第677話 22枚目:応急対策

 自力ではそんなに素早く移動できない上に、移動するととても目立つ。そして、出来れば知っている人数は最低限の最低限にしたい。そう全員に伝えた時点でカバーさんはその「誰か」に思い当たったようだ。

 私が、必要な事だから仕方ない、と許可を出したところで何故かパストダウンさんに声をかけ、すっごい楽しそうな顔で「こんな事もあろうかと!」と言いながら取り出された袋を持って、一旦会議室を出て行った。


「ところで、あの袋って何だったんです? それなりに大きいようでしたが」

「あの中身はひっそり開発していた布で、本体が透明なだけでは無く包まれたものも生物、無機物を問わず透明になる性質があります。まだあまり大きくは出来ず耐久度も低いのですが、たとえばちぃ姫さんぐらいならすっぽり覆えるかと」

「隠密行動に向いてそうね~」

「むしろ緊急避難する為じゃね?」


 若干パストダウンさんが何処に向かっているのか分からなくなったが、少なくとも今回はばっちり役に立っているのだから置いておこう。問題は無いんだから。

 しばらくして戻って来たカバーさんは、インベントリではなく手に何冊かの本を抱えていた。それを机の上に置いて、自分の頭の横、ぱっと見は何もない空間へと手を伸ばす。

 ばさっ、という音と共にその透明な布が外されると、そこには、1冊の本が浮いていた。黒い装丁に白い枠があるだけの、ちょっとした辞典くらいの大きさがある本だ。そしてその本は、そのまますいっと私の前へと空中を滑って来た。


『ご無事で何よりです、庭主様。対処が遅れまして申し訳ない』

「いえ、素早いフォローをありがとうございます、ルール。私の無事はあなたのお陰です」

『勿体ないお言葉です』


 そしてぱらっとページを開くと、そこに文章を浮かび上がらせて見せた。もう管理できる範囲からは出ている筈だが、普通に喋ったり(?)動いたりは出来る様だ。

 でもこの筆談(?)でどうやって会議するんだろう、と思っていたら、どうやらパストダウンさんが、目の見えない人が本を読むための栞……挟んだページの文章を読み上げる、という効果のある栞を持っていたので、それを使わせてもらう事になった。

 ……本当に、どこへ向かってるんだろう。いや、助かるんだけど。


『それでは、改めてご挨拶申し上げます。特定範囲の物品や環境の整理整頓を含む、管理及び調整を行い、それらを記録、保管する役目を担っている、ルールブックと言います』

「なお現在の特定範囲とは、私の島およびその周辺です。他にも、その範囲の中に居る友好存在のスキルを確認したりできます」

「ナニソレめっちゃ助かるじゃん!? よろしくな!」

「あぁ~、今の今まで「第三候補」が隠してたのがよく分かるわ~。よろしくね~」

『実に素晴らしい管理者であるな。真っ先に狙われる危険が高い故、機密はしっかりせねばならぬが。そこも踏まえて、よろしく頼む』


 と言う訳で、ルールが存在をお披露目&会議に参加した訳だが、やる事としては簡単だ。つまり、ルールの能力が及ぶ「特定範囲」を他の島、可能なら『アウセラー・クローネ』がクランハウスとして使っている範囲全域に広げられるかどうかを確認し、出来れば実行する、という事。

 もちろんルール1人に任せっぱなしだと負担が凄い事になってしまうが、今必要なのは「とりあえず」の対策となる。本格的な対策は、それこそ説得して落ち着いて貰った魔族の人に協力を要請するとかで別にやるという前提だ。

 場合によっては【契約】による繋がりを「第一候補」に譲らなければならないか……一時で済めばいいんだけど……とまで考えていたのだが、


『現時点において、庭主様と皆様は同じ組織と言う繋がりに属している、同権限を所持した方々だと認識しています。そして管理者としての権利を行使するには、現在庭主様からの許可を頂いた範囲という定義がなされています。よって、干渉の範囲と程度の許可を個別に頂ければ問題ないかと』


 うん。うちの子が有能だわ。ちなみに間の海はと言うと、そこは両側の島から許可が出れば管理できるようになるらしい。最高かな?

 と言う訳なので、さくさくと各自で許可を出していく。もちろん、まだ合流していない「第二候補」は除く事になるけど。それはもう、仕方ないな。それにあの島は、まだ訓練場しかないし。

 ……その訓練場が、現在の島の大半を埋めていて、他に建物なんて建てられそうにないって言うのは、実は掲示板越しの本人の希望だったりした。うん。戦闘狂は戦闘狂だったよ。


「まぁ、しばらくはこれでいいとして……本格的な対策としては、とりあえず、魔族の方を引き入れるしかないですかね」

『で、あるな。これからもこちらに出てくるであろうし、そもそもあの種は、この通常空間で開ける想定である可能性が高い』

「まぁ手に入る数考えたらイベント中だとちょっと間に合わないよなー。てことはー、とーぜん魔族とか間に合わなかった一部竜族に動物の類も含むか? が、こっちに出てくる訳だよな?」

「そうね~。ヘルマン君のご家族の事もあるし~、その辺、まだもうちょっと情報が足りないわよね~」


 まぁまだイベント空間に行ったのは2回だからな。流石にそろそろバックストーリーぐらいは分かりそうなものだけど、各召喚者プレイヤーが持って帰った資料を突き合わせる必要があるかも知れない、となると、検証班の解析待ちだろう。

 となると……私は生産作業、の、前に、エルルとサーニャのフォローだな。

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