第250話 13枚目:絡む悪意
流石に自分の身長以上の障害物があると回避しようとするらしい見た目巨人。エルルレベルでないとまともな足止めが出来ないとか、あのゲテモノピエロ許すまじだ。
とはいえエルルであれば足止めできるという事なので、現在見た目巨人……の周囲の海を教材に、【水古代魔法】と【風古代魔法】の大技の実演講義に入っていた。緊張感が無いって? 緊張感を持つ訳にはいかないからね。だってこれは「戦闘」じゃないんだから。
あくまで、港から少し離れた海での「お勉強」だ。そこにたまたま見た目巨人が居て、その進路が、港に向かう方向を主に、実演で出来上がった氷の山に塞がれているのは偶然である。
「特定範囲の温度を下げるというのも【水古代魔法】に入るんですね。……もしかして【火古代魔法】に、特定範囲の温度を上げる魔法があったりします?」
『あるぞ。基本は前準備だったり相手のそういう特性を潰したりする為のものだからな。もちろん極端な環境を緩和する為にも使える』
「次の大陸は寒そうですし、吹雪とかに遭遇したら重宝しそうで……」
エルルがまた1つ氷の山を作って進路を妨害しているのを見ながら、質問をしたりしていると、ウィスパーの通知が来た。誰だ、と思いながら意識を向けると……おっと、カバーさんだ。復帰できたのかな?
とりあえず出ない選択肢はないので応答する。と……うっわなにこれ、ノイズ? ガリガリバリバリ、と、石を釘でこするような酷い音にまみれてよく聞き取れない。こんなウィスパーは初めてだな。やっぱり何か生贄にされる事でペナルティがあったのだろうか。
『ガチギザガ――いさんこ――ガガガリガザザ――ちらは――バヂウガリガリ――うぶで――ガガザザガ』
『すみません、ノイズが酷くてよく聞き取れません』
『な――ガリガキガリ――れとして――ガガヅザザ――うきょ――ザギイガ――どうな――ギガギテザザ』
いやほんとに何言ってるんだろう。ノイズが酷いにも程がある。……っていうか、何でウィスパーにノイズが入るんだ?
これは確か召喚者特典と言うべきもので、つまり大神の加護の1つの筈だ。同じ神からの干渉だとしても、ここまで酷い事になるとは思えないんだけど。
『お嬢、どした?』
「カバーさんから連絡が来たんですが、なんか雑音だらけでほとんど聞き取れないんですよね」
『雑音?』
「えぇ。こんなこと、今までなかったんですが。やはり生贄にされたというのは何かペナルティがあるのでしょうか」
うーん、と首を傾げながらも聞き取ろうとしてみるが……うん。ダメだなこれは。さっぱり分からない。
エルルも、雑音、と聞いて何か考えているようだ。見た目巨人は……新しい氷の山を迂回するのに足を動かしたな。
エルルがそちらへ移動する。名目は「お勉強」なので、そちらに集中しなければ。うーん……とりあえずあれかな。一回ウィスパーを切って、パストダウンさんに確認を取るべきか。報告なら先にそっちに入れるのが筋だろうし。
『すみませんカバーさん、聞き取れないので一旦切りますね』
『ガギケザリザリ――っと――ザザイリザ――れでは――ザガコガガ――いさん――ガリガリクザ――のみま――ガガオガリガリ』
「……さて。えーとパストダウンさんはっと……」
ノイズを聞きまくった事で頭が痛いような気がする。何だったんだ、あの聴覚の暴力。改めて詳しい事を聞こうとフレンドリストを開き、パストダウンさんを選ぼうとして……。
「……エルル」
『どうした、お嬢』
「すみません、今すぐあの島に戻ってください!」
『は? え、何で――』
「緊急事態です! あぁもう、これだから寄生虫って言うのは!!」
そういうものだったのかという感心と共に、特大の嫌な予感を覚えてエルルに叫んでいた。いうと同時にしがみつく体勢になった私の様子にただならぬものを察したらしく、エルルはすぐに島へと向かってくれる。
元々島から離れないように戦っていたので、恐らく時間は1分も無かっただろう。エルルが着地すると同時にその背中から滑り降りて、そのまま駆け出す。
「パストダウンさん! パストダウンさんはどこですか!?」
「お嬢、そろそろ説明!」
「してる暇があればいいんですがね! いや、先に「第一候補」の安否確認か……!?」
後半ちょっと口調が崩れつつも、島の中心に向かって走っていく。幸いと言うべきか、儀式は既に始動段階に入っているようだ。ゆるやかながらも大きな何かの力の流れがあったので、その流れを辿って源へと向かう。
即座に【人化】してついて来てくれているエルルに聞かれるが、ちょっと今は答えている余裕がない。いやー慣れない相手にウィスパーを掛ける時は音声入力じゃなくてフレンドリストから手動操作するようにしてて良かったよ。
そうそう、島に着いた時点で【王権領域】は直径3mの範囲に縮めている。……あぁ、そうだね。一言で言うと、【王権領域】はちゃんと仕事をしてくれてたって事だ。
「「第一候補」、無事ですかっ!?」
『うぬ!? どうした「第三候補」、こちらは問題ないが?』
ドバンッ! と見つけた扉を開いて突入すると、そこにはディックさんの船と同じように魔法陣を描き、周囲に触媒を置いて、儀式の態勢に入っている「第一候補」が居た。ざっと見るが、その場所自体に違和感はない。良かった、こっちに影響はなかったか。
同じく周囲を見ても、カーリャさんは変わらず、周囲の『本の虫』と思しき人達もきょとんとしつつ作業を進めているようだ。よし!
