第14話 『遡上』作戦-アイントテフ会戦- 上
『一人前になるには50年はかかるんだ。功を焦るな。悲観するな。もっと根を深く張るんだ。根を深く張れ。』─────── 実力制第四代名人・升田幸三
─1918年 4月27日 フランブル地方 西部方面軍 第1独立機動支隊
アイントテフは、人民帝国南の領土にあっては最大級の都市である。街の形は四角形で、グリッド状に道も街並みも整備されている。
はるか昔、人民帝国と連邦の境にあった小国の文化が今も残っている。そしてその小国は人民帝国の手によって滅びてしまっていた。
人民帝国の軍は今、ここに総司令部を置いていて、連邦はこのアイントテフを攻略しようとしている。
4月26日、西部方面軍総司令部から三軍の指揮官へ、そして各部隊へと命令書が下った。
その命令書を眺めるそれぞれの指揮官たちは、それぞれ感情を抱きつつもいよいよ決戦が始まることに覚悟を決めていた。
「『
ナルヴィンスク連邦西部方面軍・第1独立機動支隊の指揮官を務める黒髪の若き少女、ミコ・カウリバルス中尉も、この命令書を受け取っていた。
「各軍アイントテフを攻略し、エルムズ河の向こう側へと追い落とせ…ってことか。」
遂にこの日が来たか、そう思いながらミコは命令書を読み上げた。
この作戦では、人民帝国南の都市であり、軍本拠地のアイントテフを攻略し追撃と共にその後方のエルムズ河まで駆け上がることが目的であることから『遡上』と名付けられている。アイントテフはエルムズ河を跨ぐほどの巨大な都市であり、交通の要衝だった。
ミコは今までいた西部方面軍左翼、つまり第三軍から右翼の第一軍へと移動させられていた。
ここで、部隊の配置を説明する。西部方面軍は現在本国からの増援を含め17万あまりの兵力でもって、3つの軍を構成している。
右翼の第一軍はその東側にエルムズ山脈という山々があり、三軍の中では最もエルムズ河に近い。中央の第二軍は第一軍よりもエルムズ河から遠く、左翼の第三軍は更に遠い。
つまりこの作戦は、右翼の第一軍を軸として各軍が駆け上がりアイントテフを攻略する作戦だ。アイントテフは位置関係で言えば戦線中央にあるため、各軍は自然と包囲に近い動きとなる。最も負担が大きいのは、左翼の第三軍であるからミコは熾烈な戦いを覚悟していた。
だがミコは今、右翼にいる。
そして、会戦の火蓋を切る役割を担っている。
一番最初に行動を開始するのは、右翼の第一軍である。最もエルムズ河に近いぶん、激烈な攻勢を掛けて主力である第二、第三軍を援護するためだ。
全軍は、前日の大雨による泥濘の道を進んだ。砲車も弾薬車も上手く動かず、兵たちは苦労した。
翌日、第一軍の攻勢の霧払いの為に、ミコたちクレセント・コマンドは行動を開始していた。
その具体的な命令は、「有力なる機動支隊をもって敵の
ミコとその支隊は、はるか北方に進出した。大胆にも、敵の勢力下の中にまで入り込んで激烈な放火を叩き込んでいた。この砲火は、人民帝国の記録では凄まじい威力を発揮していたらしい。
その砲弾は、人民帝国の砲兵の陣地に次々に落下し、特にある中隊に至っては交戦2時間で全ての将校を倒され、最後には全ての砲が沈黙した。
一方その頃、右翼の第一軍は行動を開始しようとしていた。
第一軍の司令官は、先日のカンブルグ会戦において戦果を上げた第2師団の師団長、バーヴェル・ニコロフスキーであった。彼は戦上手で知られる。
そして彼の右腕である参謀長も、新たな人間となっていた。
「アイントテフを落とすにはこれしかない。」
そう熱弁するのはエーリヒ・シケタリベルグ少将である。
「大きく迂回し、エルムズ河を渡ってアイントテフを後方から攻撃するのです。」
という大作戦をたて、ニコロフスキーも了承した。だが、ニコロフスキーは更に大胆であった。
「第一軍の大部分(4万程度)を使ってそれをやろう。」
