第131話 新たなヘルプ要員

 蟻塚にコンタクトを取った翌日の放課後、彼女は早速生徒会室にやって来た。

 普段の暴言は鳴りを潜め、礼儀正しく生徒会の面々に挨拶をした彼女は、僕と同じくヘルプ要員としての作業が割り振られる事になったのだが……。


「先輩、手が遅いですね。私は既にこの書類の束を処理し終えましたよ?」

「くっ……!」


 蟻塚は、ドヤ顔で黒髪を掻き上げ、嬉々として僕を弄ってくる。

 それでいて僕よりも書類を処理する速度が速いので、「喋っている暇があったら手を動かせ」という定番の返しが使えない。

 優秀な助っ人の参画は非常に助かるのだが、何とも複雑だ。


「ふふふ。でも、先輩の仕事ぶりは丁寧だと思いますし、素敵ですよ。」

「下げて上げるのはやめろ。裏がありそうにしか聞こえない。特に蟻塚さんが言うと猶更だ。」

「すみません。でも、こうして先輩と2人きりで文化祭の準備が出来るなんて、感慨深いなと思ったので。」

「2人きりじゃないだろ。周りに生徒会のメンバーもみんないるんだからな?」


 蝶野会長は今日も今日とて各所の見回りと調整のために離席しているけど、その他の生徒会メンバーは生徒会室内に全員揃っている。

 もっとも、彼らも仕事の都合で何度か離席して外へ出たりしているので、常に生徒会室に滞在し続けているのはヘルプ要員の僕と蟻塚くらいなものだ。


「いいじゃないですか、細かい事は気にしなくても。私達が仲良しである事は周知の事実ですし。」

「いつから僕と蟻塚さんの仲がそんなに有名になったんだよ。というか、その言い方だとまるで僕達が付き合っているかのように聞こえるからな?」

「先輩は不服なのですか? 蜂須先輩にフラれたのなら、次に行けば良いのに。」

「いや、まだフラれてないぞ。」

「まだ、ですか。でも失敗したも同然の結果でしょう?」

「くぅぅぅっ!」


 こ、こいつぅ!

 何でそんなに地雷を容赦なく踏み抜いてくるんだよぉ!

 確かに半分失敗したようなものだけど!

 今も蜂須とは気まずいままだけど!

 でも、何とかしようと必死に策を考えているっていうのに。


 こんな煽りを受けた以上、いや例え煽られていなくとも、蜂須との関係修復は急務だ。

 その上で、文化祭で彼女を誘い、2人で校内を回ってから、最後にもう一度告白。

 僕にとってはこれが理想的な展開だが、蜂須が言っていた「結婚を前提に」の条件を受け入れる覚悟は未だ出来ていない。

 時間の流れに任せていれば自然と覚悟が出来るようになるんじゃないか、などと漠然と考えていたのだが、さすがに甘かったか。


「それよりも先輩、私との会話を楽しむのは結構ですけど、手が遅くなっていますよ?」

「仕方ないだろ。ってか、気付いていたならそもそも話し掛けるなよ。」

「会話がなくなってしまったら、私がここに来た意味が殆どなくなってしまうじゃないですか。」

「いやいや、意味はあるだろ! 文化祭の仕事のヘルプのために来たんだろ!?」


 どうして仕事をしながら蟻塚との漫才をマルチタスクでやらねばならんのだ。

 ここに来た意味くらい、蟻塚なら当然理解しているはず。

 その上で、こいつは僕を使って遊んでいるのだろう。


「ねぇ、そこの2人。さっきからうるさいのでもう少し静かにしてもらえる?」

「う……す、すみません。」


 僕と蟻塚が騒いでいるのをさすがに見かねたのか、生徒会のメンバーから注意を受けてしまった。

 くそぅ、蟻塚のせいで僕まで巻き込まれちゃったじゃないか!

