第130話 積み重なる課題

 文化祭の方針や、各クラスの出し物が続々と決まっていくにつれ、文化祭に向けての準備は活発さを増していった。

 もっとも、僕は生徒会のヘルプ要員として引き抜かれているため、クラスの出し物の準備には関与しないのだが。


 ちなみに、うちのクラスの出し物は、この手の出店の定番でもある「お化け屋敷」だ。

 体育館の舞台を使用しての演劇やカフェなども候補に挙がっていたのだが、他クラスや部活動の出し物との兼ね合いもあって、最終的にこれに落ち着いた。

 この手の出し物の準備は、男子が大道具、女子は小道具や衣装の作成といった分担になる事が多いが、蜂須は手先が不器用なため、四苦八苦しているみたいだ。

 誰かに助けてもらう事が出来れば良いのだが、ギャル連中と決別してしまった彼女は、クラス内で孤立しているからなぁ。

 僕が生徒会に引っ張られていなければ、蜂須と2人で一緒に準備に取り組めたかもしれない。


 あー!

 そんな想像をしてしまうと、ただでさえ大変な生徒会のヘルプ作業が、余計に辛くなってくるな……。

 まあ、蜂須は相変わらず僕と距離を少し置いたままなので、仮に僕が生徒会に引っ張られていなかったとしても2人一緒に作業できたかは分からないけど。

 でもなぁー……。


「蜜井くん、そっちの進捗はどうかな?」


 生徒会室の端の机に座り、黙々と書類を処理している僕のすぐ傍まで蝶野会長がやって来た。

 最近の会長は、各所の見回りや現場から直接寄せられる意見などへの対応に追われており、書類の処理まで手が回っていない状況なのだ。

 そのため、生徒会メンバーが全員フル稼働しているのはもちろん、彼らだけでは手が足りないため、僕が書類の整理などのヘルプを担当している。

 難しい課題や、決裁などが必要な物に関しては生徒会メンバーが対応するため、僕に回ってくるのは専ら単純な書類ばかりなのだが、数が多いので大変だ。


「この書類の山を今日中に、と副会長から指示されたんですが、下校までに終わりそうにないですね。」

「そっか。じゃあ、もう少し学内を見回った後、こっちに手伝いに戻るよ。」

「でも、会長も忙しいんじゃないですか? この前会議で揉めてたサッカー部が、イベントの手伝いをバックれているんですよね?」


 文化祭実行委員会の第一回目の会議で、蝶野会長に意見していた男子生徒は、僕が予想していた通りサッカー部の部長だったらしい。

 県大会に向けて練習している中、ただでさえクラスの出し物のために部員達の練習時間が削られているのに、今年からの新イベントのために更に時間を削りたくない、というのが彼の主張だった。

 彼の主張は、会議の監督を務めていた教師によって一刀両断されたかに思えたが、今週から始まったイベントの準備に、彼らサッカー部の面々は現れなかったのだ。


 当然ながら、この状況について他の部活動のメンバーからは抗議の声が上がっており、現場はひどい有様だと聞いている。

 だからこそ、会長がこうして毎日のように各所の見回りに出掛けなければならない訳だ。

 現場の混乱を治められる生徒は、会長しかいないからな。

 この問題が可能な限り早期に解決する事を願ってはいるが、現実はそう簡単ではない。


「うん、あっちはちょっとね……。」


 珍しく歯切れの悪い蝶野会長の様子からして、説得に難航しているみたいだな。

 あまりこの問題が長引いてしまうと、他の部活動からも「うちだって忙しいのだからイベントの手伝いはしない」などという意見が出てくるかもしれない。


「大丈夫なんですか、それ。」

「もちろん大丈夫じゃないよ。色々言ってはみたんだけど、あそこの部長は頑なだからね。」

「また先生を通して注意をしてもらうしかないんじゃないですか?」


 生徒会長と言えども、基本的にはこの学校の一生徒に過ぎず、明確な上下関係は存在しない。

 だからこそ、あのサッカー部の部長は蝶野会長の指示に従わないのだろう。

 しかし、教師が出張ってくるとなれば話は別だ。


「そういう手段もなくはないけどね。でも、基本的にこちらが強硬手段に出れば出る程、生徒会と他の生徒達の間に溝が出来てしまう。先生にこの前釘を刺されたのにこの現状なんだから、今回は慎重に説得していくのが一番なの。」

