第165話 吸血鬼殲滅戦・序『吸血鬼軍・集結』
ヴァンパイアの支配する国、それが『ラグナグ王国』……、通称『不死国』は巨大な火山、死の火山のすそ野に広がる火山性の大地に存在する。
その『不死国』の首都である『死者をよみがえらす都・グラブドブドリブ』のほぼ中央にそびえ立つ『悪魔城』。
城の王の間に、この国の支配者である吸血鬼の真祖ヴァン・パイア・シンが座していた。
不死者の吹き溜まりとも言われるこの国は、数多の役に立たなくなった不死者、いわゆる不死人間ストラルドブラグたちや国外追放となった者たちが流入してきたことにより人口過多になって来ていたのだ。
だが、そんな膨れ上がる吸血民たちを束ね、最恐の軍隊を作り上げたヴァンパイアの真祖の王が、ヴァン・パイア・シンである。
この日は集まった数百万の群衆の前で、よく通るその声で演説をしていたのだ。
「恐れるな……。しもべ達よ……。余はかのアスクレーピオスの遺志を継ぐもの! すべての者の『死』を司り、すべての者の『死』を与えし者……。」
「パイア陛下! 万歳!」
「ヴァンパイア! 万歳!」
「相変わらずお美しい!」
「惚れた!」
『悪魔城』の眼下の街に集まった不死者の群衆が狂喜乱舞する。
吸血時の真祖王であるパイアが国民の前に姿を現したからだ。
この国の民は全ての者がその血の濃い薄いはあるもののヴァンパイアの血を与えられた血族なのだ。
城の中に戻り、王の間に戻ってきたパイアのすぐ傍に駆け寄り、耳打ちをするものがいる。
ほぼ人間と同じ大きさで、人間に似た腕と肩、太い腹と足、先がラッパ状に広がった長い鼻、水掻き状で触手のついた大きな耳、水晶に似た半透明の牙を持ち、象の顔をした屈強な男である。
「ぬぅ? チャウグナル・ファウグンよ。いよいよ我が王国に『法国』『エルフ国』が侵略してきたと言うのか?」
「はい。女王陛下。ワレの下僕である『血の教団』からの報告によればそのようでございます。」
「女王と呼ぶなと言っただろ? 男とか女とか関係ないんだよ?」
「は! 失礼しました。パイア陛下。」
「パイア陛下。我が『ラグナグ王国』の軍勢、すべて戦争準備が整っております!」
立派な牡鹿の角を備え蛇を巻きつけた姿の獣人ケルヌンノスが王に声をかける。
「ふっふっふ……。余の無敵の吸血軍『不死隊』に栄光あれ!」
「第一軍隊長・ドラキュラ伯爵!」
「は! 陛下! ここに!」
吸血鬼軍・第一軍は軍隊長ヴラド・ツェペシュ・ドラキュラ伯爵が率いる吸血鬼のエリートたちの軍である。
最も広大な領地を支配し伯爵は吸血鬼の名門閥である。
悪魔公と言われた龍人ヴラド・ドラクルや、『9の殺人者』ノインテーターらを擁する。
「第二軍隊長・レイ元帥!」
「ははっ! 陛下! ここにおりまする!」
吸血鬼軍・第二軍は軍隊長であるジル・ド・レイ元帥が率いる吸血鬼の主攻の軍である。
錬金術にのめり込み数百から千人もの少年を捉え虐殺や拷問を行った狂いし英雄が率いる第二軍は無敵の吸血部隊の名を欲しいままにしている。
魔術師プレラーティや黒狼クドラクらを擁する。
「第三軍隊長・エリザベート伯爵夫人!」
「あいあい! 陛下! ここにいますえ!」
吸血鬼軍・第三軍は軍隊長であるエリザベート・バートリ伯爵夫人が率いる吸血鬼の独立軍である。
自身の美貌を保つため若い娘の生き血の風呂に浸り、数百人の領内の娘や貴族の娘などを拷問や残虐な方法で殺害したりしている悪名高き『血の伯爵夫人』の軍である。
サディストの魔女ダリヤ・サルトゥイコヴァや、肉体を持たない霊的な吸血鬼ルガト・ククチ、人食い吸血鬼一族ソニービーン一族らを擁する。
「第四軍隊長・黒き母カーリー!」
「はぁい! 陛下! ここに!」
吸血鬼軍・第四軍は殺戮と破壊の鬼女、軍隊長カーリーが率いる吸血鬼の防衛の軍である。
防衛の要、海の支配を担うカーリーは、やはり吸血鬼の名門閥である。
二枚の大きな翼を持つチョンチョニーや、正体不明の怪物チュパカブラらを擁する。
