第1325話 42枚目:残り1割

 残り体力1割が見えたのは、あの巨大な羽がほとんど削り切られた時だった。残っていた触角も切り落とされているし、胴体も半分潰れている。私の位置からでは見えないが、胴の下に抑え込まれる形になった足部分もほぼ潰れているだろう。

 攻略用ではあるが雑談も出来るスレッドでは、1割の時に出てくる特殊能力、あるいは行動変化の大喜利が行われていた。ただ残念なのは、笑いを狙って出た意見でもマジであり得るかもしれないから素直に楽しめないって事なんだよな。

 というか、どんなふざけた展開でも可能性がゼロではない以上、同じく笑い狙いにしか見えなくても真面目に出た意見である可能性がある。なのである意味とても笑いづらい大喜利だった。


「ま、それもそろそろ答え合わせの時間ですが」


 瓦礫もだいぶ剝がされて、胴体の上に並ぶ土属性の壁系魔法を除けばほとんど鎖と檻ばかりになっている。羽もほとんど残っていないし、芋虫に逆戻りした感があるな。

 まぁ今も可能な範囲で暴れてはいるし、うっかり身動きとかで壁系魔法が振り落とされると羽を攻撃している召喚者プレイヤーに被害が出るので、ちゃんと集中はしてるんだけど。壁系魔法は、術者がキャンセルすればその時点で消えるから。

 残り体力1割を、あの胴体と頭だけが残った状態で大人しく殴らせてくれる。なんて事だけは絶対にありえないので、司令部も召喚者プレイヤーも、羽を削り切る為に残っているパーティ以外は一旦防壁まで下がってきたようだ。


「しかしこうなったらいくらデカくてもただの的だね。姫さん、このまま畳みかけないの?」

「たぶんもうすぐ何か大きな変化がありますから、それに備えての待機ですよ、サーニャ」

「理由はよく分からないというかしっくりこないが、その読みはほとんど当たってるからな」


 当然、エルルとサーニャも戻ってきている。もし体力が残り1割になった時の特殊行動が、問答無用で周辺にいる召喚者プレイヤーや仲間を捕獲する、とかだと大変な事になるからね。今羽を攻撃している召喚者プレイヤー達も、その可能性は覚悟済みだ。

 何だったら即座に全ての壁系魔法を解除して消す必要もあるかも知れないので、私もそれなりに集中している。しかし注目を集めたところで閃光あるいは状態異常の積み込み、とかもあるかも知れないから、集中しすぎはしていない。加減が面倒なんだよな。

 体力残り1割に備えて、事前に少し攻略ペースを落とし、モンスター召喚の魔法陣はその全てを解除し終えている。今も攻撃に合わせて多少は出現しているが、それは最優先で対処されている筈だ。だから今、取り巻きとなる雑魚モンスターはいない。


「出来る限りの対策はしました。だから後は、実際の変化がどんなものか、です」

「そこは読めないんだね」

「まぁ今までも今までだったからな……」

「サーニャ、読めるんなら読んでいいんですよ」

「いやー、流石に異世界の存在の考える事は分からないかな! 姫さんこそどうなのさ」

「読めてたらその対策をしてるに決まってるでしょう」

「それで何が来てもいいようにしてるって事は、さっぱり分からないって事か」


 その通りなんだよな。大体妙なところでひねりを入れる運営のせいなんだけど。マリーではないが、運営は召喚者プレイヤーの予想を裏切る事に全力を突っ込んでる気がする。最近は特にその傾向が強い気もする。

 そんな会話をして、そんな事を考えても、油断はしていなかったわけだ。ステータスの暴力で詳しく見える体力バーの青い部分がじりじりと削れ、たぶんその瞬間、残り1割まで減ったのだろう。


 バキン


 今までからすれば控えめともいえる音は、その源がレイドボスの胴体、その中心であるにしては、乾いて軽かった。しかしその瞬間、私はその胴体を押し潰していた全ての壁系魔法を解除した。ごっそりと、特に巨大だった岩のような塊が消える。

 一部はその上に展開されていたらしい壁系魔法が落下したりする中、巨大な重量物という障害物が無くなったレイドボスの背中は良く見えた。先ほどまで重量で押し潰され、断面で言うなら楕円形に潰れていたその胴体が。

 正しくは、


「防御態勢――――っっ!!」


 そこにびっしりと走り、押し潰されていた筈の胴体を内側から押し広げ、一回り大きく見せるほどの圧を感じる、ひび割れが。

 びしり、と、見る間にひび割れが胴体全体を覆い尽くす。胴体を押し潰していた壁系魔法は辛うじて全て消えたようだが、それでも胴体にはまだ十分な瓦礫の装甲が残っていた。

 たん、と後ろに跳んで防壁から落ちる事で、最短距離の退避をする。即座にサーニャに抱えられて、防壁の根元へ着地。


「[シールド]!」


 そこであえて効果範囲を限定せず、防壁へ防御力を上げる魔法をかけた。魔力がごっそり持って行かれて



 ゴッッッ!!! と。

 それこそ横殴りに隕石が降ってきたような衝撃が、襲ってきた。

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