第39話 渦巻く感情

 蜜井先輩が帰宅した後、私は自分の部屋に戻り、机の上でノートを開いていました。

 このノートは、私がつい先日購入したばかりの、新品のノートです。

 私はペンを握り、真っ新な白紙の1ページの上を走らせます。


「先輩、先輩、先輩っ……!」


 ただ1人、私の内面を見てくれた人。

 私が辛辣な態度を取っても、私を受け止めてくれる人。

 彼を逃せば、次にいつこんな人に出会えるか分かりません。


 幼い頃から、私はずっと自分の理解者を求めてきました。

 だからこそ、先輩を逃す訳にはいかない。

 先輩を自分だけのものにしたい。

 誰にも渡したくない。


 きっと、私は先輩に心惹かれているのでしょうね。

 今の私は、先輩の事を想像するだけで、胸が高鳴り、顔が熱くなってしまいますから。

 彼ともっと言葉を交わして、触れ合って、いずれは男女の行き着く先まで辿り着く。

 それが、今の私の望み。


 その願いを叶えるための最短のルートは、私から先輩に告白する事、でしょう。

 しかしながら、私の見立てでは、現段階で勝負に出たとしても勝率は低いと言わざるを得ません。

 何せ、これまで散々毒を吐き散らしてきた訳ですからね。

 ここぞというタイミングでの勝率を少しでも上げるために、何らかの策が必要なのは明白です。

 そこで、かねてより私は自分なりに計画を組み立てていました。


 ですが、計画に失敗は付き物。

 私が立てた計画上では、ついさっきのやり取りを経て私と先輩は名前で呼び合う仲になっている想定でしたが、上手くいきませんでした。

 まあ、先輩は地味でヘタレな人ですから、今はこの結果も致し方ないと受け入れる他ありませんね。

 とはいえ、いつまでもこの調子では、告白の成功など夢のまた夢です。


 無論、いつまでも手をこまねいているつもりはないですよ?

 頭脳明晰で運動神経抜群、容姿端麗な完璧人間パーフェクトヒューマンであるこの私が本気を出せば、あの鈍感な先輩を射止める事など容易いでしょう。

 但し、それは「一切の障害がなければ」の話。

 私の目的を達成するには、些か厄介な障害があるのです。


「目下の敵は、やはりあの2人ですね。今のところはまだ大きな脅威ではないですが……。」


 私の1人目の敵は、この学校の生徒会長である蝶野桃華先輩。

 単純なスペックだけで言えば、私に近いレベルの物を持っている強敵です。

 その上、生徒会長の肩書を用いて先輩を助け、彼の好感度を稼いでいるのですから、厄介極まりない相手だと言えるでしょう。


 ただ、性格や言動には大いに問題を抱えているため、そこが弱点となりそうですね。

 精神的に脆い一面がある所を突いて強引に抑え込むのが、恐らく最善手になるのかな?

 あと、家族との関係が良くないのもウィークポイントに数えられるでしょうか。

 もっとも、家族と仲が悪いのは私も同じなので、あまり人の事は言えませんが。


「焦点になるのは、生徒会長がこれ以上先輩と距離を縮める前に、彼女を迅速に抑え込めるかどうか、ですね。」


 蝶野生徒会長は、弱点がはっきりしている反面、長所も明確です。

 同性である私から見ても、彼女の顔立ちは並みのアイドル以上に整っていると言わざるを得ず、ふわふわした雰囲気のある優しさと愛らしさを両立したあの顔は大いに男性受けしそうですね。


 更に忌々しいのは、やはりあの大きな胸、でしょうか。

 私も並みよりは多少ある方なのですが、会長の場合は……ね。

 具体的なサイズまではさすがに分からないものの、間違いなくアレは脅威でしょう。

 あの鈍感な先輩ですら、たまに視線が吸い寄せられていた程ですからね。


「それでも、敵が会長だけならまだ良かったのですが……。」


 会長以外にも、私にはもう1人の敵がいます。

 その敵の名前は、蜂須綾音先輩。

 蜜井先輩と同じクラスに所属する彼女は、金髪の不良にしか見えない恰好をしていますが、性格は非常に真面目な方であるようですね。

 また、顔立ちは吊り目でクール系の美人なのに、体型は小柄で華奢と、何かとギャップが大きい方だという印象があります。


 彼女は、今のところ蜜井先輩と友人同士で、そこまで親密な仲とは言い難いように見受けられました。

 しかし、2人のやり取りを間近で見た私は、彼らの相性は決して悪くないと確信しています。

 私や会長には割と辛辣な言葉をぶつける事も少なくない蜜井先輩ですが、蜂須先輩に対してはそういう無粋な突っ込みを入れたりしていないですからね。

 先輩はヘタレなので、外見が怖い蜂須先輩に怖気づいている節も多少はあるかもしれませんが、単にそれだけが原因とは思えませんでした。


 もしも蜂須先輩がその気になったら、蜜井先輩をあっさり持っていかれてしまう可能性は、決して低くはないでしょう。

 蜂須先輩と蜜井先輩の距離がこれ以上縮まるような事態は、未然に防がなくてはいけない。

 そのためには、今後も蜂須先輩や蜜井先輩の動向に目を光らせていく必要がありますね。


「うん、こんなところでしょうか。」


 ノートのページいっぱいに、ここまで頭の中で整理した情報を纏めてみました。

 こうしてノートに書き記した情報を1つ1つ眺めてみると、私自身の現在の状況は、あまり良いとは言えませんね。


 ならば、やはり多少強引な手を使う事も考えていかなくては。

 しかし、具体的な手段がなかなか思い浮かびませんね。

 幾ら強引な手を使うと言っても、さすがに法律スレスレの方法は……まあ、避けたいところですし。

 一応、いつでも仕掛けられるように仕込みだけは済ませてありますが。


「まずは、接触機会を増やす事から始めてみるのが良いでしょうか。」


 出会って会話を交わす頻度を上げる事で好感度の上昇を狙う、単純接触効果を利用した作戦。

 シンプル且つ容易に実行できる、正統派の戦略です。


 とはいえ、作戦がこれだけではあまりにも弱過ぎる。

 第二の矢としては、先輩の行動範囲や趣味を調べる、という作戦が良さそうですね。

 標的の情報収集は、何をするにしても必須です。


「そうなると、こちらも更なる準備が必要ですね。」


 組み立てた作戦と、作戦の遂行に必要な物を揃える事で、私は初めて動き出せる。

 ただ、あまり悠長にしている暇はない。

 万が一、蜂須先輩や生徒会長が先輩の事を本気で好きになれば、私の状況は一気に悪化しますからね。

 先手必勝を心掛けつつも、彼女達と衝突した場合の策も含めて、じっくり検討していくとしましょうか。

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