第17話 真実の口

 扉を開けた先、そこにいたのはシャワーを浴びているジャクソン・ラビットだった。


「いやーん。ラッキースケベェ」


 体をくねくねとさせているジャクソン。私たち十二人は完全に白けてしまっている。っていうか、ぬいぐるみがシャワー浴びる必要あるのかな。


「チッ。朝っぱらから気色悪いもんみちまったな」


 御岳さんが舌打ちをしながら悪態をつく。これには私も彼に完全に同意見だ。


 ジャクソンが指を鳴らすと、シャワールームから場面転換して西洋風の市街地のような場所に出た。街には沢山の人がいる。彼らも私たちと同じ生きている人間なのだろうか?


 いや、確かこのゲームにはNPCがいたはずだ。私がサイコメトリーで読んだ本にそう書いてあった。彼らはきっとそれだろう。NPCは私たちに意を介さず、道を歩いていく。


「うわ、なんだこれ。こいつらも俺らと同じテストプレイヤーなのか?」


 聖武さんが驚いている。そうか、彼はNPCの概念を知らないのだ。知っている可能性があるのは、NPCのことに書かれていた本を手にした、タクちゃんと加賀美さんと私の三人だけだ。


「いいえ。彼らはただの賑やかし要因のNPCです。彼らはそれぞれ独自のAIで動いています。ああ、NPCだからと言って無暗に殺さないでくださいね。彼らにも生活と秩序というものがあります。彼らに危害を加えるということはNPCの警察に狙われるということです」


 ジャクソンが聖武さんの疑問に答えた。なんだかんだ言いつつこのジャクソンは訊かれたことには答えてくれるからありがたい。それが正確な情報かは私たちには確かめるすべはないけれど。


「まあ、尤も例外はありますけどね」 


 ジャクソンが最後に含みを持たせることを言った。例外……これから先NPCに危害を加えるようなことをさせられるのだろうか。なんだか嫌だな。いくらコンピュータとはいえ、生きている人間に近いものを攻撃するのはしたくない。


「はいはい。ジャクソンさん質問なんだな。危害を加えることにセクハラや痴漢行為は入りますか」


 和泉さんが街にいる清楚系の可愛い女の子を見てそう言った。うわ、最低だこの人……昨日の聖武さんと言い、ここにはケダモノが多すぎでしょ。


「キモ……」


 名取さんが肥溜めを見るような目で和泉さんを見ている。ただでさえ低かった和泉さんの評価が地の底に落ちた瞬間だった。


「はい。エロゲ脳丸出しの和泉さん。質問ありがとうございます。これは全年齢対象のゲームです。エロ行為は例外というわけないじゃないですか。危害を加えるという行為は、当然性的なものも含まれます。ついでに言えば、窃盗、恐喝、器物破損、詐欺、横領、膝カックン等、普通の法律に抵触する行為も危害に該当します。まあ、日本の法律と大体同じと思って頂ければいいでしょう。あからさまな犯罪行為をすればNPCの警察にしょっぴかれてしまうわけですよ」


 ジャクソンのありがたい程に親切丁寧な説明を受けて和泉さんはしょんぼりしている。いくら、NPC相手だからと言って痴漢はダメ、絶対。許されない行為だからね。それは!


「ナあ、ジャクソン。つまり、危害を加えていい例外には今あがった行為はしてもいいってことだナ」


「加賀美さん質問ありがとうございます。はい。そういうことですね。まあ、その例外にみな様が辿り着けるかどうかは知らんけど」


「あ、あの! ちょっといいですか!」


 杏子が手を上げた。引っ込み思案な杏子が質問をするなんて珍しい。


「私、昨日は加賀美さんに危害に加えられそうになりました。これはアウトじゃないんですか?」


 確かにそうだ。杏子は昨日、加賀美さんに危害を加えられそうになった。直接、傷害や暴行を受けたわけではない。けれど、脅しに近い言葉を言われてたし、これは普通に倫理的にアウトなのでは?


「今話したのはNPCに対する禁則事項です。PC同士の争いには適応されません。なので、男性陣は安心して女性陣を夜這いしてもいいよ。社会的信用を失う覚悟があるのならね。けひひ」


 うわあ、知りたくない真実を共有されちゃった。聖武さんはガッツポーズしているし、和泉さんは気持ち悪い薄ら笑いを浮かべてる。えっと……大丈夫だよね? 私たち、変なことされないよね?


