第270話 13枚目:雪国の鳥

 変わり映えのしない景色の中を、上空のエルルに合わせて走り続ける事、おおよそ1時間といったところだろうか。当然ながらとっくに氷のかまくらは見えなくなっているし、現在私が出せるほぼ最大のスピードを維持し続けたという事で、かなりの距離を移動したことだろう。

 そしてそれだけの距離を移動して、それでもまだ人工物どころか他の生き物すら見当たらない。この辺りにもモンスターは居るという話なのだが、動くものは打ち寄せては凍り付く波ぐらいなものだ。

 そろそろお腹が減ってきた気がするなーとか思いながら、それでも全力で走り続ける。体力が尽きないっていいね。動き放題だ。


「あっ! るみちゃ、るみちゃ!」

『ネレイちゃん、どうしました?』

「あれ! あれ、つかまえて!」

『?』


 と、そんな変わらない景色の中に何を見つけたのか、内陸の方を指さしてネレイちゃんが声を上げた。……あれ、って言われても、特に何も見えないんだけどな……?

 しかしネレイちゃんの言う事だ。たぶんその指さす方向に「何か」がある、いや、捕まえて、って事は、いるのだろう。動物かモンスターかは分からないが、倒して、じゃなくて、捕まえて、って事は、それだけ弱いって事なのかもしれない。

 ま、中身の私は運動音痴だが、このアバター身体は竜族の皇女だ。当然ながらその身体能力は滅茶苦茶に高い。なので、ネレイちゃんの指差しだけで相手が見えていなくても……。


「そこーっ!」

『ここかーっ!』


 猫のように飛びつくと、手(前足)の先に、明らかに雪とは違う感触が当たった。爪を立てないように気をつけつつ、しっかりと捕まえる。うっわ、もふもふだ。しかも結構暖かい。

 しかし何だこれ。もふもふしてて真っ白だから雪と区別がつかないな。捕まえてはいるけど、逃げようとじたばたしているのを見てても見分けるのはかなり難しい。

 それに結構大きいな。今の私でやっと押さえられるって事は、大きめの兎ぐらいだろうか? どれ、【鑑定☆】と。


[動物:綿雪鳥

説明:全身が細かく密度の高い羽毛に覆われた鳥

   飛ぶ能力を失う代わりに雪の中における高い隠密能力を手に入れた

   その羽毛は耐寒性能が非常に高く、防寒具に用いられることが多い

   また寒さに耐える為に脂肪を蓄えたその肉は大変美味

   帰巣本能は健在である為、家畜兼偵察用として飼われている事もある]


 ほう。防寒具が作れる上に美味しいとな? そしてモンスターじゃなくて動物なのか。

 しかし家畜の可能性があるのか。ってことは、こいつが野生のものでなければ、近くに集落がある可能性がある訳だな? ……周りをいくら見回しても、全く変わらないただただ真っ白い景色が広がるばっかりだけど。


『さて、こいつが飼い主のいる奴かいない奴か。それが問題です』

「いないとおもう。かってるのはね、いろがついてるから!」

『なるほど。なら白一色のこいつは野生ですね』

「おいしいよ!」


 どうやら飼い主が居る場合は、羽毛の一部が染められているらしい。なるほど、それなら飼い主の判別も簡単だ。偵察用としても、それなら足のあたりを染めれば隠密行動に影響は無いだろうし。

 雪の上に持ち上げてみると、足まで真っ白い毛と羽に覆われた鶏って感じだった。嘴も真っ白だったよ。目は黒かったけど。触った感じ、だいぶ丸々と太ってるようだ。これは期待が出来るね。

 と、やっている間に、ドズン、と着地音。様子が変わったと見たエルルが降りてきたようだ。


『で、お嬢。それなに?』

『ネレイちゃんが教えてくれました。防寒具が作れる美味しい鳥だそうです』

「あぁん? 綿雪鳥じゃねぇか。おいおいここは海岸線だぞ、何で内陸の鳥が居るんだ」

『と言われましても、ネレイちゃんが見つけて捕まえただけですし……』


 ……ディックさんはディックさんで、知っていたがゆえに頭を抱えてしまったが。そうか、本来はもっと大陸の内側に居る鳥なのか。それが何故か、潮風が吹き続ける沿岸部にまで生息していると。

 まぁ雪の厚みだけでも大分記憶と違うみたいだしなぁ。百年近く交流が断絶していた間の変化は相当大きなもののようだ。


『ところでエルル、上空からは何か見つかりました?』

『いや、さっぱり。桟橋の跡ぐらいなら見つからないものかと思ったけど、全く何も。まぁ、海岸線の形までは変わってないみたいだったけど』

『と、言いますと』

『だいたいこの辺にあったらしいな、こっちの渡鯨族の街は』


 ……その言葉に、もう一度周囲を見回す。うん。真っ白い雪が積もった平らな光景がずっと広がっている。人工物は影すら見えない。

 なるほど。本来ならこの辺りに「緑地」があった筈なのか。それに伴う街と、港と、その設備とが、海岸線の形からして、この辺りに広がっていた、筈と。


『……これは、渡鯨族を探すより、一旦ネレイちゃん達の街に行った方がいいかも知れませんね。情報収集的な意味で』

『かもなぁ……。その鳥をもう少し捕まえたら、あの2人も動けるようになるだろうし。渡鯨族がそっちに合流してる可能性もあるんじゃないか、これ』

『否定できませんねぇ……』


 ちなみにこの間、ディックさんとネレイちゃんは近くにそれなりの数が居たらしい綿雪鳥を捕まえにかかっている。そこそこの群れが居たらしいね。

 私には一切見えなかったけど。……隠密能力が高いだけはあるわー。

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