第137話 10枚目:死者の研究

 視界の端のカンペがめくられ、『落ち着いて下さい』という文章が見える。なるほど、予想がついてたから私にも見えるようになってたのか。そうだね。この中で、今すぐ暴れ出して一番手のつけようがないのは私だ。

 もちろん「第二候補」も思うところが無かった訳ではないだろう。ガイコツって便利だね。表情の細かい変化どころか、そもそも表情が無いんだから。

 気のせいか部屋の中の気温が下がったようだが、シディシムさん……さん付けはいらないか。シディシムは、それこそ嬉々として自分の「功績」と「悲願」を語り続けた。


『負の感情を吸い出し、集める事で、街は実に平和になりました……。濾過するのに使う命は最初モンスターの物だったのですが、それだと魔石を使った者がモンスターになってしまう副作用があり……。ならばと魔物で試したところ、その特徴が現れるようになりました……!』

「ほうほう」

『お陰で、数匹の魔物を使い潰しただけの時点で、吾の街の防衛力は格段に上昇しました……! 子を作らせれば、人造魔石の生命力への転化にも使えましたし……! 幸い、付近に竜族程ではなくとも生命力の高い魔物がおりましたので……!』

「ふむふむ」


 ちらっと出て来た竜族の言葉に、すすす、と更にスピンさんが下がった。だけでなく、私の上から布が掛けられて籠が覆われる。別に狙われた所で消し飛ばせるんだけど……あ、はい。建物を壊すのはダメと。


『ただ……生命力への転化を行っても、傷を癒すことには使えましたが……。寿命の延長や、蘇生に使うには……どうやら質が足りなかったようです……。後継者には、吾を蘇生の実験台にしてよいと伝えたのですが……』

「なるほどのう。ところで、濾過に使った魔物とはなんじゃ?」

『吾らが金属をとる山に、採掘の邪魔をしてくる猫型の魔物がおり……。またその亜種らしき魔物が、畑を作り、薬草をとる平原にも出ましたので……』

「害獣退治のついでに有効活用した、ということじゃの?」

『はい……!』


 はい、じゃねーよこの爺さん今猫を犠牲にしたっつったか?

 スピンさんも同感だったのか、蔦を編んで作られた籠の持ち手がギシリと音を立てた。もう一度提示される『落ち着いて下さい』のカンペ。おーけー、落ち着く。話を聞きだしきるまで我慢だ。

 カンペが再びめくられる。『褒めつつ負の感情を集める方法について聞いて下さい』か。……具体的な方法を知る事が出来れば、地下2階以降に何が待ってるかも、多少は想像できるからね。気分が悪くなるのは我慢だ。


「無駄は良くないからのう、良い発想じゃ。しかし負の感情を集めるというのも中々に難しかろう? 対象人数が多ければ、いかなる仕組みでも大型化は避けられんじゃろうし」

『はい……! 街の地下には水の路と、その点検通路がありますから……。そこから地下へと空間を伸ばし、通路自体を魔法陣と見立てて、街を覆う大きさの魔法陣を作りました……!』

「ほほう」

『地下5階という深さの通路になってしまいましたが……。その先に魔物を閉じ込める檻を作り、媚薬で狂わせて子を産ませる事で、延々と新しい命が供給されるようにしました……!』

「うむうむ」

『更に、負の感情を集める際に実体を持たせ、「より大きな命を狙う」命令を与える事で、胎児よりも成体が先に消耗するように出来ました……! 濾過後に発生する魔石の質も向上し、より多くの魔力が小さな魔石に凝縮され、埋め込みも楽になりました……!』

「そうかそうか」


 あ、その条件か。エルルがアウトだった理由。なるほどな? エルルが来てれば、例えばそれこそ地下から吹き上がってでも狙っただろうさ。

 何せ、種族レベル1万3千弱のエリート士官軍ドラゴンだ。エルル以上に「大きな命」は、少なくとも現在の状況では無いだろう。うん。そりゃまぁ、この空間に入れないようにする以外の対処法は無いわ。

 ……そして、あの地下室からじわじわ染み出してきたのもあれ、多分私に反応してだろ。キャップがあるから種族レベルは1000で止まっているものの、それでもなおステータスの暴力だ。一般人間種族召喚者プレイヤーどころか、通常魔物種族に比べれば、そりゃまぁ「大きな命」だろうから。


『晩年に思いつき、人造魔石を集めて抱え込む性質のスライムを作りまして……。「より無垢な命に魔石を埋め込む」という命令を与えた所、効率がさらに上がりました……! それでもなお、その質は上がり切らず……。胎児同士を生きたまま溶かして混ぜ合わせ、純度を上げ……。吾らの子供の血肉を与えて、性質を寄せる等、色々と試してみたのですが……』


 なぁ。この爺さんこんないい所に寝かせとくんじゃなくて、ギリギリ蘇生(仮)の効果が残ってる間に野晒しにするべきじゃないか。それこそ昔の磔刑じゃないけど、せめてもうちょい名誉に傷を入れておくべきでは?

 思った以上の屑っぷりに逆に一周回って感心してるよ。それ以上に怒ってるけど。殺し直すにしても、もうちょっとこう、穏やかさを削らない?

 声だけで状況を確認しつつ、したーんしたーんと動きそうな尻尾を押さえ込む。今籠に入ってるからね。怒りを尻尾で表して、被害を受けるのはスピンさんだ。我慢我慢。


「なるほどのう。よくそこまで工夫したものじゃ」

『はい……! しかしどうやら、この様子を見るに蘇生に使えるだけの質は確保できなかったようで……。しかし、それが転じて不死族の末端に加えて頂けるとは、何という僥倖……!』


 あ、話が最初に戻った。

 ここで追加の説明をしておくと、不死族というのは子供の姿からゆっくりと成長し、老人になり、死に至る。ここまでは普通の長命種と同じなのだが、違うのはここで「死に至った状態から子供に戻る」という成長の仕方をするそうなのだ。

 子供から老人へ。老衰死体から幼子へ。これを繰り返して実質的に永遠を生きる、これが不死族の特徴だ。通常の長命種よりなお長く生きる為に、ひたすらに時間のかかる「道を(極)究める」事が出来る、という訳らしい。


「ほっほっほ。では参考ばかりに聞いておこうかの。お主に今少し時があれば、どうやって質を上げるように工夫したのじゃ?」

『……時が……今少しの、時があれば……』


 ははぁ。とばかり再び伏せられていた頭が、持ち上がる。「第二候補」の方を見て、そのとっくに死した老人は、喜色すら滲む声でこう答えた。


『それはもちろん、魔力を生命力に転化した人造魔石を、生まれる前の吾が種族の子に埋め込んでみます……! 恐らく質が上がらないのは、転化の繰り返しによって安定度が欠けたせい……! 純粋無垢な魂と命に触れさせ……5年もあれば、それらを取り込むことで、安定するでしょう……!』


 平然と。命、魂、子供、個人。そう言ったものを、自分の研究……ひいては、永遠の命。それを得る為の「素材」としか思っていない発言で。まさに「いい事を思いついた」という風に答えたその老人は。



 そう言った次の瞬間に、カラリと崩れる音を立てて、物言わぬ屍へと戻った。



 ……やっぱりさ。死に直す前にもうちょっと苦痛を与えておくべきだったんじゃないか?

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