第853話 25枚目:正体と疑念

 船精とは。



 渡鯨族や人魚族を始め海に関わる種族、及び船乗りや漁師と言った海に関わる者の間で語り継がれ、口伝と言う形で世界各地に伝わっている民話に近い存在である。

 ただしその出現条件や姿形などは地域や伝わっている話によって大きく変わるか、判然としないことがほとんど。なので海との関わりが薄い種族には馴染みが薄く、細々と伝えられる内に留まっていた。

 またその話の内容も訓話に近いものが多く、民話という形で危険を伝える為に作られた実在しないキャラクターとして認識されていることが多い。目撃情報が極端に少なく、その話を広げる者もいないというのも理由の1つだろう。



 なのだが。話を知る者は「船精は海から遠いものには姿を見せない」と口を揃え、その存在を疑う声が驚くほど少ない。彼らにとって船精とは幻の類ではなく、良き隣人だ。

 そして実際に、日ごろから海の近くに住み、海と共に暮らしている彼らにとって、船精という存在は身近なものだった。もちろん大変珍しい相手ではあるが、どちらかというと海の恵み、その一部である。

 何故なら、伝えられる話を知り、実際に船精と接した者でさえ、どういう存在かは分かっても、どうしてそこにいるかは分からない、そんな曖昧な存在だったからだ。


「……で、あのメイドさんも、次に見つかったあの扉の向こうで同じように現れたこのメイドさんも、謎の力でその姿とあり方を変えられた船精だった、と?」

「そういう事のようですね。海神様では力が足りず、ワイアウ様に海辺にある神殿までお越しいただく事になりましたが、それだけのかいはあったようです」


 ちなみに今度の扉の向こうでも「お嬢様のギャラリーの作品」とやらの説明を聞いてきたよ。内容は例によってあれだったので割愛。さっさと「何らかの残骸」になったメイドさん共々回収してきたし、床下の関節に相当する何かは壊してきた。

 しかし船精、うーん。こう、大事にしていた船に宿っていたとか、嵐を乗り越えて生還したらなんか居たとか、確かに曖昧な存在みたいだな。メイドさんの姿から本来の姿に戻った(と聞いた)船精さんの姿を私は見ていないんだけど。

 ……まぁ大事にされた何かに魂が宿るっていうのはよくある話だし、それにこう、名前の感じが、あれだ。


「何と言うか……属性精の進化先の1つか、何かの条件で変異した感じの存在なのでは?」

「流石に条件が条件ですから、検証が難しいですね」


 っていう、感じなのでは? と、思わなくもない。まぁカバーさんの言う通り、確認するのが物凄く難しいというか実質出来ないから、推測のままだ。

 とは言え渡鯨族の人達や人魚族の人達が大歓迎な感じで喜んでいるので、あのメイドさんは私が向かって回収してくることになった。今回ので前足が両方封じられたから、最低あと3人だな。

 しかし船か。船な。北国の大陸に居た渡鯨族の人達は復活して以降、最初の大陸の渡鯨族の人達に協力を仰いで、大陸を渡る船を作っている最中の筈だ。そしてそれは順調で、とりあえずあの流氷山脈さえ無くなれば、次の大陸への航路は開ける予定になっているらしい。


「と、いうタイミングで、この船精の話ですよ」


 うん。この2周年となる8月イベントで、次の大陸への航路が開けるのは間違いない。少なくともあの流氷山脈は無くなる。そしてどうやら次の大陸は南東方向にあるらしく、渡鯨族の街が他にあると言う訳でもないらしい。

 なおかつ、渡鯨族の人達は街という単位で封印をされていたので、当時の知識がそのままだ。つまり、航路情報を確認する必要が無い。もちろん最低限の現地調査ぐらいは必要だろうが、それでも最初の大陸と比べればスムーズにその準備は進むだろう。

 だから、あの流氷山脈さえ無くなってしまえば、次の大陸への航路は開けるし、今の所、召喚者プレイヤーの大半……少なくともトッププレイヤーと呼ばれる一団ぐらいは、そのまま次の大陸へ向かえる筈なのだ。


「……何で、そこで、ある種「船の強化」になるような要素が、必ず発見される形で用意されているんでしょうね……?」


 もちろん、私の考えすぎ、という事もある。

 あるが。



 ……やっぱりこれ、この大陸に起こった元凶の大元――「拉ぐ」とやらは。

 ここでは、仕留められないんじゃないのか?

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