第130話 吸血鬼の陰謀『哀しき少女霊たち』


 今、オレたちは明らかに敵に押されていた。


 中央のオレとアイの目の前には『ロンドンの吸血鬼』ことヘイグがいる。こいつは強敵だ。


 オレたちの右側はジョナサンさんとミナさんたちが吸血監視員と『デュッセルドルフの吸血鬼』ことハールマンと対峙している。


 ヘルシングさんは、後方に下がったジャックを追って前へ出ている。




 キュルテンと相対しているジロキチが押されていて、サルワタリ、サルガタナスさんのほうへ迫ってきていた。


 しかも、キュルテンの9人の少女霊たちが強力な怨霊となっていて、ジロキチの手に負えないようだったのだ。



 「ジロキチーーーっ!」


 オレは思わず叫んだ。この世界で蘇ってから一緒に旅をした仲間……。


 そんなジロキチが命の危機なのだ。




 「助けには行かせないぞ?」


 しかし目の前のジョン・ヘイグが強化酸呪文『ディープリバー』をまたまた唱えてきた。


 『深い川よ、私の故郷はヨルダンのかなたにある。深い川よ、私はお前を越えて、仲間たちの元へと帰りたい。おお、お前もあの福音の宴に行ってみたいとは思わないか? そこでは、すべてのものが平和であることが約束されているという……。』


 ヘイグが呪文を唱えると、またたく間に瓶の液体が溢れ出してくる!




 「強酸攻撃『アシッド・デフュージョン』だっ!!」



 ジュワジュワジュワアアワワワーーーッ!



 恐ろしい強酸が大量にオレたちのほうへ降り注いでくる。


 アイも少しでも防御を薄くすると、オレに被害が及ぶかもしれないと考えているのだろう。


 防御の超ナノテクマシンをジロキチたちのほうへ振り分けることが難しいようだ。




 「イシカ! ホノリ!」


 オレは大声で叫んだ!



 「「了解っ!! である! なのだ!」」


 二人は同時に叫び、超速で後方の少女霊たちに拳と蹴りをふたたび繰り出す。



 が、しかし、やはりその攻撃はむなしくすりぬけてしまう。


 霊体の存在を断ち切るような攻撃でなければ効かないのだ。




 少女霊たちは9体が空中から回転をしながら、ジロキチに向かって急降下してきた。


 「わたぁしぃ……たちとともにぃいいいーーーっ!」


 「逝くのよっ!!」


 「この苦しみを……おまえたちぃも!」


 「味わいなさいぃいいい!」


 「ひえええーーーっ! かんにんしてぇなーーっ!」


 「くくっ……。拙者のチカラ及ばず……。」




 イシカがロケットナックルを放つ!


 が、間に合わない……し、届いても物理攻撃は効かない……。



 「ジロキチぃ!」



 く……。アーリくん、ジュニアくん、すまない! 守りきれない!




 『君の窓を開けて、恋人よ、ぼくのことを聴いて! 冷たくて心地よいそよ風は海から吹いてくる! 月は女王様みたいに青の王国を練り歩き、そして星たちは天上から君を見守り寝ずの番をしている。朝の輝く光が丘の上を照らし出す前に海の向こうに行こう 遠く 遠くに! だから窓を開けて 恋人よ聴いてくれ!』


 誰かが何かの呪文を唱えた!


 少女霊たちの呪文か……。また魔法か!?




 少女たちの首だけが胴の部分から抜け落ち、急旋回して螺旋を描き、ジロキチを取り巻き……。



 グァシャシャシャキュィィイイイーーーィ……



 この世のものと思えない音が鳴り響いたのだ。




 少女霊たちがお互いを喰らい合っていた。


 血だらけの歪んだ顔が、血に飢えた鬼のような顔で、お互いに食らいついていたのだ。



 「あれ……? エモノはどこに……?」


 「こんな……まずいっ!!」


 「ぺっぺっ……!」



 「なんだとぉ!? 俺様の少女たちのあの攻撃をかわした……? 信じられん!」


 キュルテンがその醜い顔をなおいっそう醜く歪め、地団駄を踏んでいる。




 いったい……。なにが起きたんだ?


