第150話 凪ぎ(1)

「だっ・・だいじょうぶですか!?」



ゆうこは慌てて脚立から降りた。



「~~~~・・・」



メガネが吹っ飛び、志藤は顔を押さえて痛みをこらえる。



オロオロするゆうこに


「・・あ~、痛かった・・」



ようやく志藤は顔を上げた。



オデコが赤紫色になっている。


「血が、」


ゆうこはハンカチを取り出しそこを抑えてやった。



「詰め込みすぎだよな・・ほんっと、」


ファイルに当たりたくなった。



そして、吹っ飛んだメガネを見て、



「あ~、折れてるし・・」


フレームのつなぎ目が折れていた。



「これさあ、この前きみに殴られて吹っ飛んだ時にちょっとここが曲がってたんだよな~。 とどめさしちゃって、」


と言われて、



「って! だから殴ったって言わないで下さい!」


ゆうこはその時のことをまだ言っている彼に赤面した。


志藤はゆうこから借りたハンカチでオデコを押さえながら笑った。



メガネを取った彼の顔を見ると


あの夜のことを思い出して


恥ずかしくて正視できない。



志藤はそこに座り込んだまま



「ジュニアが急に冷たくなったって・・思ってる?」



ポツリと言った。



「え・・」



ドキンとした。



「あの人。 本当に正直な人だから。 いきなりこんなに態度を変えるとは思わなかったけど、」


志藤は苦笑いをした。




「ど・・どういうことなんですか?」



「おれがね。 あの人に言ったの。 きみに優しくすればするほど、傷つけるって。 自分はさっさと結婚しちゃったくせに白川さんのことは別口で確保しているように思えて。」



ゆうこは驚いて、



「なんでそんなことを言うんですか、」



と声を荒げた。



「彼らの家に行ったり、奥さんと仲良くしたり。 もう自分をいじめるのはやめたほうがいい。 傷つくのはきみだけだ。」



「あ、あたしは本当に南さんのことも大好きだし。 真太郎さんとも仕事を一緒にしてあの人の役に立てればって・・」




「ウソだ。」



間髪を入れずに志藤は否定した。




「泣いたりしているくせに。 無理して、ものわかりのいいフリをして。 二人の幸せそうな顔なんてホントは見たくないくせに。」



心が


一瞬で凍りついた。



「なんで。 そうやってあたしから真太郎さんを遠ざけようとするんですか? ホント・・余計なお世話です。」



泣いてたまるか、と思った。




「あの夜。 なんでおれについてきたの?」



ドキンとした。



「なんでって・・」



「ヤケになって?」



それとも違うような気がした。



「寂しかったから?」



問い詰める彼に




「・・なんだか。」



ゆうこはボソっと言った。



「え?」



「志藤さんが。 優しかったから・・」



それは


ウソではなかった。





『おいで。』





そう言った彼の声も、手も本当に優しかった。



「じゃあ。 やっぱりヤケになってたんだ。」



志藤はふっと笑う。



「志藤さんは。 なぜあたしを誘ったんですか、」



ちょっと悔しくなってゆうこは逆に質問した。




「ん~~、」




志藤は考え込んでしまった。



あまりに考え込んでるので、ゆうこはちょっと腹立たしくなって



「別に意味はなかったってことですね。 ・・なんとも思っていませんから。 ご心配なく、」



ちょっと語気を強めて、スッと立ち上がった。



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