第159話 吸血鬼殲滅戦・序『逃げの一手』


 「アイ! なにかいい手はないか!?」


 「回答します。マスターだけならば、問題なくお逃げいただけます……。」


 「アイ……。わかっているだろう?」


 「イエス……。マイ・マスター。ヘルシングさんたちと共にとなると、推定確率58%ですがみなで逃げのびる手段がございます。」


 「よし! アイ。それで行こう!」


 「了解しました。」




 アイの分体のミニ・アイがヘルシングさんに言う。


 「ヘルシングさんにお願いがあります。昨日お見せいただいたあの剣の技『サン・マリノ』で前方の敵を足止めしていただきたいのです。」


 「なるほど! 心得た!」




 ヘルシングさんはアイの急な指示にも何のためらいもなく恭順の意を示した。


 普通に考えると、Sランクの冒険者であり、歴戦の戦士でもあるヘルシングさんが作戦の意図を聞いてきたり、なにか反発してもおかしくはない。


 それなのに、ヘルシングさんは二つ返事で引き受けたのだ。


 やはり、すごい人だ……。




 アイの超演算能力を見抜いているのだろうか。


 それとも、直感で従ったほうがいいとわかっているのか……。


 いずれにしても、この状況下で瞬時に判断し、実行するって、なかなかできることじゃあないと思う。




 「聖なる結界の剣・『サン・マリノ』っ!!」


 ヘルシングさんが逃げるオレたちの前方周囲一帯にぐるりと弧を描く剣閃を飛ばす!




 斬撃がまるで光の壁を生み出したかのように、地面を切り裂き、そこから上空へ向かって光が差す。


 前方から迫ってきた『ディノ・ドラグーン』の一部はその光の壁に触れ、蒸発するように切り刻まれ、消え去った。



 「……っぎゃおす!」


 「プッシャオォオオ……!」


 「めぎゃっ……っすっ!」




 「さすがです! ヘルシングさん!」


 「マスター! みなさん! 後方へ下がってください!」


 「ジン様! 下がるである!」


 「ジン様! 下がるのだ!」


 アイもイシカもホノリもオレを一番に守ろうとする。




 「アイ! これからどうするんだ!?」


 「来た道を引き返します! オオムカデ爺やと合流次第、川の向こうに引き返すのです!」


 「そうか! わかった! 急ごう!」


 「ジンさん! またレベル3強化魔法『きたえる足』を全員にかけます!」


 『大空晴れて深みどり、心はひとつ、日はうらら、足並みそろえ、ぐんぐん歩け、みんな元気できたえる足だ!!』



 また、ミナさんが呪文を唱え、オレたちの足が軽くなって、勢いよく速く走れるようになった。


 オレたちは急いで、もと来た道を引き返す。





 前方の『ディノ・ドラグーン』は、ヘルシングさんの結界の剣で足止めを食らっている。


 だが、その結界を越えてくる者が一定数、見えた。



 「この程度の鎖で我を縛れるかぁーーーっ!」


 吠え狂い、それをいち早く越えてきたのは先ほどのシアッツだ。


 恐竜だな。まるで。


 そう言えば、シアッツという恐竜がいた。


 9800万年前に生息した巨大な肉食恐竜で、ユタ州東部で発見され、シアッツ・ミーケロルム(Siats meekerorum)と名づけられた恐竜は、これまで知られていなかったが、北アメリカのティラノサウルスが台頭するはるか以前に君臨した肉食恐竜の“王者”だ。


 この二足歩行の肉食恐竜は、体重が4トン超、体長は9メートルほどあったと言われていたが、まさに巨大な肉食恐竜の姿そのものだ。


 恐竜のシアッツという“ファーストネーム”(属名)は、優れた捕食者というところから名付けたものだという。


 シアッツは、ユタ州の先住民ユト族の伝説に登場する大食いの怪物の名なのだ。



 その名前を冠し、その姿を体現したヤツもおそらくは強者……。


 追いつかれないようにオレたちは必死で南へ逃れた。




 (アイ! しかし、こっちの方からも『人ごろし城』の追手が迫ってきているのではないか?)


 (イエス! マスター! 確かに彼らはこちらに迫ってきてはいますが、ワタクシたちの足跡を追ってきているようです。今、ワタクシたちは川沿いを南下しています。ゆえに、接触することを少しの時間、先延ばしにできるでしょう。その間にオオムカデ爺やに連絡しているので、合流できれば……、推定確率82%で逃走可能と判断いたします。)


 (なるほど! しかし、さっきは推定確率58%って言ってたんじゃあないか? 今は82%に……。その差異はいったいどこにあるんだ!?)


 (はい。オオムカデ爺やと上手く合流でき得るか……。そこの調整が難しいのです。)


 (爺や! 無事でいろよっ!)




