第885話 27枚目:タイムリミット

 皇女教育を受けると言う都合上、私の護衛としてついてくれているのはニーアさんである事が多い。だがエルルやサーニャと一緒に行動する時間が無いと言う訳ではなく、私がヘルトルートさんのエルル語りを聞きたいのもあって、隙間時間を作ってはちょいちょいシュヴァルツ家にお邪魔していた。

 大体の場合はエルル本人に阻止されるのだが、ともかく。そうやって何度か顔を合わせている内に、私はとある予感を覚えていた訳だ。たぶんだが、本来なら私が口を出す権利はない事で、そっとしておくのが一番なんだろうが……。


「……エルル」

「何だ、お嬢」


 ゲーム内時間は夕方。例によって馬車(?)でお城まで帰る途中、エルルが送迎してくれるって事でニーアさんはお城で待ってくれている為、一応2人きりだ。御者さんとかはいるけども。

 私はとても人気なので、移動中は基本的に窓を締め切っている。だからざわめきは聞こえてくるけど、表立ってこっちに声を掛けてくる人はいない。まぁ街歩きも出来ないって事なんだけど。

 公認の皇女になった事による行動制限は、まぁ権力及びステータスの暴力と引き換えなので仕方ないとして。


「ヘルトルートさんなんですけど。……もしかして、食糧事情が改善されてもなお、ほとんど何も食べていないのでは?」

「……」


 エルルが目を逸らした。って事は、当たりなんだな。

 おかしいと思ったんだよ。恐らく現時点での現代竜族最強の人が、乗り物を使っても家から移動できないほど弱ってるとか。人間なら年のせいかも知れないけど、竜族の場合はそうじゃないからな。

 逆に、長い間ほぼ絶食状態なら納得しかない。そりゃ弱るわ。加護も祝福もあって幼少期は不自由なく暮らしてたんなら【大食】のレベルも上がってるだろうし、その上で食べないってどんだけキツい事か。


「理由についても当たりは付きますが、一応。エルルは何か聞いていますか?」

「…………聞いてはいない」


 つまり当たりは付いてるって事だな。繰り返すが、これは恐らく、私が口を挟んでいい問題ではない。本人と家族が納得しているなら、そっとしておくのが一番、というものだ。

 それでも口を挟もうとするのは、単に、私が納得いかないからだ。



「――家族と再会できる可能性が高くなってきたというのに、まだ自ら残り少ない寿命を縮めているのですか、あの人は」



 ……ヘルトルートさんは、『万年竜』の称号を得ている。だから見た目通り、竜族としては相当に高齢だ。それも長い戦時下にあると言っていい状態で、ここまで生きられたのは奇跡に近い。

 だから分かった。ヘルトルートさんは……封じられた竜都の解放まで、もたない。恐らく本来のシナリオでは、家族との再会は出来ていない。家族の方にとっても、だ。

 私がエルルを引っ張り出すという特大のイレギュラーを起こしたから、その本来は有り得なかった可能性が、一部とはいえ叶っている。だが……私は、納得が行かない。


「竜族の歴史を学ぶ際に、ヘルトルートさんの戦歴を見ました。この防衛戦争が今の今まで継続できたのは、実質あの人の功績です。家族と唐突に引き離されて、それでも最前線に立って戦い続けていました。その家族が生きている可能性が実質ゼロになっても、なお」


 大分感情的な事を言っている。分かっている。エルルの方が辛い事も。そもそも、弟が自分よりはるかに高齢になってるって時点でダメージは大きいだろうに。


「守る事を諦めなかった。だから竜族は戦い続けてこれたんです。終わりの見えない戦いも、いつか光明が差すと信じてこれた。未来への希望を信じて、誰よりも前に立ち続けた人がいたから」


 エルルは黙っている。私が間違っているか、同意できる部分が無ければすぐに言葉に出してくれている。だから聞いてくれてるって事は、エルルもどっかそう思ってる部分があるって事だ。


「そんな人が、今更、最後の最後で、生きる事を……自身の望みを、諦める? もう少しで叶う所まで来ているのに? それが分かっていて、それでも?」


 外のざわめきが聞こえなくなった。お城に着いたんだろう。だから、話を〆に入る。


「――――冗談じゃありません。少なくとも私は、そんな穏やかな悲劇は、認めない。その理由が、今更だとか迷惑だとか、そんなものなら余計にです」


 ……若干エルルの目が泳いだので、エルル自身にも心当たりがあったようだな。そうだよ。自覚してくれたようで何よりだ。勝手に自己完結して身を引いてんじゃないぞ。自分を自分で迷惑な存在にするのは止めろ。いいな。


「絶対に、ヘルトルートさんは生かします。少なくとも封じられた竜都の復活からその後の騒動が終わるまで、可能なら家族と一緒に居れた筈の時間全てを取り戻させる」

「久々にとんでもない無茶苦茶が来たな……」

「方法は今から調べますが、どうしても見つからなければ「第一候補」に相談して始祖に直接聞けばいいですし」

「おい」

「とりあえず、エルル。ヘルトルートさんに、ご飯を食べさせてください。私の名前なら存分に使っていいので」

「………………努力はする」


 とりあえずカバーさんに相談して、皇女権限でお城の図書室に行って、寿命関係の事を全部調べてからだな。出来るだけ正攻法で行きたいけど、ティフォン様とエキドナ様に願って試練を受けるぐらいはする事になるかも知れない。

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