第938話 30枚目:深層挑戦2

 どうやらこのダブルブッキング状態が発生した場合に出現するボスは、同じメンバーで再挑戦しても現れないらしい。つまり、狙って挑める相手ではない。

 だからこその全滅率100%であり、あの召喚者プレイヤー達の食いつきだった訳だ。……が。フリアドは『自由』がテーマのゲームであり、その基準は「理が通るかどうか」となる。

 つまり、分かっている事から推察すれば大体の事は推測できる。だからこそイベントごとに、あれだけ必死になって情報を集めて回り、可能な限りの事前準備を整えている訳で。


「あーあーあーあーあー! もう! めちゃくちゃだよ!! だから撤退しようって言っただろ!!」

「おしゃべりしてる暇があるなら詠唱してください! ちぃ姫が落ちたら即全滅ですよ!」

「知ってる! にしても、本当見事に状況が悪化する一方だな!!」


 と言う会話が、私の後ろの方で行われていた。たぶんソフィーナさんを抱えて回避行動を取っているソフィーネさんが走り抜けざまに会話していったんだな。当然というか何と言うか、私にそんな余裕は無い。

 何故なら、ボス部屋で待ち構えていたのは、文字通り見上げるほどに巨大な金色の竜だったからだ。部屋の大きさも通常の倍以上あるので、手の届かないほど高く飛ぶ事は無くても、普通に滑空ぐらいはしてくる。

 形的には縦に長いのだが、どうやら唯一まともに通っているらしい「第二候補」の攻撃が当たった所を見ると、どうやら金は金でも鍍金らしい。それでも魔法も物理もほとんど通らず、自分にフルバフをかけた上で【調律領域】を展開、ボスから全リソースを吸収している状態の私でどうにか辛うじて受けられる、という攻撃力をしている。


「大丈夫か「第三候補」ー!?」

「生きてます!」

「よし大丈夫じゃないな! 「第二候補」!?」

「翼も尾も斬れんのう」

「元気だな! 美女2人はどうだー!?」

「浮気者って怒られても知りませんよ! あと5分でフルチャージだそうです!」


 ちなみに【調律領域】を展開して、供給能力の方も既に開放している。展開範囲も最大にしているので、「第四候補」の確認には無かったがスピンさんとカバーさんも含めて、生存者は全員無限回復状態になっている筈だ。

 え、一緒に突入する事になった召喚者プレイヤー達?


「あははは秒殺されるだけならまだしも食われて取り込まれてブースターになってるとか本当に難易度を上げるだけでしたね! ただのお荷物の方が何倍もマシだとは思いませんでした本当に!」

「気持ちは分かりますが意識はあるようですからほどほどにした方が良いですよスピンさん。声に反応してこちらに視線とヘイトが向いていますのでちぃ姫さんの邪魔になります」


 という攻撃が通りそうな場所を探して周囲を駆けまわっているカバーさんとスピンさんの会話が全てだ。胴体にある鍍金の鱗の一部に顔が浮かび上がっている。しかし2人共、あれだけの早口で喋ってよく舌噛まないな。

 いやー、初手の噛み付き攻撃を数人が避け損ねたら、そこからステータスが跳ね上がるとは思わなかったよね。私もある程度庇いはしたのだが、それでもあっという間にあちらの召喚者プレイヤーは全滅してしまった。

 強さと人数があったとはいえ強化の入り方が尋常ではないので、加算されるのはステータスではなくレベルだったのかもしれない。うーん、どうしようか、これ。


「うーむ、困ったのう。「第三候補」が回復力を奪っておるというのに、一向に削れた気がせんぞい」

「まー鍍金でも竜って事だろ。俺のデバフは1つも通らないから耐性も相当だし。そういやデバフっつったら、その剣の毒は?」

「同じくこちらの状態異常も通った気配がありませんね。とはいえ制限がある以上、切り札は一気に叩き込みたいところですが」

「どうせ食われるんなら感染毒でも飲んでおいてもらうんでした!」

「過激だなー! 出来たらやってたけど!」


 カバーさんの切り札とは何かというと、あの「複頭竜の剣」の事だ。あれは毒もしくは薬を登録し、任意で切り替えて流し込むことが可能だ。どうやら複数同時に毒を流し込む事も出来るらしく、剣自体はちゃんと狙えば刺さるらしい。

