第13話 サンダー・ボルト

『千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす』​───────宮本武蔵



 ─1918年 4月8日 フランブル地方 西部方面軍 第1独立機動支隊


 エリスの街で偵察を終えて、マキナという思わぬ収穫を得たミコとサーシャは翌朝、まだ日も十分に昇っていない早い時間に宿を出て帰途に着いた。

 人民帝国の軍人を殺したことで追っ手の心配があったが、ミコとサーシャは軍人の死体を上手く隠蔽していたのだった。


 しばらく部隊は南下し、戦線左翼の陣地へと帰還した。

 ミコとサーシャは近くの近衛第1師団の司令部へと呼ばれた。今回の偵察作戦を命じたのは近衛第1師団だったからだ。

 一通りの報告をし、最後にマキナについての扱いを尋ねたところ想定の通り簡単にOKを貰えた。


「ああ、ふたりとも。」

 司令部の将校と話すミコたちに気づいた近衛第1師団の師団長、エドヴァルド・ペトロフが近付いてきた。ふたりは瞬時に敬礼した。

「貴方たちにはこれから偵察任務をしてもらいます。前回のようなものではありませんよ、普通の偵察で結構です。しかし妙な話もありますからね…。」

 内容はごく単純で、この先における攻勢作戦の為に敵陣地を偵察せよとのことだった。

 エドヴァルド師団長の話し方から、ミコはこの戦線左翼である第三軍が、きたる攻勢作戦で何かしらの重要なポイントになるのだと直感した。


 さらにエドヴァルド師団長は、この後クレセント・コマンドに技師を送ると言った。まだミコは遭遇していないが、人民帝国の翼竜に対しての対抗策らしい。


 その後、話の通り技師と思われる人間と近衛第1師団の将校、そして妙な格好をした女がクレセント・コマンドの野営地にやってきた。

 ちょうどミコと曹長がマキナに軍人としてのイロハを訓練していたところだった。


「カウリバルス中尉、こちらはレイン・ヒルズから来たドブリ所長だ。」

 ミコがまず紹介されたのはナルヴィンスク連邦国防軍の技術を司る研究施設、通称レイン・ヒルズの人間だった。

「うむ?国防軍はこんな若い将校に部隊を任せているのかね。人材不足も甚だしいな…まあいい。」

 少しぼやいた後、ドブリは説明を始めた。

「君やそこのピンク髪が使う箒にだな、今細工させている。結論から言えば、その箒に乗った君達魔法使いにワイバーン退治をしてもらいたいのだ。」


 ワイバーンをまだ見たことのないミコとサーシャは、目をぱちくりしながら話を聞いた。ドブリは話すのが気持ちよくなってきたのか、芝居がかった喋りになってきていた。

「これの名前は『KV-1 ヴァルキリー』だ。これを使えば今までの魔法使いの箒を凌駕する素晴らしい加速と運動性能を持つことが出来るのだ!」

 そう話すドブリに、技師と思われる人間が囁いた。どうやら作業は完了したらしい。


「見たまえ!この機能美を!」

 ミコとサーシャの手に新しくなった箒が渡された。まず普通のそれと違うところは、柄と尾が結ばれた部分の近くに、鳥の翼のように伸びた金属質なパーツが付いていたことだ。それは逆V字型で伸びており、よく見たらそれは金属と金属が重なっていることが分かった。

「あの、これは…?」

 サーシャが柄に付けられたスイッチを見て聞いた。


「まあまあ、そう焦りなさんな。」

 ドブリは手を上げて制した。

「魔法使いというものは箒に乗って空を飛べる。だがそれを可能とさせる理由は未だに分からない。だが最近あることが分かった。」

 ドブリは一度言葉を切った。

「魔法使いは飛んでいる最中は魔法力、つまり魔力をほとんど消費しない。だがよく調べてみると微量の魔力が出続けているのが分かった。つまりヴァルキリーは放出された魔力を吸収し、より効率よく動力として再利用させている。」


「なるほど…で、これは?」

 ミコは納得しながらも先程のスイッチを見ながら質問した。

「押して見れば分かるさ。」

 ドブリは怪しげな笑みでそれを見守った。

 ミコはスイッチを押すと、それまで地面に平行に伸びていた翼が上下に分裂し、Xのような形になった。傍から見れば翼がもうひとつ出来たように見える。

「これはXフォイルと言って、これを展開することで速度をさらに倍増させるんだ。この翼を見てくれ。これで魔力の排出効率を上げるんだ。ただその代わり、呪文を唱えるのと同じように魔力の消費を感じるようになるだろう。」

