第343話 16枚目:最後の冊子
廊下でのセルフお茶休憩を挟んで、最後にして目に見える爆弾もとい難関である引継ぎノートに挑戦だ。……ぱっと見た感じ字は綺麗なので、読むのに苦労はしないで済みそうだな。書道的な達筆の方じゃなくて、きっちりしていて標準的な方で。
ページの端に、ここに来る時に通った血を使うギミックの扉と同じドラゴンのマークが入っている。もしかして、皇族の使う物って全部こんな感じで紋章が入ってるのがデフォ? 分かりやすいけど。
背には引継ぎノートとしか書いてないけど、表紙に書いてある「ツウィージェン」ってこれがこの竜都の名前かな。で、著者の名前は、これか。前任者ってそのままだな。
「第260代竜皇、第2皇姉、アキュアマーリ・ロア・ヴェヒタードラグ。……当代竜皇の、2人目の姉、って事か?」
もしかしたら竜族って意外と兄弟が多い場合が多いのか? フィルツェーニク君も自分の事を第14子って言ってたし。割と多産だったりするのか竜族。よく世界のパワーバランスが崩壊しないな。
で、竜皇って必ずしも長男がならなきゃいけないとかいう決まりがある訳でも、無い感じか? そういやティフォン様も言ってたな。王となるには何より、そう在るという……えーと、気合と決心だったかな? 何か違う気がするが、意味的には間違ってない筈だ。
おっと考えが逸れた。名前でもちょっと引っ掛かった事はあるがそれも置いておいて、引継ぎノートを読み進めていこう。
「目次に部屋の中の配置図が書いてあるとは分かりやすい。絵も上手いとかすごいな。……え、待って。もしかして私もこれぐらい多才にならないとダメな感じだったりするのかこれ」
わぁい。今から未来のプレッシャーが大変な事になって来たぞー? ……とりあえず将来の事は将来の自分にお任せするとして。どうせ必要になったらエルルから言われるだろうし。
引継ぎノートは文字と同じく几帳面で丁寧な文章が綴られていた。全体の流れをよくある事例を例として挙げて書き記し、それぞれの手順に必要な資料は何処にあるかが但し書きで書いてある。
資料の読み方や必要となる部分はどこかというのは手順の説明が一通り終わった後に書いてあり、大変分かりやすい内容となっていた。敢えて点数を付けるのであれば、満点ではないだろうか。そのまま手順書としても使えるだろう。
「個人の感想や苦労もちょこちょこ書いてあるけど、どっちかっていうとポイント解説的なものだなこれ。平和で良かった」
身構えたが、想定したよりは爆弾では無くてほっとしたのが本音。資料と同レベルの、重要だけど危急でも共有が必須でも無くて良かった。
「――と、思ったんだけどなぁ……!!」
……なんて訳が無かったんだよな。最後までサプライズたっぷりってか。最後までたっぷりなのはお菓子だけで良いのに。
と、いうのも。このギリギリ携帯できる事典ぐらいな、ノートと言うには分厚いが通常の竜族基準で言うと可愛いサイズの本は、どうやら元は日記だったらしいんだ。
それを、たぶんスキルかなんかで中身を消すか移して白紙にして、引継ぎノートに変えた感じなんだよな。…………最後に、消し損ねたっぽいページがいくらか残ってたから。
「それだけあの世界規模スタンピートでドタバタしてたって事なんだろうけど……個人的な日記を作り替えるって、相当色々足りなかったんだな」
ある意味、当時の「生の声」ではあるから何があったかを推察する資料的にはすごくいいんだろうけどさぁ……。偉い人の手書きってだけでアレなのに、個人の日記だよ? 実質覗き見だよ? ……見ないって選択肢は無いから、覚悟決めるしかないんだけど。
失礼します、と小さく呟いて、一瞬見えたところでぱたんと閉じてしまったページを、改めてめくる。日付はここで得られる情報ではないからか割と不自然に消えているのだが、本文は読みやすい文字のままだ。
――どうやら雪山の女神からの依頼である小人族の南部への移送補助は無事に終えられそう。自身の姉妹と露樹族の保護は自分でするらしく、獣人族は既に避難を完了しているのは確認済み。
火山の女神はまだ抗しているようなので若干不安ではあるけど、あれでも女神であり、その中では情のある方だから、流石に自らの懐に来た者まで焼き滅ぼすことはしないでしょう。
――竜皇からの命令が下った。此処を放棄するように、らしい。……確かに、終わりの見えない戦いが続いて、流石に皆にも疲れが見えているけれど。行く先を見つけられないという事で保護していた種族を、ふさわしい場所に避難させなければ。
――追加命令がきたけど、これは、どういう事なの? もう既にある都市へ移動するのはいい。でも、わざわざ半数ずつに分けるなんて。都市と言うのはこういう非常事態を想定して、人数が倍に増えても受け入れられるようになっている筈なのに。
……余裕が無い、という事かしら。確かにこの規模の戦闘が世界中で起きているなら、限界ギリギリまで受け入れるのは不安を呼ぶから。それを避けた、と?
――引継ぎ資料を作るのを忘れていた。この都市が再び使えるようになるかどうかは分からないけど、あって困る物では無いし作っておかなければ。とはいえ、人手が足りないから自分でやらないといけないのだけど。
――隠し部屋の1つを空けて貰って、そこに資料を詰め込むことに。元の用途はあれだけど、部屋の強度としては十分な筈。念の為、一族の血で鍵をかけておきましょう。
――資料にまとめる為に神器の所在を確認したら、多くが見つからない。なんてこと。竜皇どころか始祖にも顔向けできない。一体いつ、誰が? すぐに調査は指示したけど、この混乱と人手不足でどこまで追えるか……。
――引継ぎ資料を使う為の手順を書き込むのに、良い白紙の本が見つからない。仕方ないからこの日記帳を使う事に。内容は写すけれど。
だからここから先は写さない。ここに書いておしまい。
やっぱり「ナリモノ」なんて信用するんじゃなかった。彼らを信用して任せた神器ばかりが失われて見つからない。いくら近しくなったとは言え根本的に始祖に連なっていない相手は信じてはいけなかった。
……神器がどれほど大切な存在かも知らず軽々に手を出すような奴らなど、その信じて預けた力に呑まれてしまえばいい。獣に堕して狩られてしまえばいい。誇りと驕りをはき違えて排斥されてしまえばいい。
「……うーん」
これは、エルル達には知らせない方がいいかなぁ……。どう考えてもキレるだろうし……。
しかし「ナリモノ」ねぇ。ここは読みしか分からずどういう字が当てられるのか分からないままなんだけど、その後の文章から考えると「竜族ではないけど竜族の力を得た種族」って事になる、よな?
で。その力を得た手段って言うのが、多分、「信じて預けた」って部分だよな? 「獣に堕して」って事は、友好交流可能種族だった筈で。「排斥されてしまえ」って事は、社会活動を普通にしてたって事だよな?
「………………」
うーん。
とりあえずカバーさんに連絡だな。
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