第929話 30枚目:当時の話

 大丈夫、限りなく黒に近いグレーが黒になっただけだ。それに北国の大陸の隠し部屋に入って、中の資料を読んだことは既に話して謝っている。その上で既に許して貰っているし、アキュアマーリさんも私が特に驚かなかった事には反応しなかった。

 それに、ここまでならまだ最前線で種族特性を最大活用していた私を呼び戻すほどではない。それこそ内部時間1ヶ月に1回の、集まれるだけの皇族が集まる食事会で話せばいい事だ。つまり、本題はここからだな。


「神器の事も、彼らの子供達があんな姿になっていた事も、ショックだったのだけど、ね……。あれから、もう一度当時の命令書や、全体の動きを確認し直してみたのよ。あの時は本当に、混乱が酷かったから」


 むぎゅぅ、と私を抱き締め、私の頭の上に顎を乗せたままぽつぽつと話してくれた内容によれば、混乱の最中であった為に、自分で出した命令書を探し出すだけでも相当に困難だったようだ。

 日記に書いた当時の時点でも探してはいたのだが、その時は結果を示す報告書から、神器の現状を確定させるので精一杯だったらしい。だからその時点では、「神器の運搬を任せたら、行方不明になった」事しか分からなかった、との事。

 それでも何とか自分の出した命令書と、依頼書と、それに対応する報告書を探し出して突き合せてみたところ、なんと、神器が竜人族……の、人達の祖先である人達の手に渡ったのは、混乱による書類の誤読と取り違えが原因だったらしい。


「……あの、お姉様。取り違えはともかく、誤読とは……?」

「……流石に、神器だもの。盗まれないように、見た目をとてもよく似せた偽物ぐらいは作っているわ。あの時は私も忙しくて、記憶がこんがらがっていたけど……命令書を出したのは、その、偽物の方だった筈なのよ」

「囮だったんですか……」

「そっ、それ――も、まぁ、なくは、ないのだけどね? その、本命は彼らの避難だったのよ。ほら、皇女から直接の依頼があったら移動の便宜とかが、ね?」


 が。その書類の一部が、あの混乱で取り違えられたり、偽物を本物と誤読した誰かが居たことで、神器(本物)が外部の、恐らくは最初の大陸に避難する組に割り振られた誰かの手に渡った、と。

 ……うーんこれは、風向きが変わって来たぞ? ちょっとこれ、一方的にその「誰か」達が悪い訳じゃないな……?


「それで、その当時はその、どこもかしこも大混乱だったから……。私達も、自分達の移動で、ほとんど手いっぱいだったし……」

「まぁ本質的に悪いのはモンスターの群れであり、異世界からの侵略者ではありますけど」


 なので、その後の誰か達の後追い調査なんて不可能。移動後も混乱は収まるどころか増すばかりで、ある意味書類で忙殺されている所を、そのまま封印されたらしい。

 だから、アキュアマーリさん、というか、古代竜族の人達は、神器が「本当に」紛失している事を、今ようやく確定情報として知ったらしい。


「では、あの部屋にあった目録の内容は?」

「その当時の情報をそのまま載せるしかなかったの……。まさか、1万年も封印されるなんて思っていなかったのだもの……」

「言い方は悪いですが、何故そんな紛らわしい依頼を出したんですか?」

「……だって、何度言っても最後まで一緒に戦うと言って、あの場を離れようとしなかったのだもの……」

「……あの、お姉様。はっきり言うとあれなのですが……それ、彼らは悪くないのでは?」

「…………日記の最後を消し損ねたのは、本当にただのミスなのよ」


 マジでか。あの子孫の人達完全にとばっちりじゃないか。というか、ティフォン様とエキドナ様も判定が雑くないか。……いや、うん。その辺はやっぱ神様だなとしか言えんけど。

 ある意味驚愕の真実に、顔を引き攣らせていると、アキュアマーリさんが私の頭に額を押し付けてきた。そのままぐりぐりと頭を振っている。あぁうん、これは、本人的にもだいぶ痛恨と見た。


「……でも、まだ、赦せないのよ」

「はい?」

「あの人達を、ね……。赦せないの」

「えっ、何故。ほぼ冤罪なのでは」

「分かっているのだけど……! 現実として、神器が行方不明のままなのよ……! 最低限、加護と祝福を賜る神器だけは見つけないと、赦せないの……!」


 …………なるほど、理解した。

 理解したが……これ、神器の現状次第で、詰んでないか?

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