐もあり、なんとかスライムの引き剥がしに成功した。壁際に寄っていたおかげで、核は奴の体の側面の方にあった。打ち込むならチャンスか。

――などと思っていると、ハリーがさっそく一撃を斜め上から叩き込み、ネリーもそれに合わせて打ち込んだ。砂かけに専念していたネリーはともかく、ハリーのバイタリティには本当に驚かされる。先に動いたハリーに合わせようとネリーが慌てて攻撃に移ったようにも見えた。彼女は、少し驚いたような表情でハリーとスライムを交互に見ている。

 攻勢に移るのが早かったおかげか、今回のは打ち込みが少なく済んだ。

 しかし、さすがに堪えたんだろう。ハリーは腰を下ろして休憩した。先輩がバックパックから水筒を出し、ハリーとネリーに振る舞う。


「ああいうので、余分に働かされるとツラいよね~。なんかいい方法無いかな?」

「ん~、柄の先端で突き殺すとか?」


 特に深く考えもせず、デッキブラシの端を指差しながら答えた。

 しかし、言ってすぐにボツ案だと考え直した。「いや、危ないな。ダメか」と俺が言うと、ハリーが同調する。


「よほどうまく体重を掛けないと、奴らは倒せないだろう。この足場だと、こちら側も危険だ」

「だよなぁ」


 スライムがいる近辺は、水路から水が溢れて濡れている。助走をつけようが、上から刺しに行こうが、濡れた足場の不安定さを考えると、刺し込む前後で危険がつきまとう。それに柄で刺すには形状が悪い。もう少し尖ってないと。

 そこで思いついたことがあった。「先輩」と聞くと、彼は顔をこちらに向けた。


「デッキブラシに無理な力がかかって破損した場合はどうなりますか? 弁償とかで、報酬から天引きになったり」

「ん~、どうだかな。経年劣化ってこともあるから、意図的に壊したんじゃない限りはギルドの経費で落とせるとは思う」


 意図的の部分を少し強調された気がする。見れば、彼の顔が少し笑っている。もしかしたら、考えに感づかれたのかも知れない。それはそれで話が早い。


「弁償代ってどれぐらいになりそうですか?」

「これ、結構イイやつなんだよな。全然ヘタレないし。1500フロンってとこか」

「なに、壊して使うの?」


 ネリーが話に乗ってきた。ハリーもこちらを見ている。


「いやさ、柄の部分が、こう……バキって折れたら、武器になるかなって」


 言うだけで十分かと思いつつ、柄をへし折るジェスチャーもつけた。同僚二人が顔を見合わせている。それから、「やる?」とネリー。


「……よっぽど切羽詰まったら、かなぁ。意図的に壊すのは気が引ける」

「そうだな」

「先輩の監督不行き届きになるかもしれないしね」

「……俺のことは気にしなくていいぞ?」


 俺たち三人に注目され、先輩はそう返した。

 ただ、最初の仕事から備品を壊して武器に転用したというのは、創意工夫と言えば聞こえはいいけど、横着がすぎるような気もする。とりあえずの最終手段として保留しておいた方が無難だろう。



「やっぱダメかー」


 昼食前の最後の一匹だ。先ほど砂攻めした一件で意外とうまくいったため、今回も少し砂をふってみて、ブラシで表面を削るよう攻撃したけど、効いているようには見えなかった。


「効果が無さそうだ。叩いて倒そう」


 ハリーがそう言ってデッキブラシを構えた。もともとあまり期待していなかったようで、淡々としている。

 一方、ネリーは少し期待していたんだろう。眉がハの字になって、少し力なく笑っている。

 飯の前の一体だ、気合を入れ直してデッキブラシを構える。


「先輩、昼食ってどんなの?」

「あー、パン屋の人気商品だ。期待していいぞ」

「よし、やるぞハリー!」

「ああ」


 少し空元気を出してブラシを叩き込む。何匹も倒すうちに、当たりが浅くなってきている実感があったけど、そうなると余計に倒すまでの攻撃回数が増える。一発一発に集中して、力を込めていく。

