第377話 16枚目:箱庭の住人

 白い門まではそれなりに距離があった筈だが、その鮮やかな色のフルプレートな誰かはその距離を1秒かからず詰めたらしい。ただ、私の正面からはズレているので、私を狙ったという訳では無いようだ。

 エルルとサーニャが刀と槍を合わせて受けているのは、幅の広いバスタードソードだ。もちろんその刀身も淡い、赤みが強いピンク色に染め上げられている。打ち合っているところを見ると、身長自体はサーニャより拳1つ分ほど低いだろう。

 けど、私は知っている。その力強さも、「彼女」の強さは、その力ではない事も。


「あ、しまったそうか」


 再度の金属が派手に擦れる音と共に距離を開けた3人を見て、私は何故「彼女」がそんな行動に出たのか理解した。思わず素の声が出てしまったが、その声は誰にも届いていなかったらしい。

 何故なら不意を打つ形で、ルシルとソフィーネさんが掛かっていっていたからだ。それもエルルとサーニャの踏み込みに一拍遅れての、本来なら完璧なタイミングで。

 が。……響いたのは、数を増やしただけの、激しい金属音だった。


「……何これ」

「嘘でしょう!?」


 どちらもヒットアンドアウェイスタイルのルシルとソフィーネさんが、瞬間的に退きながらそれぞれに驚きの声を上げる。バスタードソードと打ち合っているエルルとサーニャは返答している場合じゃなさそうだ。

 フルプレート姿の「彼女」は、少なくとも形は人間だ。つまり、手足は2本ずつで頭は1つ、尻尾や羽や角と言った特殊な部位は無い。そして今は両手でバスタードソードを握っているので、手はもう埋まっている。

 けど、ルシルとソフィーネさんの攻撃は、弾かれた。どうしてかっていうと、背中や腰に下げていた無数の武器の内、2つが、空中に浮いていたからだ。だけでなく、完璧な角度で攻撃を受けて、返して見せたという事になる。


「げ」

「うっわこれはちょっと!?」


 そして、それだけではないと見せるように、同じく一度下がったエルルやサーニャの前で、その無数の武器が、全て空中に浮かび上がった。それどころか、フルプレートの肘や手首の隙間からも更に追加の刃物が出てきて、全身凶器と言うのにふさわしい姿に変わる。

 あー……と私は少し考え、格好いいけど見惚れてる場合じゃないと自分に気合を入れ直し、どう攻めた物かとエルル達が困っている隙間に、声を張り上げた。


「――ルセラルージュっ!!」


 ……ゆら、と動きかけていた、無数の刃込みの姿が止まったので、無事認識してもらえたようだ。私が見間違える訳も無いし。


「私です、ルミルです。ルージュ、彼らは敵でもザンシでも無いので刃を収めてください」


 訝し気な視線を向けてくるエルルとサーニャの間を通る形で前に出る。見た目動きは無いけど、説得からしろって事ならあれかな。初めてルージュと会った時の事でも話せばいいか? その場のスクショ見せればいけるかな。

 うん。そうなんだ。あの淡い赤みの強いピンク色――桜色に全身染め上げたフルプレート姿、うちの子なんだよ。うちの「庭」の戦力担当だったから、まぁ強いんだ。知ってた。

 エルルとサーニャから1歩前に出る位置で足を止めて、フェイスガードが下ろされている顔へと真っすぐに目を向ける。考えているのかしばらく動きは無かったが、その内浮いていた武器達がすすすっと鞘に戻り、両手で構えられていたバスタードソードがその手で腰の鞘に戻され、


ガシャァッ!!