と決めた。第一軍にはおよそ5万の兵力がある。だが、迂回作戦というものは軽装で小部隊が行うものというのが軍での常識だった。
この軍は東からアイントテフを目指して苛烈な戦闘を開始した。
まず、3つの拠点からなる敵の第一線防御線を攻めて、2昼夜に渡る激戦を乗り越え、全域にわたって攻略を完了した。信じられぬ程の勇猛さだったが、この成功の影にはミコの砲兵潰しがそれを支えていた。
「ミコ!第6師団が師団単位の夜襲を敢行してグリムガルの陣地を奪ったって。」
せわしなく運動を続けるクレセント・コマンドの野営地で、同期のサーシャが入ってきた。
「…えぇ?」
この戦火にあっても、ミコは今日も優雅な朝を迎えていたが、困惑した表情を浮かべた。
常識においては、夜襲というのは小部隊によって行われるもので、1個師団という1万人を超える兵隊が整然たる行進を行いそれを成功させた例は、未だなかった。
「どういうことだ、西部方面軍はピカピカ組ばかりじゃなかったのか…?それともニコロフスキー将軍が優秀なのかな…。」
「だけどいい報せだけじゃないよ、これから忙しくなる。」
サーシャは、新たな命令書をミコに渡した。
─1918年 4月30日 フランブル地方 西部方面軍 第一軍 第109大隊 195高地
第一軍が第一線防御線を攻略し、追撃に移っていたがその戦果はまばらであった。めぼしい戦果を上げたのは本国から増援で来た精鋭、第6師団だけだった。
「状況は非常に良くない!増援か撤退許可をくれ!」
第一軍の109大隊が、悲鳴を上げていた。彼らの前には標高195mの高地が立ちはだかり、死の火点を構成していた。だが彼らの大隊とそれが所属する師団は、血の代償でもってその頂上付近まで辿り着いていた。しかし人民帝国による度重なる逆襲に耐えるのが精一杯であった。そして、新たな脅威も迫ってきていたのだ。
戦争を変える新たな脅威、ワイバーンの竜騎兵である。
「砲兵による支援を!もしくは兵を増援してくれ!このままでは壊滅するぞ!」
鼻の下に髭を生やした大隊長は野戦電話に向かって怒鳴った。
「…すまない。今は何処も手一杯なんだ。予備兵力はもう…何とか耐えてくれ、頼む。」
心底申し訳なさそうな声を聞いて大隊長は涙を浮かべながら歯ぎしりした。
「あぁ、分かったよ!お国の家族によろしく言っておいてくれ!」
そう言って受話器を叩きつけようとした時、意外な声が受話器の向こうから響いた。
「待った!…うん、うん、そうか。了解した。」
「なんだ?」
大隊長は訝しんだ。
「そちらに増援が向かう。喜べ!第1独立機動支隊だぞ!」
「?…どこの部隊だ。」
「分からないのか!?コールサインは『クレセント・コマンド』と、言ったら分かるか?」
「は?…はあ?!」
クレセント・コマンドは、風を切って戦場に急行していた。耳の先端が寒い。
どんな泥濘でも、魔法使いの箒と馬の脚では影響がなかった。
戦場に到着したクレセント・コマンドは、まず馬から降りて砲を展開した。歩兵となった騎兵たちは救援を求めた大隊と合流した。
「ようおじさん!大隊長はどこだ?」
ミコは近くにいた男に声を掛けた。男はむっとした顔をして見せた。
「俺が大隊長だ。…まあいい。」
「うぇっ!?」
ミコは飛び上がった。ここまでの戦闘の熾烈さから大隊長はやつれて浮浪者のような見た目になっていたのだ。
「とにかく今来ている敵の逆襲を阻止しなければいけない。頼む、何とかしてくれ。」
馬から降りて歩兵となった第1独立機動支隊は、頭数では歩兵連隊にも満たない。
「援軍が来た!」
と喜んでいた大隊の兵たちも最初は喜んでいたが、その人数の少なさから再び表情が曇っていく。
そんなことにも無頓着でクレセント・コマンドの兵たちは塹壕に飛び込んだ。
そして背後から聞き慣れない命令が響く。
「機関銃、前へ!」
すると機関銃を担いだ一団が走ってきて、散兵線の間に加わった。
「おじさん、敵はどれぐらいだい?」
