第684話 22枚目:審議開始

「おやこれは、『フリアドジャーナル』の方々ではないですか。どうされました?」

「「「げぇっ!?」」」


 パストダウンさんに出番をお願いされて、通路の出入り口から見えない位置に移動して音で様子を窺っていると、そんな声が聞こえた。……何そのカエルがつぶれたみたいな声。なお直前の声掛けはカバーさんの声である。

 っていうかこの反応、少なくともカバーさんを相手にはしたことがあるな? で、多分だけどド正面から散々にやり返されたってとこか。私からすれば当然以外に言葉が出ないんだけど、あちらはそうではなかったらしい。

 ……と言うか、一度でもカバーさんと正面からぶつかって負けておいて、その上で私にあの態度で近付いて来てたのか? アホなのか? ……いや、まぁ、そうか。自分を少しでも客観視できる能力があれば、この状態になってないか。


「い、いやこれはその、取材、取材ですよ。えぇ。我々の存在意義です」

召喚者プレイヤーの存在意義は世界を滅びの危機から救う事であって、他の召喚者プレイヤーの情報を集める事では無いと思うのですが」

「せ、戦力の把握は必要ですから! 高い目標があれば奮起する理由になりますし……」

「なるほど。ですが先程から聞こえていた限り、普段の生活や趣味嗜好に関する、戦力とは関係のない質問が多数含まれていたようですが、その辺りはどういう意図なのでしょうか?」

「それは、その、トレーニング等、その戦力を手に入れる為の情報は誰もが求める物ですし、その為には一見無関係に思える情報も必要でして」

「それらは個人が研究し、探索し、編み出す必要がある物では? その程度の違いはあれど、時間と労力を費やして見つける必要があります。ですからそれを教えてくれと言うのであれば、費やした時間と労力に見合うだけの対価は必要だと思うのですが」


 ……うーんこの。やり取りを零れ聞くだけで分かる格の違いよ。

 っていうか、カバーさんはいつも通り穏やかな声で調子なんだけど、何だろうな。分かり辛いんだけど、これ実はかなり怒ってるんじゃないか? 退路を1つ1つ封じて行って、絶対に逃がさないようにじわじわ追い詰めてる感がある。

 ていうか、三人寄らば以下略な言葉にもあるように、頭脳戦だって人数が居る方が有利なんだぞ。普通は。それなのに、多数対1人で既にこれだけ勝ち目が見えないってどうなってるの。


「そ、そもそもちゃんと取材をしていいかという許可を取ってから取材をさせて頂いておりますので!」

「ほう。ではこの質問攻めは、質問を受ける側が許可したものであると?」

「えぇ! その通り!」

「いえ、許可とか一切してませんけど」


 そしてその末に、鬼の首を取ったように得意げに……あるいは活路を見つけたとばかり勢いよく、そんな言葉を言い放つのが聞こえたので、さらっと言い返しながら顔を出した。

 びくぅっ! と肩を揺らすのは、全員が眼鏡までお揃いでコミュケーターさんと同じ格好をした召喚者プレイヤー達。その対面にカバーさんが居て、カバーさんの後ろに……見覚えがあると思ったら『ヒーローフラッグ』の人達じゃないか。比較的魔物種族との付き合いが多いクランの召喚者プレイヤー達が居た。

 カバーさんはいつものにこにことした穏やかな笑顔なんだが、気のせいかなー。細めた目が一切笑ってないんだよなー。こっわ。私に向けられてる訳じゃないけどこっわ。


「あぁこれはちぃ姫さん。合流が遅くなりました。――ところで、許可をしていない、という点についてお聞きしても?」

「お気になさらず。まだ朝の時間帯ですから、遅くなんてないですよ。で、質問に対する許可ですか? 言葉の通りです。質問をどうぞとも、答えますとも言っていません。そもそも取材を受けるとも明言していませんし、撮影に関しては明確に「ノー」を返しています」

