第942話 30枚目:深層決着2

 さてそこからだが、流石ルディルと言うべきか、部分麻酔的な毒は効いたらしく前足が切り落とされた。

 流石にそこまでされるとヘイトがカバーさん達に移ったが、私が即座に残っていた方の翼を切り……砕き落として再びヘイトを集める。そして、前足が無いのであれば噛み付きだけだ、と、正面に移動してタンクのお仕事を再開。


「全く、酔っぱらって頭をぶつけた程度で呼び出すんじゃないわい……」

「おかえりメイン火力、尻尾は取ってあるぞ!」

「もう終わりかけておるじゃと!?」


 そうこうしていると、どうやら急患とやらを秒で対処したらしい「第二候補」が戻って来た。なんか、急患という言葉の割には軽傷っぽい症状が聞こえた気もしたが、それでもこの短時間で対処できたって事は、「第二候補」は医者としては有能なのだろう。

 ……まぁその本人は、「第四候補」の言葉と鍍金の竜の状態に驚愕の声を返して、即座に戦闘に入っていったけど。そうだな。後ろ足も、さっき左側が切り落とされたみたいだからな。

 ちなみに、現在私が相手をしているのは巨大な頭と、左前足だ。再生したんだよな、これが。なお、先に折り落とした右の翼ももう復活している。


「しっかしこれ本当にどうしたら倒せるんだ!?」

「死ぬまで殺すしかないでしょう! ――【フルバースト】!」


 再生しかけの右前足へとソフィーナさんの火力が叩き込まれる。再生され切っていないのはそのおかげだ。いやー、流石にちょっと千日手っぽくなってきてたからな。


「ふむん? どうやら大分弱っておるようじゃな」

「えっマジで? どうやったらいいのかちょっと途方に暮れてたんだけど?」

「最初に比べれば、随分と柔くなっておるわ。まぁこの程度なら――」


 ここでメイン火力が復活してくれるのは大変ありがたい。……の、だが。ぶわっ、と「第二候補」の方で魔力が膨れ上がった。どうやら自己バフを目一杯に乗せたらしい。

 ここでピンと来たので、私の方から「第二候補」へ素早く速度と攻撃力を上げるバフを追加。同時に「築城の小槌」を引き抜き、「月燐石のネックレス・幸」の鎖を持ち手に巻きつけ、魔力を流し込んだ。両手で構えて、噛み付きを回避しつつ、その顎の下へと滑り込む。

 そのタイミングで、キンッ、という小さな音が聞こえた。小さい私の相手をしていた為、鍍金の竜の頭は下がっている。それでもまだ十分な空間がある顎の下で、思い切り「築城の小槌」を振りかぶって、


「――[閃斬]」

「吹っ飛びなさい!!」


 ズバァッ! と、鍍金の竜の首から、大量の血が輪を描くように噴き出した。直後にたっぷり魔力が込められた「築城の小槌」がボス部屋の床を叩き、高い高い塔を出現させる。

 その結果、どうなるかというと。


「ほっほ、綺麗に飛んだのう」

「うーわマジで打ち合わせ無しの即興でやりやがったよこの爺孫コンビ……」

「「誰が誰のジジイじゃ(孫ですか)」」

「そういうとこだよ!」


 ぽーんっ、と、鍍金の竜の首が、飛ぶよね。物理的に。

 あの巨人型ナマモノ相手に使ったのと同じ連携だからな。あの時は私の装備が神器だったから、吹っ飛ばずに燃え尽きたけど。

 もちろん私は即座に「築城の小槌」をベルトに戻して、ちょっとした高波のような血から逃れるついでに距離をとる。流石に首が飛んだって事で、右後ろ足の切断に挑んでいたカバーさんとスピンさんも距離をとったようだ。


「さて、流石に首を落としたのですから、決着がついてほしい所ですが……」

「何、まだ動くようならこのまま胴を輪切りにしてやるわい」

「マジで出来るから言ってるんだよなぁ。しっかし美味そうな断面してやがる」

「あなたも大概だと思うわよ。調理しがいがありそうとは思ったけど」

「ソフィーナも人の事を言えなくなってきましたね」


 高い塔に跳ね上げられて空を舞った首が、床に落ちてゴロゴロと転がる。その首と、首なしとなった胴体を両方視界に入れつつ、とりあえず「第二候補」もこっちへ戻ってきたようだ。流石にカバーさんとスピンさんは距離があるか。

 最終的に転がっていった首は、丁度私達と自分の胴体を視界に入れる位置で止まった。上下も正しい。しかし、頭だけになってもでっかいな。

 多頭の竜は、胴体に神器が、頭に魂があった。今回もそうだとするなら、この場合どっちが本体になるのだろうか。……流石にここまで綺麗に首を落として、通常の竜の形をしている以上、これで討伐成功、となってほしい所だが……。


「――申し訳ない」


 と、警戒している目の前で。切り落とされて転がった首の方から、人間の声が聞こえた。恐らく男だろう。年齢までは分からないが。切り落とされた首の方へ向き直り、撮影を開始する。


「気付いていた。預けられたものが、正真正銘の本物であると。間に合っていた。気付いた事さえ、告げていれば。言葉に出していれば。荒唐無稽に聞こえても、疑うような仲間はいなかった」


 頭が1つだからか、声も1人分だ。多頭の竜に変えられた方と別になっているという事は、何かが違うと思っていたのだが……。


「言ってさえいれば。気付いた事を。告げてさえいれば。ただの口実ではなく、責任が伴っていると。信頼であると。絶対に、間に合わせなければならないのだと。たった一言、言葉にしてさえいれば」


 ……そうか。こういう事か。

 要するに、責任の所在だ。アキュアマーリさん、竜族側は、手続きのミス。あの多頭の竜となった人達は、油断と慢心。そしてこの人は


「――たった1人、自分だけが気付いたという、ほんのちっぽけな優越感に流されたから。大陸についてからの戦いに、予定より日程が遅れているのは分かっていたのに。申し訳ない。告げてさえいれば。たった一言、これは本物だと、言ってさえいれば」


 気付いていて、言わなかった。自分の為の優越感。それだけの為に。


「申し訳ない。旅の途中で、今更に本物だと言えずとも、急いだ方がいいと。たったそれだけでも、言っていれば。申し訳ない。欺いたのは。裏切ったのは。この私だ。申し訳ない――」


 一切の動きなく零されたその声は、最後にもう一度、掠れるように、申し訳ない、と告げて。

 そこでようやく、首を落とされても灯っていた、その目の光が、消えた。

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