 そうして何とか倒し終わると、その場にへたり込んでしまった。昼食前だからと張り切りすぎてしまったのかも知れない。ブラシを杖代わりにして立ち上がる。

 すると、ネリーが「大丈夫?」と聞いてきた。俺と同じぐらい動いていて、一番良く喋っている彼女の元気が、一体どこから来ているのか不思議でしょうがない。


「大丈夫、ちょっと張り切りすぎたかな。先輩、昼食はどうします?」


 そう言って先輩の方を見ると、何やら大きな紙をランタンで照らしながら見ている。この地下水道の地図だろうか。


「ほんの少し進んだところに、踊り場みたいな広めの空間があるから、そこで昼食にしようか。まだ歩けるよな?」

「大丈夫です」


 俺はそう答えた。ハリーも問題無さそうだ。先輩は俺たちに向いて微笑み、先導した。


 それから数分歩くと、先輩の言う通り少し広めの空間にたどり着いた。レジャーシートを2、3枚は引けそうな場所で、周りの床よりも少し高くなっている。水路から水が溢れることは無さそうだ。

 さっそく三人で円座になって腰を落ち着けた。飯を待ちわびる俺たちの視線を受けて、先輩が「お疲れさん」と言いつつ、笑顔で紙袋に包まれたパンを差し出してくる。

 包みを開けると、30センチぐらいあるフランスパンっぽいものが入っていた。

 頬張ると、かなり密な生地のようで、弾性が強い。生地には細かくほぐした干し肉らしきものが練り込んである。生地自体の自然な甘みに加え、干し肉の旨味や塩気が合わさり、噛めば噛むほど口の中に味が溢れる。うまいことはうまいし、一本でもかなり満足感は得られそうだけど……。


「おいしいけど、スライムの後にこうも歯ごたえあるやつだと、なんかね~」


 ネリーが笑いながら言うと、俺もハリーも思わず苦笑いしてしまった。先輩はネリーの指摘に、少し困ったような笑顔で答える。


「言いたいことはわかるんだが、うまくて腹持ちがいい人気商品ってことで、パン屋のおかみが包んでくれたんだ。疲れたのは腕とか足腰だろ? これで顎も疲れたらバランスいいぞ!」

「そういうバランスはいいって」


 談笑しつつパンを食べていくと、これからのことが気になった。今折返しぐらいということらしいけど、1体倒すごとに倒すまでにかかる時間が伸びていっている実感がある。この調子が続くと、正直厳しい。


「スライムの倒し方、何か検討してみようか」


 俺がそう切り出すと、ネリーは乗り気のようで、少し体を乗り出してきた。

 しかし、ハリーはあまり食指を動かされなかったようだ。


「ハリーは、このままがいいの?」

「……新しい倒し方を試して失敗したら、余計に疲れて終わるだけじゃないか?」


 ある程度予想できた返答だ。悲観的というよりは慎重というか、現実主義的というか。提案に水をかけられた感じにはなったけど、悪気はないんだろう。口調は淡々としている。

 彼の言うことももっともで、徒労に終わって逆効果というのはあり得る。しかし、このまま続けるってのは避けたい……現時点で、すでに割とキツい。


「そうは言っても、このままでなんとかなるって保証もないしね。先輩に泣きつくのはアリかな?」


 ネリーが真顔で先輩に視線を向けるも、彼は顔を横にそらして逃げた。手伝いはしないだろう。先輩に頼らず、三人でどうにかしないと。俺は同僚に話し掛けた。


「依頼の詳細に、当日中に終わらなかったら報酬減額するか後日またやるとか書いてあったけどさ」

「うん」

「この調子だと、そうなるかなって。でも最初の仕事だし、なんとか成功させたくってさ。このまま、ダメかもって思いながら続けるのは、ちょっとなぁ」

「うんうん」


 ネリーはパンを頬張りながら、しきりにうなずいている。ハリーも俺の思いには特に反論しないようで、真剣な眼差しを向けてきた。


「奴らを倒す具体案があるわけじゃないけど、ちょっと提案があるんだ。いいかな」


 俺がそう言うと、二人はパンを食べながら首を縦に振った。


「今までは、敵を倒したらその場で休憩してたけど、これからは倒したら次に向かって、敵の目の前で休憩しよう。それで、奴らを観察しながらあーだこーだ作戦でも練って、疲れなさそうな策を思いついたら、休みつつ試してみる感じで」


 目の前の二人は顔を見合わせた。先に水筒で口の中を流し込んだネリーが口を開く。


「いいんじゃない? 倒してからすぐ歩くのツラいかもだけど、もしかしたら状況が良くなるかもだし」

「体力を温存できるなら、試してもいいと思う」


 ハリーも同意した。ここからが正念場だな。

 二人が賛同したところで、俺は昼食の続きを開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る