第27話 「久しぶりの特訓②」

 質問を求められて、あれこれ考えた。実を言うと、器の方ではなく視導術キネサイトに色々聞いてみたいことはある。ただ、それは後のほうがいいだろう。そう思って別の質問がないか考えた。


「先に覚えた、魔力の矢マナボルト光球ライトボールの魔法を、今覚えている器に書くとどうなりますか?」


 そう聞くと、彼女はどこか満足気に頷いた。最近は色々あって、こういう問答は久しぶりだ。こちらもなんとなく嬉しくなる。


「結論から言いますが、魔力の矢の場合はほとんど意味がありません。後で詳しく説明しますが、今練習している器は継続型に属していて、文を書いても魔法陣として残るタイプの魔法です。ただ、魔力の矢の場合は文を書くと魔法陣が矢になって消えてしまいます。組み合わせる文によっては継続型としての性質を失うこともある、ということですね」

「光球は違うんですか?」

「そうですね、少し試してみましょうか。今の器で書く光球と、森で私が使っていた光球の2種類を出してみます」


 練習を一度切り上げて実演を見る。彼女は左手と右手で、俺にも見えるようなスピードでそれぞれ1つずつ器を描いた。左が今の器で、右が森で使っていたものなんだろう。前にも話してもらったけど、現在のレベルよりも遥かに難しそうに見える。器の内側は、構成する円が左のよりも2つ多く、より複雑な幾何学模様になっている。

 その2つの器に、やはり見えるスピードで同じ文が流し込まれた。そうして浮かび上がった2つ光球は、左が紫、右が白色だった。左が自身のマナの色がそのまま出るタイプ、右は強制的に白色にしているということだろう。

 出た光球から視線を彼女に移すと、「見ててください」と言って、両指をそれぞれ逆周りの円を描くようにゆっくり動かした。それに合わせて2つの光球も宙を移動する。ここまでの動き自体は一緒に見える。

 そのあと、彼女はこちらに目配せしてから、俺の方を向きつつ一歩ずつ後退した。右の白い光球も少しずつ動く。一方で左の紫の光球は動かなかった。


「どうでした?」

「白い方は、術者のマナを白に変えるのと、術者の動きに合わせて動いてる……ってことでしょうか」

「はい。白い光球は、見た目の色だけを変える変色型、術者の位置に合わせて動く追随型という2つの特性を追加されています。変色型は、主に照明関係で使われますね。追随型は継続型の発展型になります。また今度、該当するものを覚える時に説明しますね」


 そう言って、彼女は光球を消した。

 彼女は、俺に光球を教える際に、光球には2種類あると言っていた。最初に覚えた、ただ光ってそのうち消える光球と、いま手本で示した難しい光球だ。

 しかし、今覚えている器で作った、一応動かせて光り続ける光球も、立ち位置的には中途半端なんだろうけど一つの魔法に見える。そのあたりが少し気になる。


「最初に光球を覚えた際、簡単なものと難しいものの2種類あるという話でしたけど、今覚えている器で作るものは、中くらいの難度の、3種類目の光球というように感じます」


 そう指摘すると、案外いいところを突いたのか、ちょっと困ったような感じの笑顔になった。


「実は、器と文の組み合わせは、有用性に目を瞑れば数え切れないほどあります。光球の場合、最初に覚える練習用として簡単なものと、最後に覚える実用的で効率の良い完成形、この2つを光球の代表として定めている……といったところでしょうか」

「なるほど……では、最初の練習用のと、最後の実用型の間にある組み合わせは、あまり気にしないほうが良さそうですか?」

「それが難しいところですね。光球以外でも、最終型の代用になる中間型がいくつもある魔法は存在します。その中間型で満足できる、もしくは良い用法を見出だせたならば、その段階で落ち着くということはあるでしょう。ただ、中間型で慣れすぎると最終型の習得や実践の支障になるとして、そういった”横着”を認めない流儀も存在します」

「……ここはどういう流派なんですか?」


 何気なく聞いたら、目を白黒された。そして、ちょっと苦笑いして、彼女は続けた。


「なるべく一般論を伝えるようにしていますが、私自身、お父様と書籍の教えを元に我流で習得したところがありますので……実戦派だとは思います」

「実戦派というのは、なんとなく納得です」

「……説明がまだでしたよね。魔法の流儀は大別して、実戦派と格式派に別れます。前者は、とにかく使える魔法を優先し、後者は多くの魔法を操ることを優先するというのが、おおまかな特徴です」


 説明を続けるうちに彼女の顔が徐々に真剣味を帯びていく。


「……それぞれに個別の考えはありますが、見解が一致する部分もあります。先程の話に戻りますが、器と文の組み合わせは最低限を覚えておいて、実戦では、その覚えたものをそのまま使うというのが鉄則です。実戦で、あれとこれを組み合わせて、みたいに考えることを良しとする流派はほとんどありません」

