第233話 迷路館の戦い『虚空の者たち』
とてつもなく冷たく、黒い闇の波動をまといし仮面のその男が、ゆらりと動いた。
すると、その瞬間ー。
シュババァ……
「虚空一閃(こくういっせん)……。」
ヴァニタスがそうひとこと言うと、ズーグ族のネズミの魔人3匹の首が飛んだのだ……。
「ぎゃ……!?」
「ぎっ!?」
「ぎえ……!?」
口々に短い断末魔とともに、6匹の魔人のうち、ヨーセ、イェホーシュア、イェフーダーが息絶える。
「な……!? なんだと? どういうことだ……? 魔力が働いた形跡はなかったぞ……?」
ネズミ顔の族長ズーグレアが驚く。
そして、ズーグ族たちが防御の体勢を構える。
すると、ヴァニタスの背後から、4人の男女が現れた。
「我らが虚空のプロデューサーよ。獲物を独り占めはよくないですよ? せっかくですから、この切り裂きジャックにも獲物を残してくださいね?」
「そうそう……。いっつもヴァニタス様は一人でやっちゃうんだから……。」
そう、その中のひとりはあの『コショウ・ジャック』事件のときに青ひげとともに関わっていたジャック・ザ・リッパーだった。
もうひとりの女性は、恐ろしくプロポーションのいいセクシーさムンムンの魔族リリンだ。
リリンはユダヤ教における悪魔の一種で、伝承によれば、リリスが魔王サタンとの間に儲けた子供の悪魔達に名づけた名前である。
新生児を襲ったり、睡眠中の男性を誘惑し、夢精させるとも云われる夢魔なのだ。
そんなことを言っている間に、広間に一陣の風が吹き荒れた。
「竜巻呪文! 『ワルシャビャンカ(VARSHAVIANKA)』!!」
『暴虐の雲、光をおおい、敵の嵐は荒れくるう…、ひるまず進め、我らが友よ、敵の鉄鎖をうち砕け!』
スパスパスパァーーーンッ!
ズーグの魔人シェマーヤーが全身を切り裂かれて、散っていった……。
そこに立っていたのは風の魔王パズズだ。
パズズはライオンの頭と腕、ワシの脚、背中に4枚の鳥の翼とサソリの尾、さらにはヘビの男根を隠し持つ古代メソポタミアの悪霊の王である。
風と熱風を操り、その力で旱魃をもたらし飢えで人々を苦しめるという。
またパズズが操る熱風には熱病の原因となる毒(=病原菌)が含まれており、人はおろか畜獣さえ病死させてしまうほどだとされる。
風とともに熱病をもたらすことから、アッカド人に恐れられていたのだ。
「こ……、こいつ! いつの間に……!? よくも、シャマーヤーを!!」
そう言ってズーグのヒレルがパズズに襲いかかろうとした……。
だが、その瞬間ー。
ズパパパパァーーーン!
ヒレルが一瞬で切り刻まれたのだ。
「ほーっほっほ……。ユダの大敵でずぞ? パズズ殿……。」
そう言って、サーベルを舐めるようにして現れたのが、全身黒タイツの男だった。
「むぅ……。黒タイツ紳士か……。貴様の手を借りずとも、俺の間合いに入ってきたら、俺の熱風によって返り討ちにしてやっていたがな……?」
パズズも言い返す。
黒タイツ紳士が奇妙な動きで、ヴァニタスのもとへ駆け寄る。
「ヴァニタス様。むっふっふ……。この黒タイツ、お役に立てましたか!?」
「あーあー。わかったよ。暑苦しいから近寄ってくるな。」
「そ……、そんなぁ……。」
それを見ていた魔人シャンマイが、呪文を唱える!
