第368話 16枚目:努力の蕾

「先に確認しておきますが、フライリーさんも縁故合格は可能ですよ? なめてかかる奴が居るなら私が殴り飛ばします」

「先輩に殴られたらお星さまにならないっすか!?」

「うまく空へ飛ばせればなるかも知れませんね」

「相変わらず吹っ飛んでるっすね先輩……」

「お嬢……」


 なお、可能性としてはそこそこ高い。まぁ同じぐらいその場で、ぱぁん! となる可能性もあるのだが。思い切りバフをかけていたとは言え、ヒラニヤークシャ(魚)ですら文字通りに吹っ飛んだ威力を召喚者プレイヤーに向けたらそうもなるだろう。

 エルルが額を押さえていたので、実際にはもうちょっと抑えるけどね。なに、防壁を越えるだけだ。空経由で。着地? それは自分で何とかしてもらうけど。

 さて冗談半分の確認(半分は本気)だったが、フライリーさんは条件反射的にツッコミを入れた後で切り替えたようだ。心持以前より大きくなった、恐らく更に進化して身長が伸びたお陰で、そのキリッと引き締まった表情もよく見える。


「正直に言わせてもらえば、大分心が揺れました。けど、やっぱりこういうのは、自力で越えてこそっすよ。それに……自力でどうにかしなきゃ、私が私を誇れないんで」


 ピンクでフリフリな可愛い妖精さんなのに覚悟完了済みとか、私の後輩が最強すぎる。今の言葉と覚悟で合格を出しそうになったじゃないか。流石に口には出さないけど。

 エルルの実力はもう知っている筈だし、つまり正攻法ではどうにもならないのは分かっている筈だ。そしてその上で来たって事は、何かしらの策を持って臨んでいるって事だろう。

 なら、これ以上は野暮ってもんだ。大人しく見守ろう。


「分かりました。それでは、全力でどうぞ」

「はい! よろしくお願いするっす!」

「姫さんが気に掛けるだけはあって、妖精族なのにいい覚悟してるなぁ。ボクも真面目にやろうか」

「うっ!? ……い、いや、その、ちょっとは油断してくれても……いいいいや、真面目にお願いするっす!」


 早速動揺しているが大丈夫だろうか。……まぁ、エルル相手に対して勝算があるって事は、油断が無い状態でっていう前提だからな。通じないってことは無い、筈だ。たぶん。

 サーニャはここまでの挑戦者と同じく、槍を軽く振って構えを取り「そっちのタイミングで始めていいよ」と声をかけた。それに対してフライリーさんは、まず空中に浮いたまま深呼吸をしている。

 最後に「よしっ!」と気合を入れると、身長に似合ったサイズの魔法少女ステッキっぽい杖を構えた。そのまま、僅かに高度を落とす。サーニャの視線の高さに合わせていたのを、肩かもう少し下までだ。


「……随分対人戦の経験を積んだみたいだな」

「と、言いますと?」

「普段は自分の視線の高さより上か、腰より下に意識を向ける癖がついてるからな。その間っていうのは一番視界に引っ掛かりにくい高さなんだ。ただでさえ小さくて速いんだから、見失わないようにするのが大変だぞ、あれは」

「なるほど」


 大抵の相手はそのどっちかの高さを見てれば動きが見えるから、普段はあまり意識を向けないという事らしい。反射的に意識を向けようとすると見失うのが、今フライリーさんが合わせた高さのようだ。

 こういうのもプレイヤースキルに入るし、話に聞くだけでは実践するのは難しい。そもそもフライリーさんは、恐らく現在唯一の妖精族召喚者プレイヤーだ。あのサイズに合った戦い方なんて、自分で手探りするしかない。だからエルルの言った通り、自分で経験を積んで体得したのだろう。

 ……まっすぐ飛ぼうとしてその場で高速回転してた妖精さんが、立派になったなぁ……!


「覚悟良し準備良し気合良し! 始めるっすよ!」

「よっし、どっからでも来い!」


 後輩の成長っぷりに感動を覚えた所で、模擬戦がスタートした。初手はもちろんフライリーさんなので……一番得意な戦法、すなわち、高速移動しながらの魔法連打だ。

 うっわ、これ見えても避けれる気がしないんだけど。ルチルの時ほど密度は無く威力も低めとは言え、弾速だけならフライリーさんの方が早いんじゃないだろうか。それが四方+上から絶え間なく飛んでくるとか、既に袋叩きなのでは?

 とはいえサーニャも竜族の職業軍人だ。槍を振るって片っ端から魔法を斬り払っていく。……そしてルチルの時に似たような戦法を見ているからか、一か所に留まり続ける事なく移動してるな。


「フライリーさん、また魔法の速度上がってますねー」

「ルチルが他の誰かの魔法を速いって言うとはねぇ。にしても、横から見てる分には既に袋叩きだけどぉ?」

「いや普通はあれだけ魔法が飛んで来たらそのままぼこぼこにされて終わりだから。何で1人の筈なのに前後から同時に魔法が飛んでくるんだよ」

「……相手が相手。火力が足りてない」


 ちなみに、横から見ている私でもフライリーさんが何処に居るか正確に追う事は出来ていない。だって魔法できらきら光ってる中でピンクの妖精さんは見え辛いし、あんまり集中して追いかけてたら今度は目が回りそうだ。

 パパパタタタタタ! という感じの、数としては十分な魔法の連打。とはいえ、それで押し切るにはちょっと足りないだろう。主に火力が。けど、そんな事はフライリーさんもよく分かっている筈なのだが。


「いよっし慣れて来た、反撃始めるぞ、妖精!」

「慣れるの早くないっすか!? ってうわあぶなっ!」

「大丈夫大丈夫、刃は当てないから!」

「それでも十分潰れたハエみたいになっちゃうんすよねぇー!!」


 とか使徒生まれ組が話している間に、魔法とフライリーさんの速度に慣れたらしいサーニャが、魔法を斬り払うだけではなく、その向こうに居るフライリーさんへと槍を振るい始めていた。

 喋りながらでも魔法の連打は止まっていないフライリーさんもすごいのだが、サーニャの狙いが徐々に鋭くなっている辺り「慣れた」というのは本当なのだろう。私? 身体の性能がいいってすごいね。ギリギリ見えるよ。

 さてこのままならじりじりと狙いが定まっていつか一撃を貰ってしまうだろうが……と思ったところで、立て続けに壁を設置する系の魔法が、一か所に何属性分も発動した。


「おわっ!?」

「思ったより追い詰められるのが早くてビビったっすよもう!」


 なお、壁を設置する系の魔法はその属性によって微妙に効果が異なり、例えば火属性なら攻撃を瞬時に焼き尽くす形で、風属性なら吹き散らすか小間切れにする形となる。つまり大体の壁系魔法は、発動時に設置点に居ると結構バカにならないダメージを食らうのだ。

 ダメージは受けなくても土属性だと瞬時に埋められる形になって動けなくなるし、水属性だと普通に溺れる。ただし属性間の相関がある為、設置型の魔法において複数の属性を至近距離に同時展開するのは本来難しい筈なのだが、恐らくこれも相当練習したのだろう。

 多数の壁を挟んで距離を置いた形のサーニャとフライリーさん。恐らくフライリーさんの方から仕掛けたこの仕切り直しの意味は、恐らく


「……まぁ、ギリとはいえ準備は整ったっすけど」


 用意していた、勝ちを取りに行く秘策の為だ。

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