第26話 「久しぶりの特訓①」
早朝の始業準備を終え、ラナがギルドの戸を開けると、久しぶりに会う見知った少年が出待ちしていた。
薄めの金髪はかなり巻き毛で、肌は少し小麦色に焼けている。日焼けした子羊を思わせる少年は、人懐っこい笑顔を浮かべて言った。
「お久しぶりです、ラナさん! これはお土産です!」
そう言って手渡してきたのは酒瓶と、ナッツがぎっしり入った袋だった。
土産を受け取りつつ、目を眠そうにしばたたかせながら、ラナは少年に言った。
「久しぶりね~メル。元気してた~?」
「まぁまぁですね!」
こんな朝早くに元気いっぱいに答える彼に、ほんの少し辟易としながらも、ラナはギルド内へ招き入れた。
ギルド内は少し明るめの木材を使った、居心地の良い空間になっている。おかげで部外者も入りやすい雰囲気になっているのだが、さすがに朝一ともなると、奥の事務室を除けばこの2人しかいない。
メル――本名メルクリーフ・ストラード――をカウンター席につかせたラナは、目を弱くこすりつつ少しずつ頭を仕事モードに切り替えていく。
「えーっと……どこ行ってたんだっけ?」
「アル・シャーディーンですよ。熱いし乾くし大変でした。あっちに比べると、こっちはさすがにまだちょっと寒いですね」
「あ~そうそう。あっちは勉強になった?」
「系統が違いすぎて身にはつかなかったですけど、面白かったですね! レポはちょっと待って下さい」
明るくハキハキした声に、ラナの意識がだんだんはっきりしてくる。
とはいえ、フラウゼ王国は魔法陣が圧倒的主流で、メルもご多分に漏れない。吸収の早い彼でも、短期間での習得や理解は無理だろうというのがもっぱらの見解で、派遣の真の目的は別にあった。
「あっちの”目”はどう? 実戦に潜り込めた?」
「紹介状ありましたし、参戦はできました。結果は……例年通りってとこですか。そっちも報告まとめます」
他国のギルドとも、連絡を取り合い情報交換する習慣はあったが、やはり現地で見させるのが一番だ。折に触れてはメルのような、人好きのする腕利きの冒険者を送り出している。
そんな彼が派遣された国は、
が、安堵したのも束の間、目の前の少年に目を合わせると、キラキラした眼差しでラナを見つめていた。
「戦勝おめでとうございます!」
ギルドの半公認広報まで務める彼が、帰国早々といえど、この話を耳にしないわけがないし、食いつかないわけもない。
ラナは、屈託のない祝辞にとりあえず微笑みを返したが、次の質問には身構えた。一方のメルは、笑顔のままメモとペンを取り出す。
「さっそく」
「箝口令敷いてるの~」
「知ってますよ?」
そのまま、笑顔のにらみ合いが続いた。外のドアは開けっ放しだ。奥の事務室から、ドアから覗くようにして心配そうに様子をうかがう職員もいた。下手に言葉は漏らせない。
そうこうしていると、先にメルが沈黙を破った。
「僕にも言えないってことがわかれば、それで十分です。大元はどこです? だいたい見当つきますけど」
「ウチの箝口令はウチが出してるわ」
「了解、別を当たります」
「粗相の無いようにね~」
特に気分を害したわけでもなくメルはニコニコしたまま、辞去しようとメモとペンをしまいかけたが、何事かを思い出して書き込みの準備を取った。
「ギルド側で、伯爵家が出席される会議とかは把握されてますか?」
「今日はウチと色々会議ね。明日は何も予定なかったと思うけど、会えるかどうかは知らないわ~」
「ありがとうございます、明日行きます!」
そう言い残すと、メルは風のように走り去っていった。
彼を見送ってから、ラナが頬杖をついて目を閉じかけると、この時間帯にしては珍しく別の客が外にいた。
多少ウトウトするのもすっぱり諦め、彼女は腿をつねって気合を入れた。
☆
森の目の封印作業はほとんど完了したらしい。封印に当たる天文院の方、監視に当たる衛兵の方が減り、お屋敷に世話になりっぱなしでは……ということで、彼らは森のすぐそばで野営することになった。封印が完全に安定したら、また数人は常駐要員としてお屋敷に置かせてもらうかも知れないけど、とりあえず現在はみなさん野営地に移動が完了したところだ。
