第131話 絆(2)
そう言われた真尋は
また、猛獣のようにラーメンとギョーザを食べ始めた。
そして
食べながら泣いていた。
「・・真尋、」
志藤は驚いた。
「も~~~。 ほんっと! いろんなこといっぱい・・思い出しちゃって、」
もう、食べているのか泣いているのか
わからなかった。
真尋の最大のピンチは
酔っぱらって自転車でコケて足に大きな骨折をして
ただでさえ危なかった音楽院の卒業が決定的になったことだった。
留年か退学か
その決断を迫られて。
志藤は彼に学校を辞めてプロで生きていくように勧めた。
予定よりも早く来てしまった出来事で、事業部は慌てふためいた。
まだまだ無名だった真尋がプロとして生きてゆかなければならない。
そんなとき、志藤は一生懸命サポートしてくれた。
たくさんの人に頭を下げて、仕事を取ってきてくれて。
そして
シェーンベルグ先生に出会って、あのウィーンの一流オケと競演することになって
厳しい厳しいレッスンに耐えた。
先生はそれを見届けるように亡くなってしまって
ショックを受けて、しばらくピアノが弾けなくなってしまった。
そんな自分を優しく見守ってくれていたのは
やっぱり志藤だった。
浮気して
人気モデルと写真誌にすっぱ抜かれて。
真太郎や南だけでなく、志藤やゆうこも巻き込んで
死ぬほど怒られた。
志藤には殴られた。
それで
絵梨沙と結婚する決心ができた。
もう色んなことが
いっぺんに真尋の頭の中を駆け巡って、わけがわからなくなっていた。
全部平らげた真尋は
「ハンカチ!」
と手だけを出した。
「は?」
「ハンカチ!!」
怖い顔で言われて、ポケットからハンカチを出した。
真尋はおもむろにそれで鼻をかみ始めた。
「おい! 人のハンカチでっ!!」
「返すよ、」
ジロっと志藤を睨んで、それを返そうとしたので、
「アホ。 もういらんわ。 きったねーなァ・・」
と、つき返した。
「・・も、一回言ってくれよ。」
「え?」
そのハンカチを握り締めて、真尋は真っ赤な目で言った。
「なにを?」
「・・おまえはもう大丈夫だって、」
「真尋、」
「おれがいなくてもやってけるって、」
鼻をすすった。
志藤はふっと笑って
「・・ひなたがな、もうすぐ小学校卒業するんやけど。 大きくなったなあってほんま実感する。 だんだんと手を離れていって。 少しずつ一人前になるねんなあって。 いつまでも自分の手の中にいて欲しいけど、そういうわけにいかへんもんな。 手を離してもきちんと歩いていけるように、親は子供を育てなアカン。 おまえのことも、いつかは手放さないとアカンて。 思ってた。 それが今や。 みんなそうやっておっきくなんねん、」
まるで
父親のように温かく真尋を見た。
「な~。 絵梨沙~。」
いつものように彼女の膝枕で寛いでいた。
「ん? なに?」
絵梨沙は子供にするように彼の頭を優しく撫でた。
「がんばらないとな~。 おれ、」
ボソっと言った。
「どうしたの? いきなり。」
絵梨沙はクスっと笑う。
「頑張って。 もっともっとたくさんの人たちにピアノ、聴いてもらいたい。」
彼女の手を握った。
「うん。 もっといっぱい・・あたしにもピアノを聴かせて。」
絵梨沙はその握られた手を
握り返した。
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