第264話 13枚目:降って湧く

 何事!? と周囲を見回すが、何が変わった訳でもない。【王権領域】の外は相変わらず一寸先も見えない闇ならぬ大嵐だ。しかしよく通る高い音だったな、こんなに風と雨が吹き荒れてるのに聞こえるとは。

 ……けど、なんだろう。微妙に聞き覚えがあるような気がするんだけど。警笛関係か? いやでも、あの狂信者騒動でもこんな音聞いてないしなぁ。もうちょっと最近のような気もするし、でも、何処で聞いたんだ?

 はて、と思考に沈みかけた所で、ウィスパーの着信音。相手はカバーさんだ。この音に関して連絡かな。って事は、やっぱり何か緊急的なあれだったのか?


『カバーさん、この音は一体?』

『あぁ、「第三候補」さんの所まで聞こえていましたか。えぇと、そうですね。結論から言いますと、緊急事態ではありません』

『……明らかに何と言うか、警戒を促す系の音ですが?』

『大丈夫です』


 ちなみに、高い音は今も続いている。というかそろそろうるさい。ウィスパーは周囲の音に邪魔されない仕様で良かった。

 しかしカバーさんが大丈夫って断言するなら、まぁ大丈夫なんだろう。その説明も今からしてくれるだろうし。大人しく聞こう。


『順を追ってご説明しますと、先程エイ族の方々が巻き込まれる可能性を提示して頂きましたよね? それに際し人魚族の方々に協力を仰ぎ、警告を届ける事は滞りなく行われました』

『はい、そこまでは聞いています。退避場所は、ひとまず外洋でしょうか?』

『いえ、そこからなのですが、その警告を受け取ったエイ族の方々が、大喧嘩を続けている2種族の長達に、情けない、と、大変憤られたようで』

『情けない、と来ましたか……。いえまぁ推定全ての元凶の小細工や計画があった上でのことですが』


 ん? って顔をしているエルルにも簡単に伝える。と、あー、って顔になったので、エルルとしては納得のいく心理だったようだ。


「酒に強いって自分を過信した挙句、泥酔して周りに迷惑かけてるようなもんだからな。酒の度数を上げる混ぜ物をされたりしてたって言っても、結局自分の油断が悪い」

「あ、それは確かに情けないですね」


 そういう感覚のようだ。なるほどそれは、うん。情けない以外に言いようが無いな? 納得した。


『ですので、あの大喧嘩を止める為に協力して頂けることになりまして。驚きました。エイ族の方の針は、外から打ち込んだ薬品を充填する事も可能だったようです』

『……まさか、虫下しを?』

『はい。大人のエイ族の方は最低でも3本の針があるのだそうで、うち2本に虫下しを充填する作業をこちらで行っています。残りの1本には、エイ族の方曰くは「気付け」を行う為の薬を、自分で作成して充填する、との事でした』

『あー……しかしそれは、確かに、助かりますね。染み込む間もなく洗い流されるのが問題だったわけで、体内に直接打ち込めるならそれに越したことはありませんし……』


 ……それに、エイ族の針って、あれだよ。防御貫通属性か、防御無視属性を持ってる可能性が高い訳でさ。あのビニールのようなバカげた強度がある皮の持ち主とは言え、防ぐことは出来ないだろう。

 あれ、ってことは、まさか、この高い音って、デビルフィッシュ(異世界タコ)とクラーケン(異世界イカ)の長達の、悲鳴? あぁうん、聞き覚えがある筈だ。どっちも釣ったり話を聞いたりしたときに滅茶苦茶聞いてた。

 しかし、気付けかぁ……気付けねぇ……。


『響いているのがあからさまに悲鳴ですが、気付けというならそれ以上突っ込みません。こちらは変わらず仕掛けの解除を続ければいいんですね?』

『はい、その方針でお願いします。このまま喧嘩が続けば街の被害が大変な事になっていたでしょうから、解決の目が出て何よりです』

『えぇ、それは確かに』


 まぁ確かに。このままでは間に合わない気がしていたんだ。それが、虫下しを文字通りに叩き込んだうえ、「気付け」をしてくれるのであれば間に合う確率はぐっと上がるだろう。

 いくら強化が入るとはいえ、クレナイイトサンゴそのものが排除されれば仕掛けも実質的に意味はなくなる。何せ、ゼロに何を掛け算した所でゼロのままなのだから。

 当然そのままかくかくしかじかとエルルにも説明する。周りで動いている『本の虫』のメンバーも、恐らくそれぞれに連絡を受けたのだろう。少しの間手を止めていたが、もう作業に戻っていた。


「はー。エイ族が動いたのか」

「地引網、阻止できて良かったですねぇ」

「ほんっとにな。それに、網がダメだってわかったから、その後の捕獲用の網も全部海底までは沈み切らないように工夫してたんだろ?」

「そうですね。お陰でエイ族の方が居る事が分かってからは、少なくとも『本の虫』の皆さんが把握している範囲ではエイ族の方が釣り上げられたことはありませんし」


 しかし思わぬところから解決策が湧いて来たな。いや、解決する分にはいいんだけど。

 ……さっきのカバーさんじゃないけど、住民、特に地元住民の協力って、ほんっっっとーに大事だなぁ……。

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