 のだが、毒か薬を登録する、というのは、充填する、という意味だったらしく、現物が必要だ。そして登録した量を使い切れば再びの登録が必要であり、その作業は戦闘中にはちょっと出来ないらしい。

 無限に使えるのは元々剣についていたあの2つの毒だが、あれはあれで、使えばその分だけ耐久度を消費するとの事。こちらも、私が手一杯である以上、戦闘中の回復は厳しい。


「今からでも撤退出来るんならしたいとこだけど、無理っぽいしなー。逆に応援を呼ぶとか出来ない?」

「今のところは無理のようですね。今回は特例が発生しましたが、本来このダンジョンはインスタンスな空間です。それに、外部との連絡手段もありません」

「じゃあ無理かー!」

「それでもやれるだけはやるしかないじゃない! ちぃ姫、いくわよ!」

「どうぞ!」


 ソフィーナさんの言葉を聞いて、ガバリと開かれてこちらへ迫っていた大きな口へ、その下顎を縫い留めるような方向で剣を突き刺し、即座に横方向へ地面を蹴って射線を開ける。そこへ、山の1つぐらいなら更地に出来そうな威力の魔法が叩き込まれた。

 流石に口の中は多少防御力が低いのか、爆発音と衝撃波に紛れて多少は苦しそうな声が聞こえた。

 それでもその前足が動いて薙ぎ払おうとするのを、【徒手空拳】のアビリティで叩き落とし、インベントリから取り出した次の剣で鱗を剥ぎ取るように抉る。それでもダメージらしいダメージが入ったようには見えないが、少しでも削っていかないと永遠に終わらない。


「「第四候補」! 剥がした鱗で使い魔は作れませんか!?」

「いや出来たらやってる! 素材のレベルが高すぎて無理!」

「ほ。なるほど、非常に上等な素材ではある訳じゃな?」

「「第二候補」はダメージを通す事を優先してください!」

「鱗を剥がせば多少は他も通りが良くなるかもしれんじゃろ」

「いえ。竜族の耐性は鱗もそうですが、本当に強力なのはその下の皮ですので、切り裂く事を優先して頂けると」

「そうじゃったのか。なら仕方ないのう」


 魔法が収まった途端に動き出そうとした鍍金の竜を、文字通り鼻っ面を蹴り飛ばしてこちらを向かせる。ほら、よそ見すんな。下の歯茎に何本も剣が刺さっていい加減鬱陶しい筈だろうが。骨にはまだ負けても、その舌を口の中に縫い付ける位はたぶん出来るぞ?

 視線が向いているのを確認した上でこれ見よがしにくるりと剣を回せば、その挑発に乗って鍍金の竜は私に爪を振るってきた。直撃は避けて、勢いと方向を合わせて前足の一部を抉るようにして削る。まぁすぐ元通りになるんだが、少しでも削れている。と、思いたい。

 現在の私では、このレベルになると流石に正面から受け止めるのは無理だ。だからいなして逸らして、衝撃波と掠り当たりを自己回復で耐える形となる。なお、掠り当たりでも私以外だと消し飛ぶだけの威力があるので、他の選択肢はない。


「しかしこの場で使い魔を作るか。……オッケー! ちょい時間くれ!」


 だから後は全員で火力役をしてくれている筈(一部補助)なのだが、何か思いついたのか、「第四候補」がそう言って、大きな部屋の一番遠い隅に移動していったようだ。

 その動きを「第二候補」も見たらしく、その反対側からの攻撃が増える。それはありがたいのだが、ヘイトを持って行かれると、攻撃力は高くても防御力はそれなりな「第二候補」がやられてしまうので、私もその後を追いかけた。

 そのまま、やや私が壁際に追いつめられる形で出来るだけ鍍金の竜の姿勢を固定する。うん、注意を引き剥がすのは良いが、逃げ場が減るのはやっぱきついな。「第四候補」、早めに頼んだ!

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