「考える時間がもったいないから、ですか?」

「はい。組み合わせを考えている間に、相手に動かれて別のことを考えざるを得なくなる、そういうことが起こりえますから。”最適の柔軟性より次善の即効性”というのが、広く認知されている教えです。それに、すでに器と文の組み合わせは先人によっておおよそ開拓されたから、今更手を付けることもないというのも、一般的な見解ですね。ですので、組み合わせ関係は、実際にはほとんど見向きもされない分野です。ただ……」


 彼女はそこで言葉を切って、俺をまっすぐ見つめてきた。そして、フッと力を抜いて、穏やかな顔つきになった。


「複製術の使い方もそうですが、リッツさんの考え方や物事の見方を、私達の基準に押し込めてしまうのは、なんだかもったいないようで……そういう考え方もあるんだな、ぐらいに思ってください」

「つまり、他の方々のことはあまり気にせず、好きにやっていい……みたいな感じですか?」

「はい。広く信じられている教えは、みんなにとっての次善であって、自分にとっての最善ではないと思いますし。とりあえずは周りにならって効率よく進め、何か閃くものがあれば自分に従う、そんな感じが良いのかもしれません」


 思えば、例の罠の発見も俺の個性によるものだったのかもしれない。どう考えても、あのいきあたりばったりな実験は、先の話にあった実戦派や格式派のいずれにも認められないだろうと思う。

 そういった試行錯誤による発見含め、俺のやり方を彼女みたいな実力者に認められているというのは、嬉しいような恥ずかしいような、ちょっとくすぐったい気分になる。

 そんな事を考えていると、ふと例の夜の複製術のことが気になった。それと論功についても。

 聞くと、彼女はまた難しそうな顔になって答えた。


「禁呪関係に関しては、最初はお母様が対応されるお考えでしたが、やはり当主がということで、現在はお父様が対応を練られています。使用した事実に関して完全に秘匿はできないので、情報をどの層にどの程度開示するか、ギルドの方とも協議中とのことです。論功については……」


 そこで言葉に詰まった。顔に色々と迷いや困惑が見える。

 彼女は一度目を閉じ、息を細く長く吐いてから、少し申し訳無さそうな顔になって、俺を見つめてきた。


「禁呪絡みの功績としてリッツさんを表彰すると、高確率で魔法庁にマークされるということで、公に報奨するのが正しいかどうか、議論しているところです。真実を隠したまま顕彰するのも、不要な疑いを招きかねないので……」

「俺としては悪目立ちしない方がいいかと思いますし、辞退できるものなら辞退したいです。ただ、この家の働きがどう評価されるのかと」


 実際、これまでの印象で魔法庁とやらが、かなり厳しい機関だとわかっている。目をつけられるくらいなら無名でいたいというのは正直なところだった。それに、今の実力で名を知られるというのも、分不相応で逆に落ち着かない。あと、今みたいに魔法の特訓を静かにできなくなるかも……そういう懸念があって、目立ちたくはないのが本音だった。

 一方で、この家というか、お嬢様とマリーさんが正当に評価されないということがあれば、それはそれで嫌だった。

 だから、俺の分の功績を、あのお二人で折半すればwin-win-winだなんて思ってたいた。しかし、やはりというべきか、お嬢様は逆の考えらしい。


「リッツさんが本来得るべき功績を、表面上はこの家で受け、内々に授与するという案もあるそうですが、初陣の戦果を横取りするようで私は反対です。犬を捕えた件ではなく、捕えた犬が逃げ出そうとした時に、機転を利かせて抑え込んだ件を賞しようというという話もあります。目撃者が多い一件なので隠匿しきれませんから、ならば少しはぐらかすような表現で逃げようという案ですが……」

「賞を受ける側が言うことでもないと思いますが、その抑え込んだ件での表彰がベストだと思います。よろしければ、本人がそう言っていたとお伝え下さい」


 俺が真顔でそう言うと、彼女は真面目な顔を俺に向けて何度か瞬きした後、少し困ったような笑顔になった。


「禁呪がなければもっとストレートに称えられるのですが……禁呪あっての戦果ですし、ままなりませんね」

「あの場にいたみなさんに頑張りが伝わっていれば、それで十分です。それに色々報酬は頂いてますし」

「本当ですか?」


 真顔で問いかけてくる彼女から、思わず視線をそらした。さすがに、寝顔を拝見したとは言えない。

「いや、こうやって元気になってくれたじゃないですか」などといって逃げると、少し間があいてから、背けた頭の後ろで「そうですね」と優しい声が聞こえた。

 嘘は言ってないけど、少し心が痛い。

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