第131話 10枚目:果てで待つもの
そして、5月10日だ。
このイベントが始まってから割としみじみ思っていたが、私のステータスは高い。それはもう滅茶苦茶に高い。平均を壊してしまうから例外処理されるぐらいには高い。
まぁそれは「第二候補」もそうだろうが、あちらはすっかりと、じわじわでも戦いが上手くなっていく一般人間種族プレイヤーとの模擬戦に夢中なので、探索の人手と言う意味ではカウントしない。
「…………」
で。その私は、色々な施設跡を発見しながら、それでも真っすぐ北方向に探索というか開拓を進めてきた訳だ。このイベントエリアはバックストーリーから考えて、そんなに広くない筈だから。端は絶対にある筈だ、と考えていたのもある。
北方向に、墓地を挟んで街(廃墟)と同じ距離を進んだ辺りが一番人工物が多く、そこからは徐々に建物の残骸は減っていった。だけでなく、森となっていた木々も数を減らし、見通しも良くなってきたのだ。
そして、その果て、というべきか。2回のログイン時間のほとんどを開拓に費やした先に見えたのは、すっかりと木どころか草の一本も無くなって、薄茶色の痩せた土が広がるばかりの光景だ。
「……………………」
そして3回目のログインで、もう一度その光景を見る。寂しい痩せ地が広がっているのは、最後の木から100mほどだろうか。その向こうは蜃気楼のように揺らぐ空気の幕が揺らめいていて、上も左右も遮られている。
あれが恐らくイベントエリアの端なんだろう。つまり、ようやく探していた端まで辿り着いた、という事だ。感慨深い。
そうしてしばらく達成感に浸った後、メニューを操作。ウィスパーを繋いだ。
『「第二候補」。少し宜しいですか?』
『なんじゃい「第三候補」。こっちはようやく集団の利という物を理解してきて面白くなってきたところで忙しいんじゃ』
『そうですか、忙しいですか。こちらはこの空間の北の端と思われる場所に到着しました。そこに竜姿のフィルツェーニクさんの3倍ほどある禍々しいキメラのような何かが居てものすごく威嚇してきているのですが、』
『すぐ行くぞい!』
食い気味の返答があってウィスパーが切れた。想定通りなのでそのまま待機する。いやぁ、「第二候補」はある意味とても扱いやすくて助かるね。こういう、あからさまな強敵が居る時は特に。
キメラのような何か、と言ったが、その姿の印象は生物と言うより無機物に近い。生物素材で作った鎧のリビングアーマーのキメラ、というのが一番近いだろうか? 微妙にロボ的と言うか、世界観に即した言い方だとゴーレム的か。
パーツを適正に合わせれば無数の人の形をしていただろうそれは、胴体ばかり、腕ばかり、足ばかりをそれぞれに集めて、ムカデのような形になっている。頭に至っては、胴体の先端には入りきらず、背中に当たる場所にまで頭の集合体が伸びていた。
「キーゥ……(気持ち悪いというか冒涜的と言うか……)」
本当にこれ、邪神の仕業じゃないんだろうな? と一度却下した可能性を思い浮かべてしまう程度には悪趣味だ。目に当たる部分には何もなく、ただの空洞になっているからこれでもまだマシなのだろうか。
ただな。その腕に当たる先には種類も素材も様々だろう武器を持っているし、足も足で蹴り技とかを使うのか、当たったら痛そうな刃やスパイク(棘というより小さい杭みたいなやつ)がついているものが相当数あるんだ。胴体も同様。
うん。勝たせる気なんてないだろう、これ。流石にこれは倒さなくてもいいチャレンジボスだと思いたい。
「ほっほぅ! なるほどなるほど、実に殺意が高いのう!」
『楽しそうですねぇ』
頭ばかりを集めた頭が、面覆いなどを歯のようにガチガチ鳴らして威嚇してくるのを、恐らく戦闘範囲ギリギリから眺めていると、多分風系の魔法で文字通り飛んできたのだろう。「第二候補」がすぐそばに着地した。
王冠のないリッチ、豪華なローブを着たスケルトン。そんな感じの「第二候補」は頭蓋骨を揺らしてカカカと笑った。あぁうん。楽しそうで何よりだよ。
今にも戦闘に飛び込んでいきそうな「第二候補」を見つつ、【飛行】の発動を意識してその頭と同じ高さまで浮かび上がる。フィルツェーニクさんは……来る気配ないな。戦闘ブートキャンプの代理人でも押し付けられたか。
「現実では思うように体を動かす事も出来んからのう。体が思うように動く、思う通りに動く。これぞ仮想現実の楽しみよ!」
『ほんとに同じ国の住人か分からなくなってきましたね。紛争地帯に入り浸る傭兵か何かだったんですか?』
「なぁに、ただの医者じゃよ。ちょいとばかし人体の壊し方と治し方に詳しいだけじゃ」
『……腕は確かなんでしょうが、恐ろしい医者もいたものです』
嘘つけ、と反射でツッコミそうになったがそれは堪える。そんな恐ろしい医者が居てたまるか! とも思うが、このテンション、たぶん嘘じゃないんだろうなぁ。
とりあえず「第二候補」にパーティ申請を飛ばし、カバーさんへリビングアーマーキメラのスクリーンショットを添付した「今から「第二候補」と戦闘に入りますので巻き込まれに気を付けてください」というメールを送る。
パーティ申請が承諾されて、ルチルとフライリーさんは別行動をするようになった時点でパーティを解除していた為、視界の端に
『まぁ、後ろから適当に支援しますので、存分にどうぞ。負けなければ何でもいいです』
「カカカ、負けるとなったら儂もろともあの特大の一撃で吹き飛ばすつもりじゃろう? ありゃ痛かったからのう、負けんわい」
『よくお分かりで。後方に被害を出す訳にはいきませんからね。人員的にも地形的にも。あの世界の果てのような幕だって、うっかり壊してしまえないとも限らないんですし』
「ほう?」
『壊す気にならないで下さい』
私が後衛に回ると見てか、今回は最初から仕込み杖を抜いて構える「第二候補」。私は、たん、ともう一度風の足場を蹴って更に高度を上げ、地上4mぐらいの高さに移動した。
抜いた鞘というか、杖の柄の部分は盾として使うのか、逆手に左手で持ったまま姿勢を低くする「第二候補」。そこに、手早く手持ちのバフを重ね掛けた。
「まぁその辺りは任せるぞい。儂はこのデカブツを仕留める事に集中するからのう」
『えぇ、任されました。そんな事だろうと思ったので』
そこでようやく、秒で返って来たカバーさんからの返事にあった、記録担当らしい人がやってくる。真後ろに1人、左右から回り込むように2人ずつの計5人。
……もうちょっと離れないと巻き込まれるかもしれないが、その辺の回避は自己責任でお願いしたいところだ。
そして最後に自分への防御代わりとして【吸引領域】をメインに入れて、半径1mまで効果範囲を絞って発動する。
『ではどうぞ、存分に暴れて下さい。「第二候補」』
準備完了の合図として声を掛ければ、低くなっていた「第二候補」の姿勢が、獲物に飛び掛かる獣のように更に低くなる。
そしてその印象は、間違っていなかったらしい。
「カッカッカ、では参るとするかな。「第三候補」」
待ちかねた、とばかりの喜色満面な声と共に。
そのまま、弾かれたように「第二候補」は、巨大なリビングアーマーキメラへと、距離を詰めた。
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