 当の蟻塚は、謝罪を終えた僕と目が合った瞬間、クスリと笑いやがった。


「蟻塚さん、あのな……」

「分かっていますよ。すみませんでした、先輩。ちょっとからかいが過ぎましたね。」

「分かっているのなら、程々にしてくれ。」

「すみません。邪魔者がいない環境で言い合いが出来るのが楽しくて、つい。」

「ただでさえ、今は大変な状況なんだ。もう少し弁えてくれよ。」

「もちろんです。これからは真面目にやりますよ。雑談は続けますけど。」


 続けるんかい!

 いや、確かに喋りながらの方が楽しいかもしれないけどね?

 黙々と事務作業に勤しむのが退屈だ、という気持ちも分からなくはないし。


 ただ、どうせ雑談するのなら、さっきのような漫才染みたやり取りではなく、もう少し有益な情報交換などをしたいところだ。

 そう考えた僕は、自分から適切な話題を振ってみる事にした。


「蟻塚さんは、サッカー部がイベントの準備を放棄している件について、どう思ってるんだ?」

「私ですか? 別に、どうでも良いと思っていますよ。」

「君は本当に良い性格をしているな……。」


 こいつにまともな話を振った僕が馬鹿だった。

 そうだよな、蟻塚は元からこういう奴だったよなぁ。

 とはいえ、ここで挫けていては会話が続かない。

 距離が空いてしまった蜂須と会話する予行演習として、何とか話を繋ぐぞ。


「今回の問題を解決する策とか、蟻塚さんは思いつくか?」

「さぁ。それを考えるのは、私達ヘルプ要員の仕事ではありませんから。蝶野生徒会長が考えるべき事でしょう?」

「それはそうだけど……。」

「先輩は事なかれ主義ですよね? だったら、あまり首を突っ込まない方が良いのではないですか?」

「今回の場合は、放置していたら余計に問題が大きくなるだろ。小さな火を放置していれば巨大な炎になってしまう、って僕に以前助言してくれたのは他ならぬ蟻塚さんだったじゃないか。」


 1学期の球技大会の折に蟻塚から言われた言葉を、僕は今も覚えている。

 あの言葉を聞いて以降の僕は、基本的に事なかれ主義者ではありながらも、必要とあらば自ら行動するようになったのにな。

 僕を焚き付けた張本人の蟻塚から「首を突っ込むな」と言われるとは思わなかったぞ。


「ふぅ、仕方ありませんね。先輩を放っておくと距離を縮められそうな気がするので、この件は私の方でも少し対策を考えておきますよ。」

「ああ、それは助かるが、『距離を縮める』ってどういう意味だ?」


 誰と誰が距離を縮めるのか、言葉が微妙に足りていないせいでいまいちよく分からない。

 そこが気になった僕が問い返すと、蟻塚は肩を竦めて口角を吊り上げた。


「先輩、まさか高校生にもなって『距離を縮める』という言い回しを知らなかったんですか?」

「そういう意味で聞いたんじゃない。分かってるだろ、そのくらい。」

「ふふ、もちろんです。さっきの質問に対する答えですが、先輩は何も気にする必要はない、とだけ返させて頂きますね。」


 要するに、まともに答える気はないという事か。

 もう少し突っ込もうかと思ったが、「コホン!」という咳払いの声が聞こえたので周囲を見回すと、険しい顔の副会長と目が合ってしまった。

 さっき注意されたばかりなのに相変わらず雑談を続けている僕達に、さすがに痺れを切らしたのだろう。

 これ以上会話を続けると余計に怒りを買うのは明白であるため、話はこの辺りで中断した方が良さそうだな。


「蟻塚さん、仕事に集中しようか。」

「残念ですが、そうする他なさそうですね。」


 蟻塚も副会長の視線に気付いたらしく、今度は素直に引っ込んでくれた。

 こうして副会長から再びお叱りを受けるのを回避した僕達だったが、そのせいで、さっきの気になる言葉の意味を追求する事は出来なかった。

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