第94話 8枚目:兎の話
5分後。
『申し訳ない!!!』
『すまなかった』
ずどどどどど、と走って来た、大型犬サイズのクリーム色なアンゴラ兎、といった外見の兎さんが『やめんかー!!』と、しっぶいおじさまの声で一喝。何事、と思っている間に、のそのそとロップイヤーな黒兎さんが草むらから出て来た。
アンゴラ兎さんはそのまま黒兎さんの頭を抑え込み、まだホバリングして警戒中のエルルに対して良い声で勢いよく謝り、抑え込まれた黒兎さんも落ち着いた女性の声で淡々と……もとい、棒読みで謝って、現在である。
とりあえずホバリングし続けるのもあれなので、一旦着地。流石に空気を読んで静かに大人しくしている人間族パーティの人達を離した。
『いや、びっくりしたはしたけど、無事だからいいよ』
『ありがたい……!!』
『じゃあ手合わせ』
『やめんかぁっっ!!!』
……エルルが答えた途端に、ぴょこっと顔を上げる黒兎さん。そしてそれを即座にべしゃっと地面に押し付けるアンゴラ兎さん。うーんこの。ひしひしと感じる「第二候補」の類友感。
どうしてこうなった? と思いつつ、カナリア姿のルチルと共にエルルの鎧から顔を出した。
『やっほールシル。元気そうで良かった』
『ルシル先輩お久しぶりですー!』
『ん、主。ルチル。久しぶり』
声をかけると再びぴょこっと顔を上げるロップイヤーな黒兎さん。こと、ルナシール。やはり合っていたようだ。立派な戦闘狂になって……。
とか言っている間に【人化】するエルル。帽子の位置を直して、はーこれが、という声で言うには。
「なるほど確かに首狩り兎だな」
『クリティカル兎さんですぅー』
「いや首狩りだろ。往生際が悪いぞお嬢」
『クリティカルですぅー!』
まぁ、私の意見がルシル本人も含めて聞いて貰えないのは、まぁ、仕方ないとして。腑に落ちないけどして。仕切り直しだ。
アンゴラ兎さんは髪も目もクリーム色な、ダンディな男前さんに【人化】した。そして大体分かっていたが、魔兎族の族長さんだった。杖持ってるって事は、魔法系なのかこの人。兎だけど。
え、ルシル? あー……何て言うんだろう。こう……ラバースーツを忍者風に改造しました、みたいな……? そんな感じの、ぴっちり体に張り付く感じのつや消しな黒いスーツに、同じく体の線に沿う感じでベルトやポーチを着けてるような恰好だったよ。危険な色気満点の美人さんです。おっきいね。
「という事は、我々の様子を見るとともに、使徒生まれの彼女を迎えに来た、という事ですかな?」
「そうなるね。ダンジョンとやらが急増したってなると危ないだろうし、彼女が居れば大丈夫にしても、こっちも俺だけだと手が回らないから」
「ははぁ、成程。ありがたいことです」
族長さんとエルルの話はとんとんと進んでいっている。ルシルはルチルと一緒に私のブラッシング練習だ。んんん、ちょ、ちょっと違う、逆にかゆい。エルルってブラッシングめっちゃ上手かったんだね!
……漏れ聞こえる話からするに、ルシルは村全員の戦闘職と一度は戦っているようだ。族長さんなんか、魔法系なのに結構強いから何度も何度も暇さえあれば勝負を挑まれていたとか。
当然周囲に沸いた野良ダンジョンなんか格好の遊び場でしかない。出現する端から攻略していったってさ。もちろん魔兎族にも信じる神は居て、神殿があり、そこには試練ダンジョンがある訳なんだが……。
「最近は、試練に行くように言っても、文字通り数分もかからず出てきてまして……!!」
「……そりゃ頼もしい……」
そもそも、魔兎族自体が、戦闘力低めの種族だ。その平均値で試練は作られるから……戦闘特化、と言うべきスキル構成のルシルからすれば、精々準備運動にしかならないだろう。族長さんに泣きが入ってエルルの声が引き攣る訳だ。
そういう訳なので、族長さんを含めた魔兎族には、ルシルの旅立ちを反対する理由が無かった。むしろ歓迎する勢いだ。うーん完全に問題児扱い。
「ルシル先輩、そこは鱗と向きが違いますー!」
「……奥が深い」
ところでエルル、話し合いが上手く行ってるのは良いけどそろそろ助けて。ルチルと合わせてルシルの暇潰しなのは理解してるんだけど、鱗を逆さになでられるとぞわっとする!!
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