第130話 10枚目:開拓は続く

「つまり、墓地ですね。我々の世界で言うマンション型納骨堂に近いでしょうか。あの街並みや上下水道の整備などから感じてはいましたが、相当に高度な文明だったようです」

『あぁ、それで入り口が街の反対なのですね。死者が生者に惹かれて出てきたり、生者がうっかり迷い込むことを防止する為に』

「そのようです。しかしそれにしても、この香木は大発見ですよ、「第三候補」さん」


 カバーさんが珍しくきゃっきゃと楽しそうで何よりです。なお入り口を出すには若干ログイン時間が足りず、現在2回目のログインから1時間が経過している。

 本来は固く封印されていたのだろう大きな建物(?)、もとい、墓地の入り口も、経年劣化と植物の力によって扉自体が半壊していた。とはいえ『本の虫』の人達は中に入る事無く、まずは扉周辺を調べているようだ。

 で。枝を切った時点でいい匂いがしたチメラエオディエート・アクイラリアだが、カバーさんが【火属性魔法】で小さな火を灯して炙ってみると、それこそ周囲一帯の空気が丸ごと入れ替わったようないい香りが広がった。


「アクイラリアというのは、我々の世界においても現存している品種です。そうですね、沈香、と言えば通じるでしょうか」

『有名なお香、という認識しかありませんが……』

「それで合っています。我々の世界では、一応辛うじて絶滅こそしていないものの、天然の沈香はほぼ無くなってしまいましたからね。こちらの世界ではしっかり絶滅してしまっていたようですが」


 私が(力技で)引き抜いた根を丁寧に検分しながら、カバーさんは大変ほくほくしている。……確か香木って、3倍の体積の純金と同じ価値があったような。リアルでそれだとすると、魔法があって実際に死者が蘇る可能性があるフリアド世界での価値はどうなることか。

 て、あ、なるほど。そうか。文字通り金の生る木を見つけたからほくほくしてるのか。納得。今回だけでも凄まじい出費だもんね、クラン『本の虫』の経理部は胃痛だろう。

 興が乗って来たのかご機嫌が止まらないのか、香木についての知識を披露し続けるカバーさん。私は気分的な休憩を兼ねておやつタイム(『本の虫』の人達から貰ったクッキー)だったのだが、ちら、と墓地に視線を向けた。


「(しかし、墓暴きにはなりたくないなぁ。絶対何か取り返しのつかないトラップがあるに決まってる)」


 カバーさんの話を流し聞くと、どうやら沈香というのは傷とか虫とかで木に傷がつき、そこに樹脂が染み込んで出来るという香木なのだそうだ。沈香の中でも特に品質の良い物を伽羅と呼び、人工的に作った物では天然物には品質でどう頑張っても勝てないのだとか。

 へー、と相槌を打つことしかできない訳だが、とにかく、このいい匂いのする木は大変な貴重品らしい。しかもそれが生きた状態で、つまりうまく育てれば増やせる状態で手に入るのは、それはそれはすごい事のようだ。

 ……現代に持って帰って本当に育つかなぁ? という疑問はひとまず置いておくことにする。


「(まぁそれはそれで私もいくらか持って帰っとこ。エルルならギリ知ってるかもしれないし)」


 まぁ、当面『本の虫』の人達はこの墓地にかかりきりだろう。

 ……カバーさんからすれば、私を放流して金の生る木が見つかったのだから、計算通りに上手く行って諸手で万歳状態なのかもしれないし。




 とりあえずその日はその墓地だった8角形の建物の除草作業で1日のログイン時間を使い切り、自分用にも何株か香木を確保しておいた。持って帰ってエルルに育てられるか聞こう。ダメで元々だし。

 で、次の日は警戒も兼ねて墓地の周囲を探索と言うか開拓と言うか。どうやら周りも管理用の設備や建物があったらしく、現れたモンスターは「よくぞ来た! 建材!」という感じでボッコボコにされていた。

 で、イベントも大型連休も佳境に入る中、私は変わらず北方向の人工物を露出させながら、その範囲を拡大させていっていた訳だ。ステータスの暴力で。『本の虫』の人達を置き去りにする勢いっていうか、実際ほぼ置き去りにして。


「キュ(んーこれは)」


 で、まぁ。修復こそ追い付いていないものの、全力出せばかなりのスピードで視界も開けていくし、建物もただのオブジェクトから修復可能な残骸になる訳だ。

 【鑑定】のレベリングを兼ねて片っ端から物を大小問わず調べている訳だけど、どうにもこの近辺、そう、ちょうどあの墓地から街(廃墟)と同じぐらいの距離の場所は「設備が整い過ぎている」気がする。

 例えば、街の中心にある筈の大神殿が大木に埋まっていたり、生産設備各種が揃っていたり、元宿屋みたいな建物が多かったり、遺跡、街っていうより、これは……。


「キュッキューゥ(どー見てもあの街(廃墟)に対する最前線戦闘拠点ですありがとうございました)」


 いやまぁ、「世界」という単位で「大きな傷」認定されてるんだからそりゃ厄介事だろうけどさぁ。

 ……イベントも残り数日。今の開拓・イベントエリア攻略率を、運営が想定していない、とは考え辛い。

 て事は、これらの遺跡、元最前線戦闘拠点は、「使われる可能性がとても低い」訳だ。それぐらいは流石に分かっている筈だ。だって明らかに私(特級戦力=超例外)がいなければ、修復可能である事すら分からなかったんだから。


「キュ、キューゥ(でもあんな爆弾がある以上、ただのキャンプイベントとも思えなくなってるしなー)」


 クリアさせる気が、最初から無かったのでは? と勘ぐってしまう程度には発見難易度が高いぞ、今回のイベントに仕込まれていた爆弾厄介事は。

 でもって、フリアドの運営が、バックストーリーの追加と言う名のメインストーリーを付ける程のイベントを「プレイヤーの皆さんは実力不足で見つけられませんでした。残念!」で済ませるかと言うと……。


「キュー(んな訳が無いんだよなぁ)」


 だって「たからばこ」の時だってそうだったし、個人で建てる神殿の時なんてプレイヤーが集まったのを見越してほぼメインストーリーな強敵が出て来たじゃないか。

 まぁあれは、もしかしたら勝てる想定はしていなかったのかも知れない。けど、ここまで世界観を作りこむ、というか、ワールドシュミレーターに一般人を招待して放り込んでいるようなフリアドが、そんな「ストーリーの無駄」をする訳が無い。

 と、いう事は、だ。


「キュゥッ。キューッ(これもやっぱり出来ればこの中で解決しておいた方がいい案件か。解決できない前提で第二ラウンドが用意されてはいるだろうけど)」


 今までも散々そうじゃないかと思い当たる節はあった物の、いよいよ現実味を帯びて来たその可能性にげんなりする。

 この可能性の何が嫌かって?

 そうだと想定したら、種族レベルの制限とか開拓状況とか資料や文献の発見具合とか、全部理が通る上に厄度合いが更に酷い事になるからだよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る