「ううむ、そうなんですかね……。」


 生徒会は、権力を振りかざして生徒を従わせるような組織であってはならない。

 あくまでもお願いベースで生徒に頼み事をする、というスタンスを蝶野会長は貫きたいのだろう。

 この文化祭が終われば蝶野会長は生徒会長の座から退くので、今ここで強硬手段に出たところで、彼女に大きな影響が及ぶ可能性は低い。

 それでも、生徒会長を務めてきた者として、最後まで責任を持って自分の仕事をやり遂げたいという事か。


「会長の想いは分かりますけど、問題の対応に手を取られているせいで、会長の他の仕事が回っていないですよね?」

「耳の痛い話だね。その分の皺寄せが、他の生徒会の子達や蜜井くんにまで及んでいる事は、申し訳ないと思っているよ。でも、私は今のやり方を変えたくないの。」

「だったら、せめて生徒会のヘルプ要員を増やしませんか? あと1人くらいヘルプが増えれば、会長が抜けた分の遅れも多少は挽回できると思うんですが。」


 抜けた人員の穴を補うには、他の人材を調達して補填する他ない。

 もっとも、このくらいの事は僕が言うまでもなく、蝶野会長も理解しているだろう。

 彼女は難しい表情のまま、首を静かに横に振る。


「今から新しくヘルプを募るとして、誰が来てくれるの? もうみんな文化祭の準備に入っているんだし、誰かを引っ張ってくるのは簡単じゃないよ?」

「そうですね。ただ、声を掛けてみる価値はあるんじゃないかと。例えば蟻塚さんとか。」


 蟻塚の名前を出すのは癪だが、背に腹は代えられない。

 仕事が回っていない以上、追加のヘルプ要員は必須だ。

 蜂須を呼べれば一番良かったのだが、彼女には既に仕事がある事が判明しているので、蟻塚よりも優先度は低い。

 一方で、蟻塚が文化祭の準備で何をしているのか、僕はまだ聞いた事がなかったので、彼女の方はまだ手が空いている可能性が残されている。


「蟻塚さん、か。出来れば頼りたくなかったんだけどね……。」

「僕の方で、蟻塚さんに声を掛けてみても良いですか?」


 僕がそう提案すると、蝶野会長は先程にも増して眉間に深い皺を刻み、渋面を作った。

 しかし、それも束の間、彼女はすぐに決断を下す。


「うん、分かった。これ以上、みんなの仕事が遅れるとリカバリーが難しくなるし、いい加減手を打つしかないかな。蟻塚さんは特に文化祭の準備の仕事を持っていないはずだから、呼べばすぐにでもヘルプに加わってくれるはずだよ。」

「え、会長は蟻塚さんの予定を知っていたんですか?」

「先週の会議の後で、蟻塚さんから電話を貰ってね。自分は特に仕事がないから困ったら声を掛けてくれ、って提案を受けていたの。」


 そういえば、先週の会議の後で、蟻塚がサッカー部の動向に対して何かを危惧している様子だった。

 あいつは、あの時点でこうなる可能性を見越した上で、蝶野会長へ働き掛けをしていたって事か。

 さすが、としか言いようがない手回しの良さだな。


「分かりました。じゃあ、僕から蟻塚さんに連絡を入れておきます。」

「ごめん、よろしくね。私はそろそろ次の現場を見に行ってくるよ。また後でね。」


 生徒会室を慌ただしく出ていった蝶野会長を見送った後、僕は早速蟻塚にメッセージを飛ばす。

 すると、数秒もしないうちに既読がつき、明日の放課後からこちらに参加してくれる旨の返信が来た。


 とりあえず、これで明日からは作業の遅れを取り戻せそうだ。

 未だ問題が解決した訳ではないが、まずは僕に出来る事から1つずつ着実に進めていこう。

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