ブロンド髪の少女、マキナ・ハヤサカが近くの大隊の兵に尋ねた。
「大勢なんてもんじゃねえ。バッタの群れのように押し寄せてくる。────ところで援軍というのはお嬢ちゃんらだけかい?まさかそんなこたあないよなあ…。」
どうやらこの兵は、当てにしていた援軍が少数の部隊に過ぎないことを知って、大いに落胆している様子だ。
何せこの追撃段階に移ってからは、断続的に行われる敵の砲撃に晒され、砲撃が途絶えた合間には人民帝国の歩兵が突撃してくるのだ。
更に、ワイバーンの一方的かつ強力な爆撃によってその損害は増え続けていた。
「安心して、僕たちが応援に来たからもう大丈夫。ここから一気にこの高地攻略出来るから。」
歳若いこのマキナの言葉も、疲れきったこの兵には単なる慰めにしか聞こえなかったようだ。
だがそれは嘘ではなかった。
喊声を上げて山頂から突進してくる人民帝国の兵の集団は、塹壕の手前に達する前に機関銃の掃射を受けて、次々に倒れていく。
鼻腔を刺激する火薬の匂いが、一気に戦場を包み込んだ。
「なんてこったい、お嬢ちゃんの言う通りだ。」
敵が山の向こう側へ必死に逃げていく。この兵が手にするライフルの筒先に付けられた銃剣は、今回初めて敵の血糊を吸わなかった。これまでは白兵戦を繰り返していたのだ。
「各員!これより敵を追撃する!」
司令官と思わしき黒髪の少女の将校の号令で、このブロンド髪の少女も塹壕から立ち上がった。
「おじさん!元気でな!運がよければ、またどこかで会おう。」
一等卒の階級を付けた兵は、どこかへと走り去った。
「戦争は変わった…のか、空を飛ぶ化け物が戦争に出てきたと思ったら、今度は味方にあんな子供が出て来ている…一体どうなることやら。」
この日苦しい戦いを繰り返していた第一軍の195高地では、初めて完全なる「勝利」を演出していた。
クレセント・コマンドの突撃に合わせて第一軍の師団も追撃を開始した。
思わぬ出血を強いられた195高地を守る人民帝国の兵たちは、まともに戦う前に逃げ出してしまう者も大勢いた。
第一軍は、丘の上に立った。大地が波打ち、天に連なる波頭にあたる高地の上に連邦の国旗がたなびいた。
だが、人民帝国が重要な陣地から簡単に引き下がる程の弱さではなかった。
「カウリバルス中尉!あれを…!」
山頂から双眼鏡を覗いて、眼科に広がる人民帝国軍の第二線防御線を偵察していた曹長が、生唾を飲んで報告した。
語るに及ばず、ミコもそれが何かを理解し、いびつに口を歪ませた。
「ようやくお出ましか…!」
太陽に照らされて、ワイバーンの群れがその空を翔んでいたのだ。
その数の
その数は、ヘルムート湾で壊滅させられたあの翼竜母艦から放たれていた数と同じ程の数であった。
陸上ではなかなかその姿を見せなかった大量のワイバーンが、ここで現れた。それほど人民帝国はこの高地を重要と考えているらしい。
だが不運にも、この戦場には陸上で唯一ワイバーンの襲撃に対して満足と言える結果を残した部隊がいた。
「これは…はは、かなりきついね。」
ミコはそう言いながらも苦しい顔はしていなかった。
このワイバーンの竜騎兵退治の為にもクレセント・コマンドは存在しており、なおかつミコも今日この日までその対策を考え抜いていた。
まず丘の上まで引っ張って来ていた野砲たちに射撃準備を整えさせる。そこで仰角をめいっぱい掛けて榴散弾を撃ちまくる、という至極単純なものだった。そしてそれは効果を出していた。ここまでは国防軍でもありふれた戦術だ。
爆弾が誘爆したり命中したりして墜落、あるいは竜騎兵が死ぬ中でも、撃ち漏らしたワイバーンがその近くまで迫る。もはや砲の仰角の限度よりも更に上まで近づくと、いよいよミコたちの出番となる。
「各員、Xフォイル戦闘配置!」
魔法使いたちが、箒に付いた銀翼を輝かせて太陽を背に空へと駆け上がる。
ミコ、サーシャ、マキナが与えられた任務をこなすべく、ワイバーンと向かい合う。