 そうか……! 爺やはオレたちをこちら岸に運ぶために魔力を使い果たしたんだ。


 だから、今、アイから呼びかけて、こちらに向かってはいるが、いかんせん魔力不足だということか……。


 川を渡ったことが裏目に出たというわけか。




 8千もの牛のような角を持った集団がオレたちの行く方向から迫ってきている。


 それを上手く躱しながら、オオムカデ爺やと接触し、アイの言うように川を越えるしかない……。


 だが、川を越える手段があるのかと言えば、オレには思いつかないが、アイが言うんだ。


 間違いないと思う。




 「マスター! あと2分でコタンコロがヒルコとワタクシの本体とともにここへ到着します!」


 「おお! そうか! コタンコロが来れば川を渡れるな!」


 「イエス! マスター!」



 なるほどな。遠く離れた『霧越楼閣』からでも、アイ本体とヒルコを乗せたコタンコロが第二宇宙速度になるかという超スピードで一気に飛んでくるのだ。


 速度による熱の壁はマッハ3付近であり、第二宇宙速度はその熱の壁をはるかに超える速度であるが、超進化による生体戦闘機と化しているコタンコロも、超ナノテクマシンでガードしているアイやヒルコもこの超高温の世界に余裕で耐えられるのだ。


 約2.5ドラゴンボイス(約4000km)はあるだろう距離だ。


 ここまで到着するのに約6分かかるだろう……。


 だが、アイはすでに呼び寄せていたというのだ。あと2分耐えることができれば合流できるのだ。




 しかし、その瞬間、森林の中から牛のような角を持った集団が姿を見せたのだ。


 その先頭の牛らしき怪物は青銅のような皮膚を持ち、大地を揺るがす雷鳴のような咆哮を上げた。



 「グォロロログゥオオオオオーーーーンッ!!」



 「あれは怪牛の魔物ストーンカです!」


 「ジョナサンさん! 知っているんですか!?」


 「ええ。雷雲の化身とも呼ばれる不死身の魔牛です!」


 「それはヤバいやつだな……。」




 また、オレたちの背後からも恐竜騎兵隊『ディノ・ドラグーン』が追いついてきた。


 森林のほうからもおそらくは別働隊であろう軍隊がさらに姿を現した。


 そいつも牛のような角を持った恐竜だ。


 さらにもう一団、こちらも別働隊で回り込んで近づいてきていたらしい。





 「吾輩は、凶暴種『十の災い』が弐の竜カルノタウルスだ!」


 「俺様は、凶暴種『十の災い』が参の竜タルボサウルスだぁーっはっはっはぁっ!!」



 (マスター。カルノタウルスは、全長は1.5ドラゴンフィート(約7.5m)、体重は推定2.1tと推定されます。)


 カルのタウロスは目の上に大きめの円錐状の角を持っていて、恐ろしい叫び声で声で咆哮している。



 (タルボサウルスのほうは、全長2ドラゴンフィート(約10m)、体重は5tと推定されます。)


 タルボサウルスは巨大な二足歩行の捕食動物であり、60本もの歯が生えていた。下顎には独特の固定機構があるようだ。




 「イシカ! ホノリ! 時間を稼いでください!」


 「おお! 了解であるゾ!」


 「あい! 了解なのだ!」



 アイの指示で、イシカとホノリが戦闘態勢に入り、恐竜騎兵隊『ディノ・ドラグーン』のほうへ走っていく。



 「オレたちも参加するぜ! ジン殿!」


 「ええ。ヘルシングさん! やりますか!」


 「ジョナサン! 気をつけてね。まあ、私がついてるから安心していいわよ?」




 ヘルシングさんがそう言って背中の大剣を抜く。


 ジョナサンさんとミナさんも剣を構える。





 「爺やと合流するまで、オレたちもやるか!? アイ!」


 「イエス! マスター! すべてはマスターの御心のままに!」





 三方から敵に囲まれ、しかも背後は荒れ狂う川だという、まさに背水の陣で、あと2分弱、時間を稼ぎ耐えきるしかない。


 やってやる!



 オレは意を決して、アダマンタイトソードを抜いたのだったー。




~続く~


©「きたえる足」(作詞:片桐 顕智/作曲:成田 為三)


※第二宇宙速度とは、地球の重力を振り切るために必要な、地表における初速度である。 約 11.2 km/s(40,300 km/h)で、第一宇宙速度の √2 倍である。

地球から打ち上げる宇宙機を、深宇宙探査機などのように太陽を回る人工惑星にするためには第二宇宙速度が必要である。

速度による熱の壁はマッハ3付近であり、第二宇宙速度はその熱の壁をはるかに超える速度である。



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