第112話 10枚目:イベント開始

 フライリーさんのインベントリ及びスキル整理が終わった所で、私はエルルの懐から【人化】したルチルの肩へと移動する。ルチルは私に一定時間の間姿を消す魔法アビリティをかけて、これで一応、応急処置だ。

 そしてそのルチルの反対の肩にフライリーさんが乗り、エルルに見送られて青い光の柱に入る。姿を消していてもメニューは操作できるらしいので、そのまま「イベントエリアへの転移」を選択。


「いってきますー!」

「あぁ。60日後だな?」

「ですね! 楽しんできます!」


 残念ながら喋ったり激しい動きをしたりしても魔法は解ける。なので私は気持ちとしてぱたぱた翼を動かした。まぁ、見えないんだけど。

 そして青い光が強くなり、白くなり、視界が真っ白に染まって……数秒後、光に眼が慣れるより早く、周囲の光景が見えるようになって、


「お、おおう、け、けけ結構思ったより、激しい感じっすね……?」

「あー、うーん……で、ですねー?」


 ……場所としては、廃墟中央にある広場、と、なるだろうか。一応安全地帯らしい開けた場所の、ぐるりと回り一周では……うん。

 戦争真っただ中かな……? という感じの、激しい戦闘が起こっていた。

 いや、何でだ?




 ルチルが少し周囲を探すと、渡鯨族の時と同じようにクラン『本の虫』が司令塔代わりとなって臨時のプレイヤー共同戦線が張られていたようだ。向こうに私達の事は周知されているらしく、ルチルは速やかに司令部となっているテントの一部に招かれた。

 当然検証班こと『本の虫』はあの追記されたレベル上限を確認している。だから、エルルが居ないことに疑問は無かった。むしろ、フライリーさんの方に興味津々だったようだ。


「だ、だ、だだだだだ、だい、だいだい、「第三候補」……???」


 ……そこで私の掲示板上の通り名がバレてフライリーさんが挙動不審になってしまったが、まぁうん、近くにいたのが私だったから仕方ないね。速やかに諦めて欲しい。

 私は透明化した状態で黙って大人しくしたまま、カバーさんの説明を聞く。なおここで改めて日程を確認しておくと、今年の大型連休は5月3日から13日までで、イベント期間は5月1日から14日までだ。

 なので、普通に平日。私は学生。学校に行って帰ってきてからエルルに運んでもらって参加しているから、内部時間でざっくり3日ぐらいは遅れが出ている。リアル都合なので仕方ない。


「最初は良かったのですが、次第に素材の取り合いやモンスターの横取りや押し付けなどが発生して治安が悪化していき、その内誰かが無謀に奥地へ突撃してアラートを引いて大量のモンスターが発生、現在、大手クランを何とかまとめて拠点防衛中、という感じですね」

「うっわぁ酷ぇっすね」

「その最後の引き金を引いた人はどうしたですかー?」

「このエリア内で死亡した場合、元の時空に放り出されます。そして召喚者の召喚元の世界の基準で1日が変わるまで、再び入ってくることはできないようです」


 ルチルが元作成使徒NPCだと知っているカバーさん、言い方を工夫してくれた。なるほどー。と納得したルチル。そして、成程こういう言いかえをすればいいのか、とメモを取っているフライリーさん。

 しかしまぁ何処にでも欲深な奴らはいるもんだ。そしてそれが致命的になって現在と。うーんネットゲームの闇だなぁ。


「迷惑極まりないですねー」

「こういう言い方は、あまりしないようにしているのですが……全くですよ。しかも大量のモンスターの襲撃が発生して、この安全地帯にも耐久度があり、それが尽きればこの内部にもモンスターが発生する事が判明しました」

「うわぁ」

「なるほどー。落とされると、応援も何もないという事ですかー」

「そうですね。なので現在、必死の防衛戦闘を行っている、という状況です」


 カバーさんもだいぶ疲れがたまってるなこれ。まぁ特殊マップだ珍しい素材だ調べるぞーっと楽しみにしていたら、マナーの悪い一部の奴らのせいで、イベント自体が進行不可能になりかけたんだから仕方ないか。

 なお、その一部マナーの悪い奴らは既に『本の虫』名義で作られた「要注意人物リスト」に載せられている。その効力は、普通のクランなら速攻で追い出すか、あえて身内にとどめて厳重に動向を監視するレベルだ。

 まぁ制裁はちゃんと済んでいるようなので、そこはもういいとしよう。ぺふぺふと尻尾を動かしてルチルの背中を軽くたたく。……エルルならこれで細かいニュアンスまで通じるんだけどなぁ。


「んー……それならー、僕は防衛戦の補助に回りますー」

「ルチルさんの広域バフは非常に効果が高いですからね。大変ありがたいです」

「え、あー……っと、それなら、後方からちょいちょい魔法支援したらいいですかね?」

「ですねー。でも、無理はしないで下さいねー」

「来たばっかで追い出されるのは辛いんでしないっす!」


 フライリーさんは実に素直でよろしい。

 さて、それなら私はその間、大人しくこの司令部(仮)の片隅で隠れておこうかな。いつ気配を消す魔法が解けるか分からないし。

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