「えぇちょっと緊急事態と言うか大事な事を聞きに。この中に、私が誘拐された際この島へ向かった船団の乗員から、ウィスパーあるいはメールを受け取った方は?」
『いや。我はそもそも知り合いがおらぬ故な。どうだ?』
「いえ、室内作業専門ですから」
「チームが全員此処に揃ってますので」
「窓口はパストダウンが担当しております」
「そのパストダウンさんは?」
『……そう言えば、先程連絡が来たと言って席を外したであるな』
「呼んできましょうか?」
「絶対にダメです。戻ってきても近づかないで下さい」
その確認から私が続けた言葉に、は? という顔になる一同。私は一度、背後の扉を振り返り、そこが静かになっている&エルルが警戒してくれているのを確認。少なくともこの場に居る
「先程カバーさんからウィスパーがあったのですが、ノイズが酷くて聞き取れなかったんです。なので詳細をパストダウンさんに聞こうとしたら……」
そう言いながら再度フレンドリストを開き、鳴り響くウィスパーの通知音を無視してスクショをぱちり。それを写真のように実体化させて、手近な『本の虫』の人に渡した。
何だろう、という顔をして受け取ったその人は、まず何の事かと眉にしわを寄せ、理解が及ぶとぎょっとした顔になった。そのまま、慌てて近くにいた人に見せに行く。
フレンドリストには、元々相手のログイン/ログアウトの状態が分かる機能が付いていた。そして第二陣が来た辺りで、最後のログアウト地点が表示されるようになっていたのは知っている。
だったのが今見たら、更に機能が追加されていた。これまでは理由が分からなかったただの空白が、特殊な表示の出る枠だったと、今初めて知った訳だ。
……もしかしたら、今後はこういう状況が増えるという、運営からの警告かも知れない。少なくとも私はそう受け取った。もしかしたらクランの名簿とかでも同じような機能があるのかもしれないが、その機能とは――
――ヘルプ機能。
つまり、石化、拘束、重度の麻痺。そういう、「ログインはしているが自分では身動きが取れない状況」に陥っていることをフレンドに知らせる。そんな機能だったのだ。
『……冷静に考えれば、その通りであるな。“破滅の神々”の権能を付与されているとはいえ、クレナイイトサンゴはクレナイイトサンゴだ。当然、その寄生能力は生きている』
「という事です。私は【王権領域】を展開中でしたし、状態異常耐性の上がる神器を身に着けていますから、今のところ影響は感じられませんが」
『なるほどな。通常であればそこから権能の浸食、或いは思考の誘導、制限が始まる。気づかなければそのまま……。……しかし、大神の加護すら利用するか。これは、急がねばならんな』
カバーさんの名前の所に表示されていたのは「寄生(重度)」。死ねたらまだマシ、それが邪神の生贄って事だ。ほんとボックス様とティフォン様には感謝しかない。あのノイズは、【王権領域】と「月燐石のネックレス」が邪神の影響をカットしていたものだろう。
ここで背後のエルルが、ん? って感じで小さくつぶやいた。
「……なぁ。それってこの島より、デビルフィッシュとクラーケンの捕獲をやってる奴らの方が深刻なんじゃないか?」
「ですね。……あれ? 下手をすればあちらの2種族に寄生しているクレナイイトサンゴと連携するまであるのでは?」
『うむ。その可能性は否定できんな』
とりあえず影響が出て致命的な事になるのはこちらだと思ってきた訳だが……そうだな? 『本の虫』名義でウィスパーやメールが来たら、大体の
…………壊滅の危機、再び、か?
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