 その後いくらか説明を受けてドブリたちは去った。クレセント・コマンドの魔法使いは連邦の新兵器を扱うことになったのだ。

 だがその希望のある話の反面、司令部からやってきた将校は面白くなさそうな顔をしていた。


「2人とも、こちらは今回の偵察作戦に参加する桜華皇国の観戦武官、リツキ・アキヤマ大尉だ。」

 将校から紹介された女は頭を下げて挨拶した。軍服だが、本来であれば社交場のドレスを着ていてもおかしくない程に上品な顔つきとカールされた赤毛であった。

「ごきげんよう、支隊長。私は桜華皇国第12狙撃兵師団の参謀をしております、秋山凛月と申します。」

 言語の違う桜華皇国の人間のわりに、やけに綺麗な連邦の言葉を喋る。ミコは思った。なんでこの人は軍人になったんだ?


「アキヤマ大尉も魔法を使われるそうで、この部隊を視察したいと申し出てな。」

 将校はまだ面白くなさそうな顔をしていた。理由はいくらかあった。

 桜華皇国と連邦は同盟関係にある。だがいくら同盟相手とはいえ出来たばかりの新兵器は見せたくない。この観戦武官は連邦のヴァルキリーの情報を知っていて、今日この部隊を視察するよう動いたのだ。実物をその目で見るチャンスだった。

 この将校はそんなことを考えていた為に面白くなさそうな顔をしていたのだ。彼の予想は大方当たっていた。さらに同盟のきっかけがきっかけなだけに、余計にマイナスなイメージを持っていた。この同盟成立は、18年前の連邦の内戦での桜華皇国のある行動がきっかけだったのだ。


「よろしくお願いします、アキヤマ大尉。」

 ミコは敬礼した。そしてその後、ミコ達は出発の準備を整え始めた。


 ミコたち第1独立機動支隊、秘匿呼称クレセント・コマンドが偶然にも人民帝国の部隊とぶつかったのは、翌日のことであった。


 まず北方から南下してきた人民帝国軍は、ブリストルと呼ばれる小さな街の近郊で遭遇した。

「敵騎兵十数騎、こちらへ接近中!」

 急いで戻ってきた斥候から報告を受けたミコは、まず道を挟んだ両側に兵を隠れさせた。

「アキヤマ大尉、もしものことがあった場合、貴官の身の安全は保証出来ません。」

 声を潜めながらミコは喋った。秋山凛月は懐から扇のような物を取り出して口の辺りに当てた。

「もちろんでございますことよ?」

 秋山はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


 ミコは機関銃二挺の火線が、中心に交わるように、道路脇の草むらへと配置した。その上で路上に応急の障害物を配置して、敵の接近を待ち構えた。

 ミコのクレセント・コマンドは、彼女が以前所属していたベリヤ将軍の第13旅団の影響を色濃く受けている。

 快速な騎兵部隊が主力ではあるが、カンブルグ会戦においてマウロ人の血を吸い続けた機関銃も配備されている。そしてベリヤ将軍を思わせる陣地構築の妙を持っていた。


 やってきたのは偵察任務の軽騎兵の一団で、傭兵のような粗末な服装ではなく将校らしかった。

 その様子を見たミコは、部下であるサーシャに命じた。

「サーシャ、腕のいい兵を何名か選んで狙撃させるんだ。わたしも攻撃する。」

 ミコは背中にかけたライフルを手に持った。ミコが魔法を使わない理由は、相手が比較的高速で運動する相手の為だ。魔法は座標を指定するのがキモのため、今回の場合は困難だったのだ。

 数分後、ミコは位置に着いた。ジャキンッとレバーを引いた。弾倉から薬室に弾丸が装填される。

 目標が近付いてきた。照準に敵が重なると同時に、トリガーを絞った。肩を掠めたようだ。ミコは少し眉間にシワを寄せた。


 普通の狙撃銃ならここで任務は失敗だが、ミコのライフルは特殊だった。

 間髪を空けずに再度トリガーが引かれる。次の一弾は音を唸らせ空を切って敵に突き刺さった。命中だ。命中弾を受けた騎兵は落馬する。同時に、ミコ以外の兵士が放った銃弾を受けて他の何人かも落馬した。