ミコの考えたワイバーンの対策は幾つかあった。
まずひとつめは、手に持つライフルでもってワイバーンの持つ爆弾を誘爆させる。もしくは竜騎兵自身を殺す。
人民帝国より奪ってきた散弾銃を構えたマキナは、腹を食い破るかの勢いでワイバーンの下から急上昇した。その腹に抱えた爆弾をしっかりと狙うとトリガーを絞った。誘爆。黒煙と衝撃が、今までワイバーンのいたところを包んだ。
そしてミコはというと、マキナと同じように急上昇したがワイバーンよりも更に高い高度に立ち、司令官と思われる派手な装備のワイバーンへ音もなく後ろから近づいた。
速度の遅いワイバーンに近づくのは容易だった。そのワイバーンの身体には鎧のようなものつけ、背中には屋根のない箱のような物が付いていた。
「
急に背後から声を掛けられた竜騎兵は、思わず振り返った。そしてその顔はみるみるうちに青ざめていった。
「あ、あああ、あ。」
「どうした?」
奥の方から操縦していると思われる人間が声をかけた。
だが返事は出来なかった。
太陽を背に少女が右手で銃を突きつけ、左手には爆薬を束ねた爆弾のようなものをもっていたのだから。
「お土産だよ、遠慮はいらないさ。」
魔女はそう言うと、左手の爆弾を軽く投げ入れ、箒で急速に離れていった。
数秒後、腹に堪える爆発音が轟いた。ワイバーンは奇妙な咆哮を上げて墜落していく。
二つめの対策とは、クレセント・コマンドに支給された国防軍正式の手投げ弾、通称グレネードであった。
これらは小さな爆弾が1つの棒のような物に束になってくっついており、その威力は強大だった。
そしてミコは休む間もなく次のワイバーンへと向かった。司令の翼竜を失ったことでその航空運動には統制が取れなくなっていたが、依然としてワイバーンは攻撃をしようとしている。
ミコは再び高度を取ると、ライフルに頬をぴったりと付けて狙った。トリガーを絞ると同時に独特の高音が響き、美しい白色の線を描いた弾丸が幾筋か伸びた。
その何発が命中し、そのうちの一発が急所に当たったらしい。ワイバーンは空中で暴れるようにして藻掻くと、搭乗者である竜騎兵までを振り落として苦しんだ。そしてどこかへと下降して行った。
「ふぅ…。」
ミコは一息ついた。賭けではあったが、増幅魔法を掛けた最新鋭のライフルの貫徹力はドラゴンの皮膚を貫くことが出来た。
そう、対策の三つめは増幅魔法によってワイバーンにダメージを与える事だった。
「それにしても、サーシャはどうだろう…?」
先日のシャルロット戦で散々な戦果だったサーシャ・コンドラチェンコを、ミコは憂いた。
しかし同時に、彼女ならきっと大丈夫だろうとも考えていた。まだワイバーン対策は残っていたのだ。
サーシャ・コンドラチェンコという女は、典型的な参謀向きの将校だった。中隊を率い、自ら前線を走るような人間ではなかった。
彼女は軍人でありながらも軟弱な部分を多く持っていた。しかしそれを隠すように、古今東西の知識と戦術を覚え、活かしていた。
彼女は、魔法使いは軍以外では差別されるからという理由で国防軍に入り、そしてまた魔法使いであるからという理由で不運にも前線勤務のクレセント・コマンドに入ることとなってしまった。
そして今日も自ら前線に赴いて戦わなければならない。
ピンク髪でツンと立ったアホ毛を生やすサーシャは、以前と違って覚悟を決めて戦っていた。
マキナやミコには劣るものの、そのライフルでもってワイバーンを撃墜していた。
だが撃ち漏らしもあり、地上への被害は2人よりも多かった。
そしてサーシャのもとに、いちだんと大規模なワイバーンの群れが現れた。
「──っ!」
声にならない声を上げると、サーシャは汗をかき始めた。どうしよう、これでは前と同じだ、ええと、ええと…。
あわあわと慌てるサーシャは、その手が腰に付けたあるものに触れるとその動揺は治まった。
むしろその顔はオーラを感じさせた。不格好だけどこれが、私にとってはいい方法だ…!
