第162話 光(3)

「それ持って、電車乗れないでしょ。」


志藤は仔犬のゲージを指差した。



「え。 ああ・・まあ、何とか頑張れば、」



「頑張れへんて・・んなもん。」



彼の関西弁を聞くと



『あの時』


を思い出してしまい


ちょっとドキンとする。




結局


彼が運転する車で送ってもらうことになった。




「ねえ、家に電話したの?」


志藤は気になることを聞いてみた。



「え・・まだ。」


暢気にそう言うゆうこに



「・・犬連れて帰るんやから。 一応言うておかないと、」



「そっか・・じゃあ。」


ゆうこは携帯を取り出した。



「あれ? 携帯、持ってるの?」



「社長から頂いて。 仕事で使うのに。 ほんとは私用で使っちゃダメなんですけど、」



「真面目やな。 きみは。」


笑ってしまった。



「あ・・お母ちゃん? ウン、あたし。 あのね、突然なんだけど。 仔犬もらっちゃって。 ・・そう、犬。 それがね、すんごいカワイイの。 その経緯はあとで説明するけど。 それでね。 会社の人に送ってもらうことになって。 連れて帰るから・・ え? だいじょうぶ。 ちゃんと面倒見るし・・」




何とか電話を切った後、志藤がクスクスと笑っているのに気づいた。



「え、なんですか・・」



「いや。 ほら、子供が犬飼いたいってとき、『ちゃんと面倒見るから~』とか言うやろ? そんな感じかなあって。」



「そんなんじゃないです~。」



ゆうこは子供扱いされてちょっと膨れた。




関西弁を話す彼は


すごく


すごく


優しい。




仕事をするときは標準語、と言っていた彼だが


その標準語は余計に冷たく、我々とも一線を引いているようにも思えた。




これが


本当の彼なのかなァ




ゆうこはその横顔を見てぼーっとしてしまった。





「あ、ちょっと待ってて。」



志藤は途中で車を路肩に停めた。



「え?」



「買い物。」


と、さっさと出て行った。




ほんの20分ほどで戻ってきた彼は紙袋を手にした。



「なんですか?」



「これは、あとで。」


と、またすぐに車を出した。




そして、ゆうこの家の前まで来て、彼女を下ろす。



「ありがとうございました。」


ペコリと頭を下げた。



「こっちこそ。 もらってくれてホッとしたし。 ああ、これ・・」


とさっきの紙袋を彼女に手渡そうとすると、



「ん?」


ゆうこは家の中の異変に気づき、慌てて格子戸を開けた。



「は?」


志藤も何かと思いついて行く。




カンカンと木を叩くような音がしている。


ゆうこが庭のほうに回ると




「え! なに??」



父が一生懸命、犬小屋を製作中だった。



「お! ゆうこ!」


父が笑顔で振り向いた。



「・・ひょっとして、犬小屋??」



「そら、おまえ。 家もなかったらかわいそうだろが。 こりゃ、ゴーカだぞ~。」




この父の素早い行動に


二人は目をぱちくりさせて立ちすくんでしまった。

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