「今日は新しい魔法を教えます」
そういうわけで、今日は久々に魔法の特訓日和なのだった。お嬢様もとい先生も、今日は会議などの予定がなく、一日中特訓に付き合ってくれる。
孤児院のときも思ったが、人に物を教えるのがものすごく好きなんだろう。口調は落ち着いていたが、顔はすごくイキイキしている。
気持ちはわかる。俺も妙に早起きしてしまって、軽く何かつまもうと思って台所へ行ったらばったり出くわして、今二人でここにいるぐらいだから。朝食は練習の合間の休憩に、ということになった。
「教える魔法ですが、少し難しいものの使い勝手がいい魔法と、簡単に覚えられるものの使いでがあまりない魔法がありますが、どうしますか?」
「使える方をお願いします」
問いに間を置かず答えると、彼女は微笑んで地面にA4ぐらいの紙を置いた。
紙の上に紫の光が走り、魔法陣ができあがる。器に文が埋まっても、魔法陣は消えずにいた。使い切りっぽいのではなく、残り続けて効果を発揮する系統なんだろうか。
そう思っていたところ、彼女が指を少し動かすと魔法陣を刻まれた紙も、指の動きに合わせて宙をヒラヒラ舞った。
彼女が一度視線をこっちにやってから、紙の上から魔法陣を消すと、舞い上がっていた紙は我に返ったように地面へ落ちていった。
「
そう言ってから、彼女はにっこり笑ってテーブルに置いた本を立てた。立てた本の両表紙に紫の魔法陣が描かれると、本はテーブルのない空間へ倒れ込み、それを受け取った透明な両手が彼女の元へ本を運ぶ。
「魔法を覚える際に、こういう事ができると便利です。初歩レベルの魔法の中では少し難しいですが、先に覚えるのも後々役立つかと」
「本を開けながら色々できるっていうのは便利そうですね……めくるのは?」
「めくる時は指ですね……息を吹きかけてめくったりしてはダメですよ? とはいえ、同じページを開き続けたい時に、使うことが多くなると思います。めくることはさほど無いでしょう」
手もとの本と、先程浮かせた紙を交互に見つつ、彼女は紙の方に紫の線を描いていく。再び宙に浮いた紙を手もとに引き寄せると、彼女は本と紙を手に取りテーブルに静かにおいた。
「他にも魔法の選択肢はありますが、今日はこれにしましょうか?」
「そうですね、お願いします」
「では、まずは”器”からですね」
新しい魔法の挙動を見て予想できたことだけど、今回の魔法は先に覚えた2つとはまた違う器からできていた。前のものと似た部分もあるものの、より複雑に見える。
「どちらかというと、リッツさんは器を認識する方に適性があるように思うので、新しいものの習得もさほど苦労はないと思います。時間もあることですし、焦らず余裕を持ってこなしていきましょう」
さっそく、手本を見つつ練習を始める。見ながら、一つ一つ器の構成要素を基準の円に落とし込んでいくと、最初の器が完成した。
ただ、ゆっくり描くだけならばもともと問題ないだろう。覚えて、速く描くまでが大変なんだから。
少しずつ描くスピードを上げていくと、慣れないうちはどこかで描き間違える。しかし横に無言で見守ってくれる先生がいると思うと、ミスしてもあまり不安や焦燥感がない。良い意味でのプレッシャーがあって、気が引き締まるのがわかる。
描くのが多少早くなって、ミスもほとんどしなくなると、先生が話し掛けてきた。
「形の方は頭の中で定着してきた頃合いかと思います。ここからは、少し話しながら描いてみましょう。これから覚える魔法の特性もあって、他事をしながらというのが重要になりますから」
「わかりました」
「では、ここまでで何か質問はありますか?」
そう言う彼女は、どこかワクワクしていると言うか、嬉しそうな表情に少し力づよい視線で、いかにも質問を待ち構えていると言った風だ。こうしていい顔で待ち構えられると、こちらも自然と「何か良い質問をしないと」という気分になる。
本当に、いい先生だと思う。
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