 そのうちの1人か2人は仲間の騎兵に助けられて逃げ去ったが、2人の騎兵将校は倒れたまま放置されている。


「曹長、何人か連れてあの将校を連れてくるんだ。死んでいたら持ち物だけで構わない。」

 曹長は頷くと、曹長の新しい部下となったマキナと共に物陰から物陰へと素早く移動して、路上に放置された敵将校に近づく。2人とも動く気配はない。


「中尉、やはりふたりは絶命していました。腰の将校鞄からは書類と地図が見つかりました。」

 曹長が戻ってきて報告した。


「曹長さん、地図ってそんなにいいものなのか?」

 まだ軍に入ったばかりのマキナは、地図の重要性を知らなかった。

「ハヤサカ二等兵、地図というのは可能性が想像よりもかなり大きいんだぜ。この線の集まりだけで行軍計画を立てたり、戦術を立てたり出来るんだ。」

 曹長の言う通りだった。


 しばらくして、敵の本隊が現れた。

 双眼鏡を見る限り、敵は歩兵2個大隊、騎兵は1個小隊に満たないほどの兵力だが、野砲の姿はない。

「敵も今度は警戒してるだろうから、とにかく引き付けて撃つんだ、今度は敵の足止めが狙いだ。敵が退いたら夕闇に紛れて撤退しよう。」

 ミコは部隊の将校に説明した。

 人民帝国軍を率いた指揮官は、クレセント・コマンドの兵力を少なく見ていたようだ。

 双方で激しい銃撃戦が展開される。


 確かにクレセント・コマンドの兵数は人民帝国の部隊の半数に過ぎない。だがほとんどの兵は生い茂る草むらに隠れて射撃をするため、人民帝国の指揮官は規模を把握出来ないでいた。

 それでも道路を強行突破し、クレセント・コマンドの背後を突こうとしたが、それらの部隊は機関銃の弾幕射撃により挽肉と化していった。


 結局、敵の指揮官はこちらに機関銃があることを知って無謀な攻撃を避けているようだ。

 さすがに業を煮やしたのか、夕刻になると新たな動きがあった。

「中尉、アレを見てください!」

 反射光で位置がバレないよう気をつけながらも、曹長がミコ報告した。


 空を飛ぶ生物、ワイバーンだ。


 翼竜は3体確認出来た。以前海軍から寄越された報告と同じく、爆弾のようなものを抱えている。

「私たちに野砲がないのを確認した上で有効打を与える方法として翼竜を選んだね、きっと。」

 サーシャはその軍学校時代に培った明晰な頭脳でそれを考察した。


「それよりも、を使ってアイツらを退治しなきゃいけないんじゃないの!?」

 ミコは箒を指さした。

「そうだけど…どうやって?」

 サーシャは不安そうな顔をした。ミコも同様だったが、彼女には覚悟が出来ていた。

「と、とにかく爆撃を阻止させればいいんだ、行くよ!サーシャ、マキナ!」


 連邦側から、空に3体の魔法使いが飛び上がった。

 ミコは思い切り風を受けながら上昇する。黄昏の空に、箒に付けられたそれは夕陽に当てられて煌めいた。KV-1ヴァルキリーは、ミコの想像以上に力を発揮していた。

「こちらミコ、聞こえるか?」

 ミコは胸元にある八角形の大きめな装置に向かって話しかけた。

「こちらマキナ、聞こえます。」

「サーシャも聞こえるよ。」

 その装置からはノイズが入った2人の声が聞こえてきた。実はヴァルキリーを貰うと同時に、この通信装置も貰っていたのだ。

 この装置は「ダイヤル」というもので、無線電話のひとつだ。原理はほぼ変わらないが、ここまで小型化出来たのは増幅魔法を使用しているからだ。


「マキナは1番左のを、サーシャは右のをやってくれ。わたしは真ん中のやつを殺る!」

「「了解。」」

 元気よく声が聞こえる。満足した顔でミコは次の命令を下した。

「OK、Xフォイル戦闘配置!」

 3人がそれぞれ箒に付けられたスイッチを押す。銀色の翼は分裂し、マキナとサーシャは勢いよく敵に向かって走っていった。

 ミコと相対する相手はその場に留まった。どうやら指揮官らしい。ミコはそれを見ながら思った。大方わたしたちの対応を考えているに違いないね。



 ─1918年 4月9日 大マウロ人民帝国 ブリストル上空 左翼


 まずアクションが起きたのは、マキナの方だった。彼女は翼竜の腹に突っ込むように下から急上昇した。そして彼女が人民帝国の軍人より奪ってきた散弾銃を1発翼竜にぶち込んだ。