「第五軍隊長・ピグチェン竜公!」
「はいよぉ! 陛下! ここにっ!」
そして吸血鬼軍・第五軍は、毛に覆われた有翼のドラゴン、ピグチェン軍隊長が率いる吸血鬼の空軍である。
空を飛ぶ能力のある者で固められ、遊撃・陽動・切込み部隊と幅広い軍務を執り行う。
人間の顔をした巨大コウモリ・ウプイリ、鳥の姿になる女性の吸血鬼ブルーハ、フクロウの羽をもった赤子シチシガらを擁する。
「そして、我が近衛軍長・獣王ケルヌンノス!」
「はっ! 陛下! お傍に!」
さらに、ヴァン・パイア真祖王直下の近衛軍が存在する。
真祖王直属の部隊であり、王の忠実なる親衛隊である。
特に複雑怪奇な姿をしているラーン・テゴス、吸血の象神チャウグナル・ファウグンらを擁する。
今までの歴史において『不死国』は国境付近での小競り合いや、単独の吸血鬼の国外での戦闘はあったが、国境ラインを越えての大規模な軍事行動は皆無であった。
だが、ここにきて彼らは国家の存亡を賭けて、戦線を拡大してきたのである。
鎖国を続けてきたかの『不死国』のこの行動は、食料不足が主な原因であろう。
……というのも、世界国家の殆どが同族喰いや、共食い、または超英雄族や妖精族などいわゆる人間種の殺戮を禁じているからである。
「よくぞ、集まってくれた。我が栄光の軍隊長たちよ。そなたらも聞き及んでいようが、『法国』と『エルフ国』の悪しき者どもが我が国へ攻め入ってきておる。」
「は! 聞いております!」
ここでヴァン・パイア真祖王がみなを見渡した。
「ヤツラは勘違いをしている。我らが『悪』と決めつけておるのだ。たかが食文化の違いであろう? 我らが卑下される筋合いはどこにもない!」
「仰せの通り!」
「我らこそ『是』であり、ヤツラこそ『否』ということを教えねばならぬ!」
「まさにまさに!」
「喰らい尽くしてやろうぞ! ヤツラの血のワインで祝杯をあげようぞ!」
「我らが陛下とともに!」
「陛下に忠誠を!」
吸血鬼たちはその牙を光らせ、歓喜した。
血に飢えた彼らに縛りはなくなり、世に解き放たれたのだ。
また、それは彼らを追い詰めた側にもその原因があり、こうなることは避けられぬ運命であったのだ。
「すでに我が第五葷のブルーハ、ベナンラガンらが『ジュラシック・シティ』を陥落せし!」
「これはピグチェン竜公。疾風迅雷の如しであるな。」
「ほほぉ? さすがはピグチェン軍隊長ですねぇ? あ! 妾の先遣隊が『ウシュマル』に人間牧場を開拓しておりますゆえ、血の補給はお任せあれ。」
「エリザベートよ。素晴らしい功績であるぞ!」
「はい。お褒めに預かり光栄に存じますわ。ついでに……、青ひげ男爵にケルラウグ川に拠点を作らせましてございます。ここを橋頭堡として、『チチェン・イッツァ』、『トゥラン』へと侵攻を進めてまいりますわ。」
「うむ。任せたぞ。レイ元帥! エリザベートの先遣隊と合流し、速やかに戦線を拡大してまいれ!」
「心得ました。我が軍が南方の『エルフ国』の都市を根絶やしにしてみせましょう!」
「その働きに期待しておるぞ!」
「では、わたくしはこの首都の防衛と北方の『龍国』の監視をいたしますわ!」
「そうだな。カーリー。頼んだぞ!」
「では、我々は大いに領地の地固めを行いましょう。ほぼすでに手中に収めたメメント森を確実に我が支配下に置いて参りましょう!」
「ふむ。ドラキュラ伯爵。レイ元帥の第二軍とエリザベートの第三軍の後衛からの援護も同時に抜かりなくな?」
「ふっふっふ……。陛下。ご心配なく。」
こうして、AA暦3996年、『ラグナグ王国』は『エルフ国』へ大侵攻を開始した。
すでに『エルフ国』のメメント森一帯は『ラグナグ王国』の占領下に押さえられ、ケルラウグ川を越えた戦線へと戦火は拡大しつつあったのだー。
~続く~
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