サーシャは右手に小さな拳銃のようなものを持ち、それを天へと向け撃った。ポン、という奇妙な音を立ててそれは打ち上がる。それは煙を吐き出しながら空に雲を描いた。
そして胸にある通信装置『ダイヤル』に向かって呼びかけた。
「こちらクレセント・コマンド、第203砲兵大隊聞こえますか?送レ。」
ガー…と少しの間ノイズが走り、相手が答えた。
「こちら203、砲撃支援か?」
相手はこの戦場にいる師団傘下の砲兵であった。
「そうです、相手はワイバーンなんです。グリッド334の所です。」
「おー…あの信号弾のところだな、了解。めいっぱいクソを垂れてやるから気をつけろよ。」
少しの間があり、サーシャは離れた。ひゅるひゅると危機感を感じさせる、空を切る砲弾の鳴き声が近づき、起爆した。
大隊規模によるその砲撃は、ワイバーンの頭上で爆発し、鉄のシャワーを浴びせかけた。
これが四つめの対策であった。魔法使いが空中で戦う以上味方の砲も手出しは出来ないが、信号弾による支援を魔法使いが求めることで心置き無く攻撃することが出来る。
「クレセント・コマンドの
ミコのダイヤルから声が響いた。その声は大隊長だった。
「大丈夫ですよ!今後もご用命はクレセント・コマンドに───────」
ミコが言いかけた時、異変に気付いた。
辺りが急に黒雲に包まれ、雨が降り出した。
ミコがそれを体験したのは、初めてではなかった。
ミコはギリッと歯を食いしばった。野郎、出てきたね。『雷鳴のベルセルク』いや…シャルロット。
ミコの前に、新たなワイバーンの群れが現れだした。
「っ…大隊長っ!とにかく全員何かの下に隠れさせるんだ!なければ窪地でも塹壕でもいい!」
「は、はあ?」
と返す大隊長に、いいから!とミコは語気を強めた。あまりの迫力に尻込みしたのか、大隊長は素直に従った。
ミコは会話を終えると、まだ距離が十分に近くない段階で、弾丸のように飛び出した。
(あの時の借り…返させて貰うぞ!)
ミコは箒を握りしめてXフォイルを再度展開した。
「待って!ミコ!」
「待つんだミコさん!」
ダイヤルから響くふたりの制止も聞かず、矢のように突っ込んでいく。標的のいる所までワイバーンの群れの間を縫うようにして進んだ。その途中、軍刀を引き抜いてすれ違い様に何人かの竜騎兵を切り裂いた。
急速に突っ込むミコは、ついにシャルロットの姿を捉えた。彼女の目には恐怖の色が浮かんでいた。
だが、その命を奪うことは叶わなかった。
ミコの猛スピードの近接攻撃は、またしても防がれた。いや、部分的に効果を上げた。
シャルロットは攻撃される寸前にワイバーンの高度を上げ、その刀をかわそうとした。だがその刃はワイバーンの身体に刺さった。
2度目の刃を向ける前に、ミコの身体は吹き飛ばされた。
身体に痛みを覚えると共に、呪いを打たれたのだと感じた。
「残念だったな。」
とシャルロットはほくそ笑んだ顔を見せた。ミコは左手を伸ばして彼女を掴もうとした──────。
ミコの身体は突っ込んでくる前の位置の辺りまで吹き飛ばされていた。身体が何回も空中で回転し、世界が回って見えた。
そしてミコの身体はついに重力の影響を受けて落下し始めた。
朦朧とする意識の中で、ミコは腕を伸ばして唱えた。
「ぐっ、スクルヴァ…(箒よ来たれ)」
魔法の効果を確認出来る前に、ミコの意識は深く落ちていった。
吹き飛ばされて落ちていったミコを見たサーシャとマキナは、ダイヤルに向かって呼び続けた。
「ミコ!?ミコ!?…だめだ…」
サーシャは心配そうな声を上げた。
「サーシャさん、僕たちは一体どうしたら…」
マキナも不安だった。
「とっとっ、とにかく!あのワイバーンの集団をどうにかしなきゃ!ミコの捜索は曹長たちに頼もう。マキナ、お願い。」
サーシャはマキナに命令すると、回線を切り替えた。
「こちらクレセント・コマンド、203砲兵大隊聞こえますか!?」
少しのノイズの後、また同じ人物が回線に出た。
「んにゃ?魔法使いのお嬢さんか?また敵が来たのか。」
「指揮官が生死不明…いや生きてると思いますが!とにかく緊急事態でワイバーンがまた来ています!そして敵には『雷鳴のベルセルク』がいると思われます!」
相手の砲兵は少し黙った後、喋りだした。
「…雷鳴のベルセルクね。噂には聞いてたよ。奴が出てきたのか。」
砲兵は一度言葉を切った。そして焦るサーシャの声の様子を聞いて思った。この魔法使い、大丈夫か?
「とにかくさっき以上の砲撃をすりゃいいんだろ?範囲は────あぁ、分かったよ。んでこっちも師団司令部に聞いてみるわ。火力はあるに越したことはないだろ?」
サーシャと砲兵は会話を終えた。サーシャは会話の途中に、信号弾を何発も打ち上げていた。
サーシャの顔は今まで以上に引き締まり、その目には炎を宿していた。
とにかくこの襲撃を撃退して、ミコを助けないと…!今度は私がミコを助ける番なんだ…!
─1918年 4月30日 フランブル地方 ???
続く。
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