 と、金属音をさせて、勢いよく土下座した。


「はははルージュですねぇその早とちり癖。怒ってませんから顔を上げてください。大丈夫ですよ」

「(((ΩДΩ)))」

「喋り方それなんですか?」


 たぶん皆が呆気に取られている中、更に近づいていくが反応は無い。ははは、実家のような安心感だよ。画面の向こうで見てたうちの子だ。間違いない。手を伸ばしてヘルムを撫でてみる。わーつるつる、手触りがいいな。

 しかし顔文字で喋るのか。何て発音してるのかはさっぱり分からないけど何て言っているかは伝わる謎技術。画面の向こうで喋ってるのを見てた時は、これどうなってんだとよく思ったもんだけど、実際聞いてみてもよく分かんないままだな。


「……お嬢、説明」

「あ、はい」


 そしてそこまでやって、再度「(((´;Д;`)))」という声(?)を聞いたところで、どうやら立ち直ったらしいエルルから声が掛けられた。そうだな。両方を知ってるのは私だけだもんな。

 という訳で、土下座の姿勢から動こうとしない桜色のフルプレートの横に立ち、全員に紹介する。


「こちら、私が別世界で縁を繋いだルセラルージュです。他所の世界の事情が絡むので今は大幅に割愛しますが、主に門の外に居る外敵への対処を担当してもらっていました。脳筋な部分があるので今回のような早とちりをちょいちょいしますが、真面目ないい子なので皆さんよろしくお願いします」


 ちなみに正しく言えば物質系の子なので、このフルプレートの中身も武器でびっしりだし、基本的に死角ってものが無い。何せ装備=自分の身体だ。生き物のようにはっきりした部位が無い分だけその辺は融通が利く。

 あと鍛冶系の生産も担当していたから、自分で自分の装備、っていうか身体自体を増やすというか拡張するって事が可能だ。本体? その武器の内のどれか1つだよ。私は知ってるけど内緒。

 外敵への対処を担当=戦力担当というのが伝わったらしく、ルージュが一向に土下座の姿勢から動こうとしないのもあって、どうやらエルル達も敵認定を外してくれたらしい。はー、と息を吐きつつ、武器を収めてくれた。


「まぁ外には危険が多いからな……で、早とちりっていうのは?」

「とりあえず殴ってから判断しよう、ってあたりですね……。他所の世界の事情なのですが、この「庭」と呼ばれる範囲以外は何というか、一部の隙も無く危険地帯だったので。他の「庭」からのお客があっても、半分ぐらいは襲撃でしたし」

「思った以上に危険な世界だったんだが?」


 否定できないんだよなぁ(目逸らし)。

 ともかく、ソフィーナさんもチャージしていた大魔法をキャンセルしてくれたし、カバーさんも何か準備していたのを止めてくれたようだし、そろそろ中に入れるかな。ってかルージュ、そろそろ土下座から起きたら? 大丈夫だって誰も怒ってないから。ルシルはステイ。手合わせはもうちょっと後で。

 と思っている間に、再度、キィ、という軽い音。振り返ると、白い大きな扉がもう一度開いていた。そこから、ひょこっと2つの瓜二つな顔が出てくる。


「やっぱり庭主さんだったんだメェ」

「ルージュがお迎えに行くって張り切ってた時点で嫌な予感はしてたけどメェ」

「……嫌な予感がした時点で止めましょうよ、止めないでしょうけど」

「「メメメメメ~」」


 全くの同タイミングでくすくすと笑うのは、フリアド的に言えば羊獣人だ。もふっとした白い髪の毛に、くるんと巻いた角が耳の上にある、よく見れば瞳孔が横に長い黄色の目の少年と少女。

 その格好は、男女でペアになったお仕着せというのが近い。少年が水色、少女がピンクで飾られた、白ベースでエプロン付きの、メイド服に近いがスカートではなくズボンタイプの服だ。

 ははは全く相変わらずだな。と思いながら、こちらもエルル達へ紹介した。


「で。同じく縁を結んだ双子です。基本的に少年の方がルフィルメーニャ、少女の方がルフェルミーニャです。ただしこの2人、自分達の持っている同個数同価値の物を入れ替えるという特殊能力があって、それでちょいちょい性別ごと入れ替わってからかってきます」

「いきなりネタばらしとは間違いなく庭主さんだメェ!」

「この容赦無い開幕ネタバレは確実に庭主さんだメェ!」

「分かってくれて何よりです。っていうかあなた達こそ初対面の相手に入れ替わってご挨拶してんじゃないですよ」

「「どれだけ入れ替わっても絶対騙されない庭主さんも大概だと思うメェ」」


 そりゃコトニワの時はカーソル合わせれば名前が出たし、今は【鑑定☆】使ったからな。システムは騙せません。

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