 戦果を確認する前にそのまますれ違って翼竜の上後方へと上昇する。傷付いて咆哮を上げた翼竜だが、多少よろめいた程度でまだ陣地側への爆撃のための飛行を止めない。

「クソっ!」

 マキナは唸った。やはりドラゴンは強い生物だ。苦労するな。

 だが彼女は次の瞬間笑みを浮かべた。

 マキナはそのまま後方から翼竜に向かって突進した。人間の作った兵器がワイバーンに効かないなら、ワイバーンを操る人間を殺せばいい。


 敵の竜騎兵は恐怖の表情のまま、意志のない肉となって墜落した。ワイバーンも自身を操る存在が消えたことで爆弾を放り出してどこかに飛び去って行った。




 ─1918年 4月9日 大マウロ人民帝国 ブリストル上空 右翼


 どうしよう、どうしたら…。

 右側のワイバーン阻止を命じられたピンク髪の女、サーシャ・コンドラチェンコは震えが止まらなかった。

 彼女はただでさえが得意ではない。盤上の駒を操るのは得意だが、自らの手で人を殺めるという行為は未だに抵抗を持っていた。

 とりあえず彼女は自身の持つライフルで竜騎兵を殺そうとした。

 彼女もミコと同じ連射の効くライフルを持っていた。だが、当たらない。何発かはワイバーンに当たったようだが、その手応えはなく変わらず進撃を続けていた。

 敵はサーシャのいる位置を迂回して、クレセント・コマンドたちの陣地へと近づき始めた。

 サーシャは頭が真っ白になった。まずい、これはいけない!

