第312話 15枚目:救出作戦

 さてモンスターの群れもろとも雪を溶かして大量の熱湯を作り、それは濁流となって儀式場となっている砦を襲っている訳だが、実はそれがメイン目的ではない。

 何故ならいくら熱湯だと言ってもここは北国であり、極寒の大陸だ。距離が相当あるという事は、流石にその間に温度が下がるって事である。まぁ凍り付きさえしなければ水は雪を解かせるんだけど。

 そして多少ぬるい程度の水では、冷え切った海岸線の氷を解かすには至らない。それはつまり、あの磔になっている鮫こと海の神の救出は出来ないって事だ。


「【環境耐性】は寒いだけではなく暑いにも対応していますからね。この環境で活動している以上取っていない訳も無し、驚きはあってもすぐ落ち着きを取り戻すとは思っていました」


 相変わらず雪崩か何かのように全方位からモンスターはやってくるが、それらは全て熱湯の材料と化している。足元にあった雪は既に私の魔法或いは作り出された熱湯で溶けきってしまったのだが、それでも流れていく熱湯の量はさして変わったように見えない。こちらとしては助かるな。

 話を戻すと、熱湯だったぬるま湯では海岸線の氷を解かすことは出来ない。しかし一応凍り付きもしないので、ガンガン流し込んでいくと、海岸線の氷に沿って雪を溶かしていくこととなる。まぁ逃げ場が無いからね。

 そうすると、海岸線の氷が露わになってその内側に大量の水が溜まる事になる。熱湯をどんどん追加しているから、海岸線は時間経過と共に見やすくなっている事だろう。


「まぁ温度的にはギリギリかも知れませんが……」


 遠目に見る分では、湯気なんてとっくに見えなくなっているからね。温度がマイナスに落ちなきゃいいといっても、環境が環境だし。

 で。海岸線が見やすくなるとどうなるかって話だ。ここでもう一度確認だが、海岸線の氷っていうのは、打ち寄せる波が大陸に積もった雪と、冷え切った大陸に触れる事で凍り付き、段々高さを増していったものだ。

 さてその氷から、雪を溶かして剥がし、内側に水をためて海岸線の砂浜或いは岩場を「温める」と……さぁ、どうなるだろうか?


「おや?」


 ギギギィィ――――、と、何か大きなものが軋むような音が聞こえて来た。実際軋んでいるのだろうが、石のそれよりは高く、木のそれよりは低い、ちょっと独特の音だ。

 その音が響き渡ったタイミングで、私の視界からでも端と端に、白と黒の点が急降下してきた。高高度から勢いをつけて真っすぐに降りるというか落ちて来たそれらの点は、地面にぶつかる寸前、全くの同タイミングで、翻るように動き。



 ――ッッガシャァアアアアアン!!



 恐らく、音だけなら至近距離で鳴った落雷のようだっただろう。こんな遠くに居るのにはっきり聞こえたという事は、あの儀式場となっている砦ではすさまじい音量だった筈だ。

 まぁもちろん、今私が此処に1人でいる事から分かるように、あの白と黒の点はエルルとサーニャである。何をやったかって言えば、それはもちろん急降下からのサマーソルトで、海岸線の氷を割り砕いたのだ。

 そう。つまり、私が大量の熱湯を作って海岸線の氷が張り付く場所を減らして浮かし、囮を兼ねて注目を集める。そして十分氷が緩んだところで、エルルとサーニャがその両端を砕いてしまえば……。


『「第三候補」さん、観測班から連絡がありました。作戦は無事成功、海の神が磔となっている氷の流出を確認したとのことです。このまま外洋で回収します。お疲れ様でした、撤収して下さい』

『撤収了解しました。しかし上手く行って良かった。お疲れ様でした』


 と、言う事だ。

 ……そうだね。儀式場に踏み込む訳にはいかず、儀式場である砦は陸の上で、海の神が居るのは氷の上なら……「氷だけを海に持ち出してしまえばいい」。邪神由来の磔道具の解除が待っているが、それは「第一候補」が何とかするだろう。

 一応ドロップ品の確認をしてみると、ははは。山のように「祖霊のよすが」が手に入ってるな。というか、今もまだ増えている。……海の神を磔から解放するまではこの調子が続くのか?


「…………正直、一か所で終わるとは思っていませんしね」


 まぁそういう事だ。何せ、イベントが進むほどに基礎となるエンカウント率は上昇していくのだから。この大陸の神話において神は割と気軽に化身として姿を現す上に多神教となっている。一度で終わる訳がない。

 そして守護神を増やせば力を増すという事は、こちらへ接触を図ろうとする動きも増えるって事だし。正直、仕掛けない訳がないだろう。後半になればなるほど忙しくなるやつだな。別の意味で。


「良いでしょう。これは戦争ですからね。――全部潰して、1柱残らず神を救出してやりますとも」


 恐らく何処かで暗躍しているだろうゲテモノピエロの姿に啖呵を切り、飛んで戻って来たエルルに手を振り、拾い上げてもらう体勢に入るのだった。

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