第161話 光(2)

目が真っ黒でクリクリで。


なんてカワイイ子なんだろう・・。



ゆうこはみぞおちがきゅううんとなるほど


この子犬に心つかまれた。




「白川さん・・ほら、会社でこんなん堂々と抱っこしてたらさ・・」


志藤がやんやりと止めたが、



「かわいいですね。 こんなに小さいのに頑張って車に乗ってきて。」


ゆうこが頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。



そして



「あの。よろしかったら、あたしに下さいませんか?このワンちゃん・・」



ゆうこは志藤の母に言う。




「え・・、」



「あ、申し遅れました。 あたし、志藤さんと同じ秘書課の白川と申します。 志藤さんとは一緒に仕事をさせていただいているものですが。 あたしは実家なので、庭もあるし飼えますから・・」



「ちょ、ちょっと! 白川さん!」


志藤はいきなりの展開に慌てる。



「ウチ、ずうっと犬飼ってて。 でも、3年前に15年も生きた犬が死んでしまって。 父が一番ショックを受けてたんで。 きっとOKですから。」


ゆうこは志藤に笑いかけた。



「ホンマに?? よかった~。 このまま幸太郎のマンションの前に置いてこかと思った・・」


志藤の母は本気で胸をなでおろした。



「捨ててく気やったんか!」


志藤は思わず突っ込んだ。



ゆうこはおかしくて、大きな声で笑ってしまった。




彼女の笑顔を見たら


何だかすごく


嬉しくなった。





「んじゃ、すんまへん。 あたし、明日も早いから早速帰る。」


母は立ち上がる。



「え、もうですか?」


ゆうこは驚いた。



「車で来てもうたから。」



「安全運転で帰れよ、」


志藤は少し心配そうに言った。



「だいじょぶ、だいじょぶ。 お母ちゃん、お父ちゃんより運転うまいもん。 なら、ええっと・・白川さんでしたっけ。」


と、ゆうこを見た。



「あ、はい・・」



「ほんまにおおきに。 この子のことヨロシクな。」



と言ったが、



「おい! 30にもなる息子を『この子』とか言うな!」


志藤は赤面して全面否定をしたが、



「はあ? 何言うてんのん? この仔犬のことに決まってるやろ。」



と呆れられ、



「なっ・・」


さらにさらに赤面をした。



ゆうこは呆然とした後、また仔犬を抱きかかえて大笑いしてしまった。



「って! ややこしこと言うなっ!!」




いつもクールで冷静な彼が


こんなに慌てふためいて。


そう思うと笑いが止まらなかった。




志藤は自分の早とちりに大いに照れて動揺していた。



「どないすんの。 コレ・・」



母が帰った後、ゲージ入りのその大きな手提げを見て志藤はゆうこに言った。



「とりあえず。 ワケを話して秘書課の隅っこにおかしてもらおっかなって・・」



「会社に犬って!」



「大丈夫です。 だってこの子ほんっとおとなしくていい子だし、」


ゆうこの顔は崩れっぱなしだった。




「え~~、かわいー。 ちっさいし~。」


秘書課の女子社員は、ゆうこが連れてきた子犬に群がった。



ゆうこは自分のハンドタオルで仔犬を包んで、ゲージに入れてやった。



嬉しそうな顔をして。



志藤は頬杖をついて彼女を見た。



でも


久しぶりに


あの子の笑顔を


見たな。



突然やって来た母には驚いたが


ちょっとだけ感謝をした。





そして、その日の帰りに



「白川さん。 家まで送るから。」


志藤は車のキーを見せて言った。



「え? 車・・?」


ゆうこが不思議そうな顔をすると、



志藤はコソっと


「会社の車。 仕事行くって言って借りたから。 明日返せばいいから。」


とゆうこに言った。



「え! ダメじゃないですか。 ウソなんか・・」


彼女が大きな声を出したので、



「声が大きい!」


と背中を叩く。




ちょっと


ドキンとした・・。


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