シャンマイは仰向けに倒れ、パニックを起こして震えるような咆吼をあげた。
さきほどまでのはためくような声とはまったく異なるものだった。
「むすんで ひらいて、手をうって、むすんでまたひらいて、手をうって、その手を上に!!」
すると、周囲が轟音とともにものすごい衝撃の爆発に巻き込まれたのだ……。
レベル4の爆裂呪文『むすんでひらいて』を地面を背後に唱えたのは、周囲の敵全体を爆裂に巻き込みたかったのであろう。
だが、その爆裂の衝撃からヴァニタスたちを完全に守った者がいた。
リリンだ。
リリンはみんなの前に飛び出し、土魔法。防壁呪文『箱根八里』を唱えたのだ。
『箱根の山は、天下の嶮(けん)、函谷關(かんこくかん)も ものならず、萬丈(ばんじょう)の山、千仞(せんじん)の谷、前に聳(そび)え、後方(しりへ)にささふ、雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす、昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木、羊腸(ようちょう)の小徑(しょうけい)は苔(こけ)滑らか、一夫關に当たるや、萬夫も開くなし、天下に旅する剛氣の武士(もののふ)、大刀腰に足駄がけ、八里の碞根(いはね)踏みならす、かくこそありしか、往時の武士!!』
みるみる前方から土壁が出現し、呪文を唱えている間、その防御力と強度と高さを増し続けて、爆裂の衝撃から完全に守りきったのだ。
そこへすかさず、ジャック・ザ・リッパーが追い打ちをかけた。
『ダンカングレイ! カムヒアトゥ・ウー! ハ! ハ! ザ・ウーインゴット!』
ジャックの武器召喚の呪文『ダンカングレイ』により、大量の武器が召喚され、ナイフや剣が雨あられのごとく、シャンマイに襲いかかったのだ。
「ぐぁっ!!」
大呪文を唱えた瞬間を狙われ、シャンマイはずたずたに切り裂かれ、血を撒き散らして息絶えた。
「ぐぬぬぬ……! 貴様ら……、いったい、何者じゃ!?」
あっという間に配下の6人の魔人たちを失った族長ズーグレアが叫ぶ。
「それを知ってどうする……? 死にゆくものが聞いてなにか意味があるのか?」
ヴァニタスが恐ろしく冷徹な声でささやくようにズーグレアに問いかけた。
「な……!? なぁあ……めぇるぅううなぁあああーーーっ!!」
ズーグレアが、一本だけ生えている病んだ月樹の樹液を発行させたものを酒として飲みほし、その身体に魔力を行き渡らせ巨大化したのだ。
そのままその巨体から繰り出す、魔拳でヴァニタスに襲いかかる……。
「ヴァニタス様!」
「ふ……。」
「笑止よ。」
「むっふぅ♪」
ヴァニタスは微動だにせず、その拳を片手で受け止めたのだ。
ズーグレア渾身の一撃は、ヴァニタスの片手との間になにか見えない壁でもあるかのように遮られ、止められたのだった。
「ふふふ……。貴様は…思い知るがいい……。このヴァニタスの真の能力は……まさに!この世界を支配する能力だということを!!」
ヴァニタスがそう言った次の瞬間ー。
ドグシャ……!!
血が周囲に飛び散り、ズーグレアはグシャグシャに潰れていたのだ!
断末魔の叫びを上げる暇もなく……。
瞬間的にズーグレアの身体は潰れていたのだった。
そして、その返り血を一滴も浴びることなく、ヴァニタスは立っていた。
「さっすが! ヴァニタス様! ステキですぅ!!」
「いつもながら圧倒的なそのパワー……。虚空の創始者に相応しいですなぁ。」
「ヴァニタス様のお手を煩わせるとは……。まだまだこのパズズの未熟さよ。」
「むっふぅ♡ ステキだわね。この黒タイツ……、ますます惚れちゃいます!」
ヴァニタスの虚空の従者たちが口々に称賛する。
「聖人の名を名乗るなど……、この世界を滅亡に導くつもりかって話だわな。」
「まさにまさに……、ヴァニタス様のおっしゃるとおり。」
「古のアヤツラを……、またこの世界に呼び寄せることにでもなったら……。」
「また、全面戦争になるな……、それは。」
「危険分子は早いうちに芽を摘まねばならぬ……。」
ヴァニタスはそう言うが早いか、その手をかざす。
「虚空ゲート……!!」
すると、ヴァニタスの前方の空間が歪み、異空間につながる門が開いたのだ。
「行くぞ!」
「「ははっ!!」」
彼らが去った後には、ズーグ族たちの哀れな亡骸が残されたままになっていたのであった……。
~続く~
©「ワルシャワ労働歌VARSHAVIANKA」(作詞:ヴァツワフ・シフィエンチツキ/作曲:グルジシャノフスキー/ロシア語訳詞:KRZHIZHANOVSKIJ GLEB MAKSIMILIANOVICH/日本語訳詞:鹿地亘)
©「むすんでひらいて」(曲/ルソー 詞/作詞者不詳)
©「箱根八里」(曲/滝廉太郎 詞/鳥井忱)
©「ダンカングレイ」(曲/スコットランド民謡 詞/スコットランド民謡)
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