第707話 22枚目:予想外

 なおずぼっと取り出したと言っても、ちゃんと両手で支えているので子猫の負担にはなっていない。その辺の配慮は流石可愛いもの好きだ。

 というか、本当に子猫だな。目が開いたばかりってとこだろうか。あれって生後どのくらいだっけ? かなり早かった筈なんだけど。

 ひにゃー、という再びの鳴き声で、スピンさんは掲げていた子猫をそっと下ろした。そのまま、子猫と同じく胸元からタオルを取り出して、それに子猫をくるみ直す。


「子猫は体温調節が出来ませんからね! このようにした上で服の中に入れる事で、体温を維持するとともに守りやすくしたわけです! ……不意打ちが背後からの心臓狙いだったので守り切れてませんけど……!」

「あぁなるほど。……呼吸は大丈夫ですか? 子猫の」

「包み方が気に入らなければ大暴れしますから、多分大丈夫かと!」


 それは大丈夫って言うんだろうか。というか、自己主張が激しい子猫だな。

 しかしそうかー。猫がいたのか、この島。精霊獣といい現地竜族と言い、可愛い好き(あるいはモフモフ好き)が嬉しい島だな。


「今回のステージは厳しいかも知れませんが、次のステージでは探さなければ……」

「本音が漏れてるっすよ先輩。まぁ確かに次は探しますけど」

「今までもだいぶ探しましたし、その上で初めてなので、南の方に住んでいるか、大分珍しいかのどちらかだとは思うんですが!」


 大人しくタオルにくるまっている子猫を見ながらの会話だ。楽しくなってきた。猫なら素直に可愛いされてくれるかもしれないんだから、そりゃ探すさ!

 と、ここで何か違和感。子猫では無くむしろ後ろ側に。何事? と振り返ってみると、何故か微妙な顔をしたエルルとサーニャがこちら、というか、子猫を見ている。


「どうしました、2人とも」

「えーっと、うーん。まぁ、何と言うか……」


 声をかけると、サーニャはちょっと目を逸らしつつ言葉を濁した。どういう事? とエルルに視線を移すと、エルルはもう一度子猫を見て、


「……そいつ、召喚者じゃないのか? 気配がお嬢たちに近いんだが」


 …………ん?


「な、なんですってー!? しかし見た目からして猫の種族は今まで確認されてませんよ!? 確かにテイムクランが網羅した動物系種族のまとめにも載ってないなとは思いましたけど!」

「と言うか、普通の状態でそんな小さいのが森の中に居る訳ないだろ。最低でも親が近くにいる筈じゃないのか」

「それに、ねこって確か一度に一気に生まれるんだよね? 兄弟とか見なかったの?」

「…………周りに、それらしい姿はありませんでした……!」

「じゃあやっぱり召喚者だろ」

「それなら召喚者なんじゃないかな」

「不覚っっ!!」


 そっと子猫がくるまったタオルを少し離れた床に下ろしてから、改めてべしゃぁっ! と勢いよく床に崩れ落ちたスピンさん。あー、うん。まぁ……気持ちは分かる。野生の子猫だと思ったら召喚者プレイヤー。つまり、中の人がいる。

 ……確かにな? 意外と四足歩行って慣れるまでは動けないしな? 多分あの様子だと、うまく見たり聞いたりも出来てないだろうから、ぱっと見は動きや反応込みで子猫っぽくなるんだろうなぁ。

 そっかぁ。召喚者プレイヤーだったかぁ……。


「……とりあえず、確証をとっておきましょうか」

「え、どうするんすか?」

「制限が及んでいるのは一部なので、実際の機能は別として、フレンド登録だけは通る筈です。召喚者プレイヤーなら」

「あ、確かにそうっすね」


 いやまぁ、勝手に期待したこっちが一方的に悪いんだけどさ。そうか、この島に野生の猫が居る訳じゃ無いのか……。

 それはちょっと……それなりに……結構……残念ではあるけど、それはそれとして新規魔物種族召喚者プレイヤーだ。フライリーさんの更に後輩だ。公式マスコットであり特級戦力である以上、直接面倒は見れないかも知れないけど、お手伝いぐらいはしてもいいよな?

 そして無事にフレンド登録が通ったので、フレンドリストを確認。……いつの間にソート機能なんてついてたのか。とりあえず、フレンド登録順に並べ替えの降順で、一番上はっと。


「マリーさんっすね! よろしくっす!」


 私の頭の上から、私のフレンドリストを覗き込んだらしいフライリーさんが元気よく声をかける。それに、ひにゃー、と声が返って来たので、一応声は聞こえているようだ。

 マリー。マリーか。まぁフリアドでは、IDかぶりは許されなくても、キャラ名被りは普通に有り得るからな。うん。可愛くていいんじゃないか?


「……」


 もう一回子猫、の姿をしている新人召喚者プレイヤーを見る。真っ白い、耳の中までふわっふわの長毛、耳の先はやや丸め、手足は子猫と言う事を差し引いても短い。目の色は澄んだ緑色。

 美人さんなんだよな。猫として。ひにゃー、と鳴く声も可愛いんだが、えっと、ちょっと待てよ?

 …………何で、こう、どことなく「見覚えがある」のか。こんな毛先まで手入れが行き届いたような美猫を見かけるようなチャンス、そうそうない筈なんだ、けど……。


「…………血紅薔薇園ブラッディローズ・ガーデンのマリー?」

「へ?」


 何処で見たのかを思い出した、その時点で、それはもう強く印象に残っている名前が口から転がり出ていた。いや、待って。ちょっと待って、はははまさかそんな偶然ある訳が無いだろ、いつかのサーニャじゃないけど流石にそんな偶然あってたまるかって言うかその場合ちょっと受け止め切れない事実が複数判明するんだけど


「……あの、先輩。何かマリーさん、めっちゃアピールしてますけど?」

「…………久々にちょっとなかなか受け止め切れないのが来ましたね」

「え? お知り合いっす?」


 ……分かってるよ。その名前を出した途端、ここで体力を使い切る気かという勢いで、めっちゃ鳴きまくりだしたのは。同族補正は無いし、恐らく【魔物言語】も育ってないから、何言ってんのかさっぱり分からない。

 分からないが……内容には、大体の見当がつくんだよなぁ、これが……。


「…………友人です」

「?」

「フライリーさんと……エルルと、ルチルには、ちょっとだけ、話を出したことがあります……」

「えーっと、その3人で、先輩のお友達っていうと……」

「あっ、もしかしてー、港町でー、なんか変な声をかけられたときですかー?」

「……あぁ、あれか。結局どうなったんだろうな、あの時の……悪態?」

「あぁ! あの時っすね!」


 そう。悪口()への対処について、きっぱりとした態度をとる事になった、その原因だ。

 ちなみに何故私が見覚えがあるかって言うとだな。……彼女のブログに、かなりの頻度で登場していた飼い猫に、本当にそっくりだからだよ。

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