第99話 8枚目:特級火力

 まず使う属性を決めよう。これはまぁ、水だな。無だと威力が足り無さそうで、火や風だと周辺被害が大変な事になるだろうし、土だと後が大変そうだ。それに光とか闇とかだとまだ熟練度が足りないから、あんまり強いアビリティが使えない。

 ……「教本」が無いと上位のアビリティは覚えられないんじゃないかって? 【○○古代魔法】はエルルが教えてくれてる。そしてそれは、私の能力(ステータス)に合わせてだ。つまりそういう事である。

 あ、それと。中間属性っていうのは【○○属性魔法】だけみたいだ。何でって? 【○○古代魔法】だと、それっぽいアビリティが7つの属性の中に入ってるからだよ。


「キッ、キュッ、キュゥ!(で、決めてからのー、【結晶生成】!)」


 鎧かドレスを纏うように、【水古代魔法】のアビリティ、威力増幅系のそれを使って、全身に青い宝石を生やしていく。海が近い(=水属性のマナが豊富)だけあって、人魚族のところで青系の宝石はかなり食べられたからね。以前のイベント報酬に貰った分も合わせて、グラデーションや柄っぽさもばっちりだ。

 銀色の仔竜から青い仔竜にお色直ししたところで、基本的にずっとオフにしていた【吸収領域】と【王権領域】をオンにする。不可視の力場が広がって、これで周囲の魔力は私の支配下に置かれ、かつガンガン吸収するようになった筈だ。

 さらに倍率をドンするために【古式歌唱魔法】をメインに入れる。これを入れた状態で他の魔法スキルを使っても、威力の増幅は反映されるらしいんだ。その状態で自分へありったけのバフをかけた。


「キューゥ(そして仕上げっと)」


 最後にもう一度眼下の戦いの様子を確認し、インベントリからごろっと丸い宝石を取り出す。大きめのスーパーボウルぐらいの青い宝石、サファイアだ。

 味的には大変ジューシーながら後味がすっきりな、上等な梨か林檎と言ったところだろうか。それをもぐごっくんと食べて、準備完了。

 深呼吸を一つ。【古式歌唱魔法】と【古代言語】を強く意識しつつ、カンペのように出て来た【水古代魔法】の詠唱を、出来るだけ堂々と読み上げ始めた。


「[流れゆく形無きものに形を与える冷気よ

 動きという動きが消え去る静寂の朝を呼び起こせ

 流れという流れが白い衣に包まれ眠る静寂を招け

 陽が与える温もりすら忘れ去る白銀の世界を描け]」


 じっと眼下に、今も激しい戦闘が続いている海上に目を凝らす。この高さからでも良く見える、巨大な異形に目を凝らす。

 あれだ。あれだけだ。あれだけを貫くように。そう念じつつ、スキルを意識したまま読み上げ続ける。


「[命あるものも無きものも皆等しく

 白き衣で包み、水に形を与え、動きを消し去れ

 雨雪の後に訪れる静謐な夜に

 流れを用いて冷気が作る、限りなく透明な柱を以て──]」


 ここまで読み上げた所でアビリティ成立、体内にあった魔力がごっそり減ると同時に、纏っていた結晶という名の宝石が一つ残らず砕け散る。その分だけぶわりと周囲に放出された魔力は、糸巻に巻き取られる糸のように、細長い形へと凝縮された。

 出来上がったのは、長大極まる氷の槍。周囲にあった雲を、その発する冷気だけで雪へと変えて海へと落とすそれは、私の意思に従って狙いを定めた。現在位置はあの巨大な異形の真上。すなわち、そのまま真っすぐ、海に対して垂直に、だ。

 ところで今更ながら、「エルルの言う普通の言語」つまり「現在時空における古代語」すなわち【○○古代魔法】の言語は、どうやら、英語のようだ。


「[凍てつき縫い留めろ──アブソリュート・ゼロ・アイスピラー]!」


 絶対零度の氷柱って、そのままなんだよなー!

 というメタい感想はともかく、本物の氷柱が屋根から外れて落ちるように、長さ20mオーバーの巨大な槍は、最初はゆっくりと、しかし、その重量と高さで、あっという間に加速して落ちていった。

 真下に居るのは当然、あの巨大な異形だ。エルルは、多分、発動直前に魔力が膨れ上がったのでも察知したのだろう。注意を海面すれすれに引き付けて、そのまま一時離脱した。

 時間にすれば、たった十数秒だ。あくびをして目をこするぐらいの時間を、一欠残さず全て加速することに費やした氷の槍は、恐らく海上の船からでは、視認も難しい速度になっていたのだろう。



 ドッ、と鈍い音が響いて、次の瞬間。

 至近距離の落雷くらいに大きな、黒板をひっかいたような音が響き渡った。



「キュ……ッ!?(んな……っ!?)」


 あいにく私はこの音が大変苦手な部類に入る。ゲームシステム的にも何か効果があったのか、足場にしていた【風古代魔法】の空気の塊が消失した。即座に【浮遊】をメインに入れて事なきを得たが、何だ今の!?

 手で耳を抑えるにはちょっと長さが足りず、自分の耳がぺったんこになっているのを感じつつ、盛大に顔をしかめて思わず閉じてしまった目を開ける。

 ら。


「キューゥ。キュゥ?(わーぉ見事な串刺し。つーかはりつけ?)」


 詠唱が終わって出現した冷気の槍は、長さと重さはあっても太さは無かった。精々直径50㎝ある無しだろう。が、今あの巨大な異形を文字通り串刺しにしているのは、それこそエルルでも余裕をもって着地出来そうな幅を持つ巨大な氷の柱だ。

 で、恐らくあの槍は巨大な異形の下まで達したのだろう。ここまでで見えていた分よりずっと大きい、なんかこう、ぶよっとした肉を集めてひだ状にしたような、そんな部分が殻と触手の下に見えていたのだ。

 その下? 完全に凍り付いてるよ。というか、天辺から貫いた冷気の槍が氷になり、完全に貫いた先である足元に巨大な氷の塊が出来て、その浮力であの巨体が持ち上げられた感じか?


「キ、キュッ(うん、はりつけだな)」


 先程までの機敏な動きは見る影もない。というか、触手の根元が白く濁っているように見える辺り、もしや芯の部分は殆ど冷凍されているのでは? それで動くのだからやはりトンデモ生物(?)だな。

 という事は……あの、すごーく嫌な音はもしや、アレの悲鳴だったのか? うーん迷惑。というか害悪。


「キキューゥ(やっぱりここで徹底的に叩いて沈めておくべき)」


 散々苦労させられたうっぷん晴らし、とばかり、エルルを含む全力での攻撃に文字通り削られていく巨大な異形を見つつ、1人納得するのだった。

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