第855話 25枚目:残り1割

 そしてそのまま攻略を進める事で、4つ足の根元と尻尾の根元、あと、どうやら咆哮を放つのに必要だったらしく、胸の辺りにもう1つあの扉があった。

 もちろん全て攻略(?)して、住民の人もメイドさんに変えられた船精さんも助け出したんだけど、司令部曰く、どうも胴体の中心にもうちょっと空間がある筈、との事らしいんだ。ただし、通路はすべて埋まっている。

 一方のレイドボス「沈め捕える無温の氷晶」の足元にある飛石状の氷だが、こちらはかなり数が減ってきているらしい。4つ足が乗っていて足場になっているもの以外は、ほとんど削り切れているとの事だ。


「火山からの黒煙が増えてますから、あっちの女神様の我慢もそろそろ限界が近いようですしね……」


 なお日曜日午前中の現在、レイドボス「沈め捕える無温の氷晶」の体力バーは、残り1割強となっている。だから、何かあるならそろそろだろうと、召喚者プレイヤーの方も気を引き締めているようだ。

 念の為司令部の指示でレイドボスの内部を探索していた召喚者プレイヤーも全員引き上げ済みだ。私も砦を作るのを止めて、エルルの背中に乗った状態で、レイドボスの上空で待機している。


「進めない内部通路と助けられない最後の救出対象、火山の女神のストレス発散もとい活躍の場と、あと一手、という状況は揃っていますからねぇ……」

『最後のは必要か? というか、わざわざ相手がそこまで考えるか?』

「一応大神も抵抗できる範囲ではしているでしょうし、影響がゼロとは思えませんからね。召喚者わたしたちの加護とかから考えて」

『……なるほど?』


 実際はゲームのシナリオだから及び「お約束」だからなんだろうけど。

 しかし本体と思われるデカい狼部分がほとんど無傷なのに体力が1割ぐらいって事は、やっぱり足元の飛石状の氷の塊が体力に換算されてるんだな。……もしくは「お嬢様のギャラリー」に居た人を含めた「捕まった住民」が体力として扱われているのかもしれないが。

 その場合、本体である筈の狼部分はどうなるんだ? ……火山の女神の鬱憤を晴らす為の的か?


「……普通にあり得るから困る」

『お嬢?』

「いえ、何でも」


 そんな事を考えながら様子を見ている間に、グルルルとめっちゃ威嚇をするだけの巨大な氷で出来た狼の足元から、十分に削られた氷の塊が持ち去られた。これで残っているのは、狼が4つ足を乗せている分だけだ。

 同時に削れる青い体力バー。長さを測っている訳ではないが、恐らく、残りは丁度1割になったのだろう。これ以上は、このままでは削りようがない。打つ手なし、という奴だが――。

 と、思っている間に、狼の姿を取るレイドボスが動いた。4つ足を踏ん張る姿勢はそのまま、ぐりん、とその頭を真上に向けて、


――――ォォオオオオオォオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオ!!!


 文字通り、その音量で周囲を押し潰すかのような、しかし生物の放つそれとは異なる、特大の咆哮を上げた。


『うおっ!? なん、いや……止まらないだと!? 待て、確か潰した筈だぞ!』

「潰したのは咆哮の形をとる空気砲を撃つ仕掛けです! そもそも真っ当な生き物ではありませんからね! 恐らく、あの「何かある」と思われていた部分にタネがあるんでしょう!」

『っ、そういう事か……!!』


 もちろんエルルは咆哮が直撃する位置を避けてはいたが、そもそもこれはこの、北国の大陸東側海上全域を塗り潰すだけの範囲がある広域攻撃だ。しかも止まる様子が無い事から、止めないと止まらないのだろう。

 そしてその咆哮によって、完全に雪雲を放逐していた筈の空が急速に曇りだした。それに加えてレイドボスの周囲にある海水が凍り、塊となり、モンスターが湧いて群れの乗った流氷へと変わる。

 エルルに掴まったまま「月燐石のネックレス・祝」の鎖を、念入りに「築城の小槌」の柄に巻いていく。そのまま「竜鉄塊」へのリソース投入を止めて、しっかりと右手で握りしめた。


「とりあえず、エルル!」

『だがなお嬢……!』

「そうですが違います。周りを見てください。空に待機していたのは、私達だけでは無い筈でしょう!」

『!』


 そのまま、意識して加減しながら魔力を流し込んでいく。ある程度は「月燐石のネックレス・祝」が調節してくれる筈だが、今回はその上限か、ちょっと上限を超える魔力を投入しなければならない。

 時間を掛ければ大量の魔力が込められるのは分かっている。だが、エルルも気づいて見回した通り、咆哮が放たれ始めてからも飛び続けているのは、「私達だけ」なんだよ。

 理由? そんなの、考えるまでも無いだろう。


『っ、だがな……っ!』

「分かってますよ! ですが、エルルまで・・・・・もが・・飛べなくなったら・・・・・・・・詰みです!」


 レイドボス「沈め捕える無温の氷晶」は、重力を増す能力を……「相手を沈める」能力を持っているのだから。

 だからこそ、レイドボスの「上」を取れる時間は限られている。そして、この重量増加のデバフを撒き散らす咆哮を止めるには、「上」から突入するしかない。

 その上で、内部を探索する間も、恐らくはデバフの発信源に近付くという事で重量の増し方は加速していくだろう。そう。下手に手をこまねいて時間を浪費すれば、ステータスの暴力であるエルルや私でさえ自重を支えきれなくなるかもしれない程に。


『――――あぁくそっ!! 普通はこんな広域攻撃が発動したら、真っ先に避難させてる所なんだぞ!?』

「知ってます! ただ今回、私達以外にこれを止められる人材が居ませんからね!」

『その通りだよ!!』


 無事にエルルも説得できたので、司令部、というかカバーさんに簡単に、レイドボスの内部へ突入するという内容のメールを送る。そして、この短時間で可能な限りの魔力を注ぎこんだ「築城の小槌」を構えた。

 狙うは胴体の真ん中、司令部が疑問を覚えていた、妙な空白部分だ。たぶん、あそこにこの咆哮を放つための仕掛けがあるのだろう。そしてそれは、咆哮を放っている間しか外部から侵入できない、というのが「お約束」だ。

 咆哮が始まった辺りで火山が噴火し始めたから、火山の女神もこらえきれなくなったらしい。……それもあるんだよな。下手に外に居たら、火山弾攻撃の巻き添えを食らうっていう。


「大丈夫です、地図はありますし恐らく大規模な攻撃も通るようになっています! 最短経路をこじ開ければ半時間もかかりません!」

『そういう事じゃない!』


 ……まぁ冷静に考えれば、私を避難させた後で離れた場所でデバフを解除。改めてエルルとサーニャだけで突入、とかも出来なくは無いんだけど。

 まぁでもそれをされて一番困るのは私なので、黙ったまま着地の衝撃に備え、最短経路をこじ開ける為に、「築城の小槌」を構えたのだった。

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