「ありがとうございます。……おやおや、そうなると、無許可であのような質問攻めをしていたという事になりますね? どういうことか、お聞きしても宜しいでしょうか……?」


 なお最後の問いかけは『フリアドジャーナル』の召喚者プレイヤーに対してだ。怖いわー。普段穏やかな人は怒らせたらダメっていうのは真理だな。

 ちなみにこの状態から、一番「彼らの」ダメージが低くなるのは、恥も外聞も無くこの場から逃げ出す事なのだが(何せ評判は既に地に落ちているから)……あわあわと固まっている彼らは、仲間内で相談している。

 残念ながら私はステータスの暴力なので、ただの小声なら全部聞こえるんだよな。そこに出てくる提案が反論一色なので、どうやらその選択肢は選ばないようだ。


「――嘘だっ! 我々はちゃんと取材許可を取り、それに対して了承を貰ったからこうやって取材を行っている! それを翻すとは、よほど都合の悪い真実があるからではないかっ!?」


 ……だからって、わざわざ何でそう一番「彼らにとって」最悪な方向にアクセル全開で突っ込んでくるのかは分からないんだが。


「いや、私に嘘を吐くメリットも理由もないでしょうに」

「だから明るみになって困る真実があるからだろうっ!? その装備だって『蜘蛛糸裁縫店』に無理を言って押し通したのではっ!?」

「いえ、普通に頂いた物ですけど。もちろんその後返礼はしましたよ」

「それは癒着というのでは!?」

「もしくは賄賂ではないでしょうか!?」

「『蜘蛛糸裁縫店』の評判がうなぎ上りなのは何か裏工作をしたからでは!?」


 だから、それをして私に何のメリットがあるって言うんだ。というか、アラーネアさんに関してはちゃんと順番待ちの列に並んで、お代を払ってやり取りしたいのに、あっちが是非にって送って来た上にお代を払わせてくれないんだよ。

 好意と善意(と私を飾るというあちらの趣味)だから断れないし、それならとこっちも開き直って勝手にお代というかお礼を送りつけてるだけだよ。邪推されるような関係は一切ないんだけど。

 そして『蜘蛛糸裁縫店』が超がいくつも付く人気店になってるのは、もっと単純に、アラーネアさん達の実力だ。彼女たちがここに至るまで、どれだけ生産スキルのレベルを上げ倒してきてると思うんだ。


「嘘というのは聞き逃せませんが……まぁ一応です。ちぃ姫さん。取材許可を出していないというのは、本当ですか?」

「本当ですよ。実際問題、この1日目の昼に取材を受けているような時間は無いじゃないですか。そもそも嘘をつく必要もメリットも無いのに、どうして嘘という発想が出てくるのかが分かりません」


 まぁその辺、考えようともしないんだろうなぁ……と思っていると、カバーさんからそんな確認が来た。もちろん正直に答える。『フリアドジャーナル』の集団はまだ抗議? の声を上げているが、まぁとりあえず無視だ。

 ……うん? いつの間にか『ヒーローフラッグ』の人達がぐるっと外周を取り囲んでるな? 包囲が完成してるんだが。抗議? に必死になっている『フリアドジャーナル』の召喚者プレイヤー達は気付いてないけど。

 で。事ここに至って、ぱっと見はいつものにこにこ笑顔で、よく見れば目が全く笑っていないカバーさんが、懐から何かを取り出した。おやあれは、手の平サイズだけど、天秤かな?


「双方の主張が正面から食い違っているのです。そしてどちらも引く様子が無いのであれば、これはもう“天秤にして断罪”の神にお伺いを立てるほかありませんね」


 ……そこで音が聞こえる程血の気が引くんなら、もっと早く退いておけば良かったのに。

 そう思う私の前で、その小型の天秤……パストダウンさんが見せてくれたのと同じ“天秤にして断罪”の神の神器が浮かび上がり、『ヒーローフラッグ』の人達が作った円のすぐ内側に、新たに白い光で境界線を描いた。

 まぁつまり、逃げ場が完全になくなったって訳だな。

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