第136話 ピリオド(3)

その日は朝から快晴だった。



秋の高い空にすうっと白い絵の具で筆を入れたような雲が見えて。




「すみません。 志藤さん、この荷物を持って行っていただけますか?」


ゆうこは一度社にやって来て、大きな紙袋を志藤に手渡した。



「なに、コレ・・・」



「南さんのブーケです。」



「ブーケ?」



「あたし、ウエディングブーケを作るレッスンを受けていたことがあったので。 作らせていただきました、」



「あんなん作れるの? フツーに?」



「アレンジメントの応用です。 あ、ナナメにしないで下さいね。」



「ハイハイ・・」




二人は一緒にタクシーに乗り込んだ。


ゆうこは車の中でも進行表を手に、確認をしていた。



「志藤さんも受付のお手伝いをお願いします、」



「え? ああ・・ハイ。」



「想宝の前会長さんは足がお悪いので、いらしたらエスコートしてあげてください。」



「・・ハイ。」




二人の結婚披露宴と言うよりも


まるで会社のパーテイーのように


彼女は淡々と準備を進める。




あんなに泣き虫なくらいだから


ものすごくナイーブな子なんだろうに。



大好きな人が


もう、本当に世間にも結婚を発表し



そうしたら


大きな大きな溝ができて


そこは二度と渡ることはできなくなる。





真面目なあの人が


彼女に誓った愛を


揺らがすことなど


絶対にないだろうし。




もう


終わりなんだよ・・。




志藤はゆうこの横顔を流れる景色と共にそっと見た。






「わ・・キレイ。」


ゆうこは南の仕度の部屋に行き彼女のドレス姿に感動した。



「あたし、チビやんかあ。 めっちゃ高いヒールの靴履いてんねん。 途中でコケたりしないやろか、」


南はいつもの通りだった。



ゆうこは持ってきたブーケを大事そうに箱から取り出す。



「わ~~。 めっちゃカワイイ・・」



南はそれを手に


嬉しそうに微笑んだ。




「よかった。 すごくドレスにも合ってて。 あと、お色直しのドレスはブルーなので、それに合わせたものも・・」


もうひとつのブーケを見せた。



「これもめっちゃかわいいやん。 ほんま、天才やな。 ゆうこは、」


南はもう胸がいっぱいだった。



そして



「ねえ、ゆうこ。」



改まって南はゆうこに言った。



「はい?」



「ほんまはずうっとずうっと言いたかった。 でも。 どうしても言えなくて。 だけど・・やっぱり言いたい。 ゆうこ、ありがとう。 ほんっまにありがとう。」




目鼻立ちのハッキリした彼女は


きちんとしたメイクをすると


さらに、美しく輝いて。




全てそれは


『あの人』のために。



ゆうこは少しうつむいて



「・・お礼なんて。 言わないでください、」



と言った。



「ゆうこ、」



「運命は。 全てずっと前から決まっていたんです。 ・・真太郎さんには、南さんなんです、」




その言葉が


自然にこぼれた。




「何も変わりません。 あたしはずっと社長や真太郎さんとお仕事をさせていただきたいです。 そして南さんとも。 それは・・心からそう思っています。 ですから、もう。」




南は


自分がゆうこに感謝をすればするほど


彼女を深く傷つけるのではないかと思い


それ以上は何もいえなかった。


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