「先に言っておく。もし、俺が生きている内に、紳士にあるまじき行為をした時には命はないものと思え。PC同士の争いはお咎めなしなんだろ?」


 タクちゃんが聖武さんと和泉さんの方を睨んでそう言った。か、カッコいい。


「さて、NPCに関する質疑応答だけで時間を食ってしまいましたね。では、このステージの説明に入ります。このステージは二種類の扉があります。一つは次のステージに続くための扉。当然カギはかかってます。そして、もう一つの扉はそのカギを手に入れるための試練の間に続く扉です」


「なんかやけに回りくどい構造ね。要は試練をクリアすればいいだけの話じゃないの? なんで扉を分ける必要があるわけ?」


 名取さんが至極真っ当な疑問をぶつけた。確かに、試練をクリアすればいいだけなら地続きの扉にすればいいだけの話だ。わざわざここに分岐点を作る必要がない。


「はい、いい質問ですねえ。それがこの試練の最大の肝なんです。実はですね、この試練の扉に入るにはある条件を満たす必要があるのです。試練に挑戦できるのは条件を満たした人のみなんですよ」


 条件と聞いて、みんなの顔が強張った。ここに集まったのはデスゲーム経験者たちだ。過去の記憶から、どんな条件が科せられるのか想像しているのだろう。


「まあ、こんな回りくどい構造にしたのはみな様のための救済措置でもあるんですけどね。一人だけ試練にクリアできれば全員が進めるようにしたんです。地続きなら全員が条件を満たさなきゃいけないという争い不可避な世紀末な状態になってしまいますからね」


 条件を満たすのが争いになる? 一体どういうことだろうか。もう既に嫌な予感しかしない。


「ずばり、試練の間に入るための条件とは、今このフロアにいる生存者全員に自分のスキルを明かすことである」


 みんなの表情が一気に驚きに満ちる。この中のほとんどの人間が自分のスキルを明かさなければならないと思っただろう。しかし、冷静な表情をしているのが三人いた。タクちゃんと神原さんと宮下さんだ。


「楽勝だな」


「ああ。そうだね。この中には既に宮下ちゃんがスキルを全員に明かしている。彼に試練を受けてもらおう」


「ええ。そうするのが一番のようね」


 三人のそれぞれの発言にみんながホッとしたような表情を見せている。宮下さんなら万一、試練でヘマしてもライフを回復できるから安心だ。だが、ジャクソンは不敵にニヤリと笑うのであった。


「ええ。そうですね。ただ試練の内容を発表します。その名はみんな大好き、真実の口~!」


「真実の口? なにそれ?」


 私が疑問を投げかけると、みんな呆れた顔で私を見た。え? なに? そんなに有名なものなの?


「ユリ……真実の口はローマにある彫刻だ。手を入れると偽りの心のある者の手を咬みちぎると言われている」


 タクちゃんが豆知識を披露してくれた。流石タクちゃん。頭いい。でも、私には一つの疑問が浮かんだ。


「彫刻なのに噛まれるの? 変なの」


「変なのはユリリンの頭だよ。彫刻が実際に噛むわけないじゃん。ただの言い伝えだよ。言い伝え」


 夢子ちゃんにバカ扱いされてしまった。私はどうせ偏差値低いFラン大学生ですよーだ。


「まあ、みな様ご存知の通り、真実の口は言い伝えであって、本当に噛まれるわけではありません。しかし、このゲームのそれはガチです。実際に嘘つきは断罪されてしまうわけです。具体的に言うとライフが二減ります」


 ライフが二減る。その言葉を聞いて宮下さんの顔が真っ青になった。そうだ。彼は常に残りライフが二以下の状況を強いられている。試練に失敗したら、彼に待っているのは確実な死なのだ。


「まあ、人間は嘘をつく生き物ですし? この試練を突破するのは不可能でしょう。なので、断罪される条件も言っておきます。ここはフェアにやらないとね。あなた方が今までの人生でついた嘘はカウントされません。こちらも把握しようがありませんからね。ただ、このゲームを開始してから、今までの間に嘘をついた経験がある者。それが断罪の対象です」


 それじゃあ、もし宮下さんがこのゲームを開始してから嘘をついていたら、この試練を突破できないってこと?


「ただ、試練に失敗しても、試練に挑んだ勇気に敬意を表してカギは入手できます。もし、死亡してもちゃんと仲間のところにカギは届くから安心してください」


 当人にとっては全く安心できないことをジャクソンは言った。この試練、一筋縄ではいかない気がする。勘の鈍い私でもそれはわかった。

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