第85話 クエストを受けよう! 『スワンプマンが夢の跡』
『円柱都市イラム』の『黒猫館』に帰るオレたち。
もちろん、あの後、アーリくんとオリンを連れて、門に向かったんだよ。
置いていくわけないよ……。そりゃ。
だが、街へ入ったところで、何か騒ぎが起きていることに気づいた。
あちこちで悲鳴だとか、泣き声が聞こえてくる。
いったい、何が起きているんだ!?
「パパ―!!」
「ママぁーーーっ!! うわぁーーーん!」
「あ……あたしの主人がぁ!!」
なんだなんだ!?
何が起きてるんだ!?
「マスター! 街の住人になりすましていたスワンプマンが元の泥に戻ったようです!」
「なんだって!?」
「おそらく、ナナポーゾの魔法が解けたのだと推測いたします!」
そ……そうか! ナナポーゾが今まで不完全な泥人形に命を吹き込む魔法で『疑似生命体』を作っていたのを、解除したから……。
泥人形たちが元の泥の塊に返ったというわけか……。
しかし、それにしても、こんなにも街の住人になりすましていただなんて……!
「うわぁーーん。父さんが! 急に崩れて死んでしまったよーーー!」
「わたしのだんなが! 急に溶けて……!!」
「ママが! ママが! 死んじゃったよ―!!」
しかし、これは悲惨だな……。
オレはバロン男爵の農園の事件を解決したことを、後悔しはじめていた。
こんな結果になるだなんて……!?
「マスター……。仕方がなかったのです。これは予想できませんでした。」
「あ……。ああ。だけど……。」
「ジン様……。僕は何もしてなかったけど……。ジン様のやったことは間違いじゃありませんよ。」
「アーリくん……。」
「そのとおりです。ジン様。あのままナナポーゾを放置していたなら、この程度では済まなかったでしょう……。」
「オリン……。そう……だね。」
この街に帰ってきたときの意気揚々とした気分は消え失せ、意気消沈した気分でオレは『黒猫館』への帰路についた。
とぼとぼと足取り重く、居住区への橋を渡る。
『黒猫館』への道の途中、犬の獣人、コボルトの赤岩さんの家の前を通りかかった。
少し前に、金貨の入った巾着袋を落としたところを、届けてあげた家だ。
たしか、角太郎という子供がいたはず。
そのとき、家の中から、子供のすすり泣く声が聞こえてきたのだ。
ま……まさか!?
嫌な予感がし、オレの脳裏には悪いイメージが思い起こされる。
思わず、オレは家の扉を開けて、中の様子をのぞいた。
そこには、地面にひれ伏すようにしゃがみこんでいる赤岩さんの奥さんの正香さんと、その横で呆然と立ちつくしている角太郎の姿があった。
その地面には……、あの農園の北の沼地で見たような泥のかたまりが広がっていたのだ。
「角太郎!! 正香さん!!」
オレは何があった? とか、どうした? とかそんな言葉を続けて言うことはできなかった。
ああ。赤岩さんはスワンプマンだったのだ。
いったい、いつからすり替わっていたかはわからないが、スワンプマンだったから、魔法が解け、崩れ落ちてしまったのだ。
「ああ! ジン兄ちゃん! 父ちゃんが! 父ちゃんが! いきなり溶けてしまったんだよー! うわぁーーん!!」
角太郎はそう叫んで泣き出してしまった。
大声で、今まではショックで声も出なかったようだ。
「ジン様……。うちのだんなが……。急に崩れて……。死んじゃったの……。死んでしまったのぉ!!」
正香さんも、すすり泣いていたところ、オレたちの姿を見て、堰を切ったかのように泣き叫んだ。
「スワンプマン……という魔法で動く泥人形が、赤岩さんになりすましていたんだ……。その魔法が解けたから、元の泥人形に戻ったんだ……。」
オレはそう説明をした。
「マスターの言うとおりです。その犯人が捕まったことで、魔法も解けたということです。」
アイも捕捉してくれた。
「そんな! じゃあ、うちのだんなは……? いったいどこへ!?」
「赤岩さん……。最近、街の外に出かけなかったかい?」
「は……はい。一昨日、あのジン様がお金を届けてくださった前の日に、バロン男爵の農園の仕事に行きましたけど……それがなにか?」
そうか……。それで……。そのとき、あのスワンプマンの犠牲になったのか……。
「そ……そうか。あのスワンプマンに襲われたのはそのときだろう……。」
「でも! ジン様も会いましたよね!? うちのだんなに! あのときもそんな素振りはまったくありませんでしたでしょ!?」
「ああ。オレもまったく気がつかなかったよ。まさか泥人形が化けていただなんて……。」
「スワンプマンはおそらく本人の記憶を完璧にコピーして、本人になりすましていたようです。」
「そんな……! 父ちゃんがそんな偽物だったなんて! おいら……。おいら……!」
オレは何と声をかけるべきか、本当に言葉がなかった。
こんな結果になるとは思わなかったし、予想もできなかった。
そして、仕方がなかったのかもしれないけど……。
オレのしたことが、この結果になってしまったことには違いないのだ。
「だんなが……。ニセモノだったなんて……。」
「でも……。さっきまで、間違いなくおいらの父ちゃんだったよ! たとえニセモノでも……。おいら……。おいら……。父ちゃんにずっとそばにいてほしかったよぉおおおお!!」
角太郎はわんわん大きな声で泣くのだった。
「角太郎……。」
「しかし、ニセモノはニセモノです。たとえ、その姿がそっくりで同じ記憶だったとしても、あなたたちのお父さん、赤岩さんとはまったく違う者だったのです。」
アイはそう説明した。
たしかに事実はそうなのかもしれない。
しかし、記憶がまったく同じものを持ち、姿形も狂いなく、そしてなにより家族でさえ本人と信じて、そしてニセモノであっても家族に対する反応が本人と同じならば……。
それはもう本人と言えないだろうか……?
もしかして、スワンプマンは本人と物理的・行動的には全く同様であるにもかかわらず、主観的な意識やクオリアを一切持たない存在、いわゆる『哲学的ゾンビ』だったかもしれない……。
しかしながら、まわりの親しい家族でさえ本人と信じて疑うことさえなかったなら、それはもう本人と同一の存在なのではなかっただろうか?
そういうオレという存在も、ただの記憶と肉体のコピーにしか過ぎないのかもしれない……。
(マスター! それはまったく違います!)
(アイ……。なぐさめはよしてくれ……。)
(いえ。仮にマスターとまったく同じ肉体と記憶を持った存在が現れようとも、マスターの意思はその魂の系譜にございます。脈々と受け継がれてきた生命の系譜、そして過去現在未来を含めたあらゆる時間・次元にその瞬間に存在しているという真実は……。
決して他に置き換えることができない、唯一無二の存在なのです。それを……。魂と呼ぶのです。)
(アイ……。そうかもしれないな……。)
(間違いございません。ワタクシが、マスターの魂の復元のため、あらゆる時空。次元を旅し、そのカケラをすべて集め、あらゆる系譜にリンクをつなぎ、再生したのですから!)
(それって……。ずいぶん時間がかかったんじゃないの?)
(ええ。56億7千万年かかりましたよ!)
それで、そんな時間が経ったって言ってたのか……。
このあと、『円柱都市イラム』の街の住民になりすましていたスワンプマンは全部で、100名以上だったことが、のちの冒険者ギルドの調査で判明したのだった―。
~続く~
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