第7章 第2話

「17の頃に病気になってね。

 酷い高熱が出たことはかろうじて覚えているんだが、

 次に気が付いたらベッドの上だったよ。

 目は見えて、声も聞こえているのに返事はできない。

 涙は出るのに、声を上げて泣くことはできない。」


「最初はね。両親も見舞いにきてくれていたっけな。

 2人とも仕事で忙しかっただろうに、毎日のように病室に来て、

 身体を拭いて着替えさせてくれて。」


「でもね、それが1年も続くと心が持たなくなったんだと思う。

 しょうがないよね。

 どんなに頑張っても、相手はほぼ何も反応しないんだもの。

 あたしも感謝の気持ちを伝える術を持たなかったんだもの。」


「そしてあたしは一人ぼっちになった。

 来る日も来る日も病室の天井を見上げることしかできず、

 不安や恐怖を叫ぶこともできず、

 ただ涙を流して時間が過ぎてくれるのを祈るばかりだった。」


「そこに正美さんが現れた。

 彼は医療機器の研究者だったんだ。

 あたしを見て、まっ先に意思の疎通ができるようにと、機械を手配してくれたよ。」


「視線を読み取る機械でね。

 ひらがなの一覧表に視点を合わせることで

 1文字づつ文章を作っていけるものだったんだ。

 時間も手間もかかったけど、

 他人と意思の疎通ができることがこんなにも嬉しいと知ったのは

 あの時が初めてだったよ。」


「正美さんは、よく話し相手になってくれた。

 色んな本や映画の話を聞かせてくれた。

 リクエストして歌を歌ってもらったこともあったけど、

 あれは恥ずかしそうだったなぁ。」

話を続けるErsterSpieler。

俺もSeregranceも、ただただ聞くことしかできない。


「意思の疎通ができることが当たり前になってしまうと、

 次の不満が出てくる。人間ってわがままだよね。」


「外の景色が見たい。と言ったら、カメラと連動したゴーグルを作ってくれた。

 正美さんが歩いた景色を、そのままあたしも見ているというものだけどね。」

 もっとスムーズに会話したいと言ったら、

 ひらがなの一覧表に、定型文を登録できるようにしてくれたりね。」


「あたしも、その頃はまだ二十歳前でさ。

 わがままを聞いてくれる人を見つけて調子に乗ってたなぁ。

 できもしない事を言っては、正美さんをよく困らせてたよ。」


「ある日ね。正美さんと2人で並んで散歩したいと言ったんだ。

 夢の中ではいつも手をつないで歩いているのに、と。

 何気なく発したこの願いが、正美さんを殺してしまったんだと思ってる。」

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