 ジロキチはどこへ消えたんだ?


 サルワタリもサルガタナスさんもいない??




 「ふぅぅ……。危なかったですわねぇ?」


 オレの背後から声が聞こえた。



 「サルガタナスさん!? それにジロキチ! サルワタリも!」


 なんとオレたちの後ろにいたのはたった今、少女霊たちの攻撃をされたはずのジロキチたちだったのだ。




 「どうやって逃げられたのですか?」


 オレは疑問に思ったことを聞く。



 「はい。転移呪文『恋人よ窓を開け』を使いましたのよ?」


 と、サルガタナスさんは軽く言ったのだった。




 (マスター。あの『赤の盗賊団』の戦いの際、レッド・マントが使用した魔法と同じものと推測されます。)


 (転移呪文か……。空間転移ができるんだったな。)


 (はい。なんの準備もなく空間と空間をつなぐのは、かなりの技術が必要です。)


 (なるほど。それを可能にするのが……。)


 (イエス。『魔力』かと。)



 まぁーた、魔力か。


 しかし、今回はそれで助かった。


 空間転移の呪文か。便利だな、それは。




 「しかし、サルガタナスさん。魔法使えたんですね!?」


 「ええ。まあ、少々ですけどね。」


 「さすがは『ヤプー』随一の諜報部員でんなぁ!」


 サルワタリもうんうんと頷いている……。


 いや、君はなにも役に立っていなかったけどね。




 キュルテンが少女霊たちを自身の周囲に呼び寄せた。


 「貴様ら! 死んでも役に立たないゴミどもが!」



 「きゃぁああ……。」


 「許してくださぃ……。」


 「く……苦しい……。」



 少女霊たちが苦しみだす。


 キュルテンが魔力で少女たちの縛りを強化したようだ。




 「やめろー! 死んだ彼女たちにそれ以上、苦しみを与えるのはよせ!」


 見ていられなくなったオレは思わず叫んだ。


 生きているうちに理不尽に命を奪われ、死後も拘束され続けるだなんて……、酷すぎる!




 オレたちの前にいたヘイグが言う。


 「なぁ? あいつは悪趣味なんだよ。その点俺は殺した相手はこの世に何一つ残したりしない……。行儀が良いだろう?」



 薬品の入った瓶をふたたび構えた。


 なんとか強酸の攻撃を阻止しないとこちらも身動きができない。


 やはりこのヘイグがやっかいだな。



 ****





 「オララーーッ!!」



 大剣を薙ぎ払うかのように振るうヘルシングさん。


 それをしゃがみつつ躱しながら、反撃に出るジャック。


 ジャックがメスを大量に投げつけてきた。



 「怒涛のメスの祭典! 喰らえ!」


 『ダンカングレイ! カムヒアトゥ・ウー! ハ! ハ! ザ・ウーインゴット!』






 そして、呪文を唱えるとその手元に大量のメスがふたたび充填された!



 「む……!? 武器召喚魔法か! やっかいな!」


 ヘルシングさんがその大量に飛んでくるメスをその大剣を盾代わりにして受ける。





 キンキンキンキンッ!!



 「こちらからもこれをお見舞いしてやろう!」



 そう言って、ヘルシングさんがボウガンに矢をじゃらっと数十本同時につがえた。




 「秘技! 五月雨撃ちだっ!!」



 ボウガンの矢が流星のように解き放たれ、ジャックのほうへ発射された。




 それをジャックがメスを投げつけ応戦する!



 カキカキカキカキィーーーーン……




 「ふぅ……。やはり噂に名高い吸血鬼ハンター・ヘルシング……。なかなかに手強い……。」


 「ふん! 貴様……。ジャック・ザ・リッパーとか言ったな? 最近、吸血鬼になったのか? こんなヤツがいたとはな……。」



 こうして二人はまた睨み合い、相手の様子を伺う。



~続く~


©「恋人よ窓を開け」(曲/フォスター 詞/モリス)

©「ダンカングレイ」(曲/スコットランド民謡 詞/スコットランド民謡)




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