「インぺヴィ・ベルノ!(妨害せよ!)」

 サーシャは懐からサーベルを引き抜いて真っ直ぐそれをワイバーンに向けて唱えた。紫の閃光は確かにワイバーンに直撃した。

 サーシャは期待の目で見た。だがそれは一瞬にして崩壊した。

 ワイバーンに直撃した閃光は、厚い皮膚に跳ね返されてどこかへ飛んでしまったのだ。ドラゴンが長い歴史の間、世界の強者であった理由を感じさせる光景だった。


 もはや陣地の真上まで来ている。サーシャは呆然としながらそれを見守るだけだった。


「くそですわっ、これは1つ貸しでしてよっ!」

 これまで観戦武官として佇んでいた秋山凛月が、曹長に向かって言った。

 彼女は懐から紙幣程の札を取り出すと、指で挟んで空に向かってピッと投げた。

月花乱流げっからんりゅう如月きさらぎ!」

 秋山がそれを唱えると、重力に負けてヒラヒラと落下を始めていた札が燃えて消えた。

 曹長は身の回りに暖かなものが包み込んだ感覚を覚えた。


 翼竜の投じた爆弾が真上に迫ってくる。逃げ出すものが出たが、曹長と秋山はそこに留まった。

 爆弾は、不思議な事に見えない家の屋根にぶつかったように空中で爆発した。それはただ空中で爆発したのではなく、爆風や破片すらも防いでいた。

 秋山は扇を手に当てて笑った。


「サーシャ!サーシャ!ぼうっとするな!」

 サーシャにミコから激が飛ぶ。だがサーシャは動こうとしない。ミコはXフォイルをフルパワーで展開し、サーシャの担当していたはずの翼竜を追った。

 矢のように突っ込んでいく。ミコはライフルを取り出した。爆撃を完了したワイバーンはその帰途につこうとしていたが、突如迫ってきた弾丸のような飛翔体に驚愕した。

 ミコはライフルに付けてある銃剣を煌めかせてワイバーンの身体へ突っ込んだ。いくら分厚い皮膚とはいえ、この速度によるエネルギーに耐えられるほどの皮膚は持っていない。

 ワイバーンに一突きした後、素早く引き抜いて竜騎兵に対してライフルを乱射した。そのうちの一発が、竜騎兵を墜落させた。


「…ありがとうミコ。」

 ダイヤル越しに、申し訳なさそうなサーシャの声が聞こえてくる。

「礼は生きて帰ってからにして、サーシャ。」

 ミコは優しく言った。





「素晴らしい友情ではないか。」

 ダイヤルから知らない声が響く。

「誰だ!」

 ミコは叫んだ。どうやら残されたワイバーンの竜騎兵らしい。

「君たちのその装置は面白いな、途中まで気が付かなかった。」

 傲慢な声が響く。ミコはなんだか腹が立ってきた。

「我の名前はシャルロット・パーシヴァル。この空中と地上部隊を率いている。そして大マウロ人民帝国の王家の血を継ぐ者にして、だ。」


 段々とその姿が見えてきた。ワイバーンの上に…長い金髪で小柄な娘が立っている。その左手には本のようなものがあり、頭には赤色のうさ耳のようなつけものをしていた。


「パーシヴァル家の名において、貴様ら下劣な魔法族を叩き潰す!!高貴なるパーシヴァル家以外に魔法の使える者などあってはならない!」

 高い声だが傲慢さを感じさせる。ミコは歯ぎしりした。


 金髪で小柄なシャルロットは返事がないことに内心苛立ちながらも、行動を開始しようとした。

(パーシヴァル家の力を見せる時だ、それも、忌々しい魔法族が相手だ。)

 シャルロットは腕を大きく広げて魔法の用意をした。そして長い詠唱を始めた。

「空の果て、雷鳴轟く所に我有り。‬‪地の果て、日没ひぼっする所に汝あり‬。‪我に立ち塞がりし愚者達全てに鉄槌を!‬」

「スカーレット・ボルテージ!!」

 手元の本から怪しげな光が漏れ出す。すると天気は急変し、暗雲が立ち込めた。シャルロットはいやらしい笑顔を浮かべると、腕を連邦の陣地の方へ伸ばした。

 曹長たちのいる陣地で雷鳴が轟いた。そしてサーシャらの目からはそこに雷のようなオレンジ色の光が落下した。


「っっ!!!」

 サーシャは声にならない声を上げた。そしてマキナも同じように驚嘆の声を上げていた。しかしそれは、少し意味が違っていた。


「所詮は連邦のゴミ共だ、場所はよく分からないがあの辺に避けられる場所などない。」

 シャルロットは上空で得意気でいたが、それは直ぐに崩れた。おかしい。手応えがない。ここからじゃあそこに特別変わった様子が見えないぞ。

 シャルロットが疑問を頭に浮かべた直後、驚きが脳を支配した。

「っ!!!」

 シャルロットのすぐそこに、ミコが猛スピードで肉薄してきていたのだ。


「詠唱している間にモタモタしているほど出来た人間じゃないんでねえわたしは!」


 ミコはライフルを数発撃ちながら銃剣を突きつける。しかしそれはかわされた。それでもなおミコは距離を縮める。ミコは懐から軍刀・雷切ライキリを引き抜いた。勢いよく切りかかる。だがシャルロットも短刀を引き抜いてそれを止めた。一瞬の競り合いの後、ミコはシャルロットの短刀を虚空へ落とした。

「!」

 シャルロットは焦りの表情を浮かべた。


 そしてミコは再度反った刀身を煌めかせて振りかぶった。だが咄嗟に前に出したシャルロットの持つ本が幸運にもそれを受け止める。どうにか状況を打開しようとシャルロットはミコの懐まで近づくとミコの腹の辺りを蹴り上げた。

 その打撃に一瞬の隙を見せたミコは、パーシヴァル家の血を引く人間を取り逃してしまった。夕闇と共に、煙幕のような濃い煙を展開したらしくその姿は消えた。

「ゲホッゲホッ…取り逃したか。」



 結局、人民帝国の部隊は撤退を開始したようだった。ミコは不満顔で陣地に戻ると、先程の雷鳴がなんだったのか、被害状況を聞いた。

 どうやら、アキヤマ大尉が一役買ってくれたらしく、ワイバーンの爆撃もあの稲妻も魔法で防いだという。

「ありがとうございました、アキヤマ大尉。」

「いえいえ、構いませんことよ?私も『雷鳴のベルセルク』を見れるとは思いませんでしたわ。」


 どうやらシャルロットは雷鳴のベルセルクと呼ばれているらしい。ミコはエリスの街で見たパーシヴァル家の活躍は、プロパガンダではないということを思い知った。そしてその存在が、今後戦争に深く関わってくるということも。


 サーシャは相当へこんでいた。クレセント・コマンドは予定通り撤退を開始した。


 ミコたちの持ち帰った地図や情報は、攻勢作戦に役立てられることとなった。戦争の激烈さを感じつつ、ミコは攻勢作戦に備えた。


 ─1918年 4月27日 フランブル地方 西部方面軍 第1独立機動支隊

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