第88話 運命(1)

「11月、ですか。」


ゆうこは北都から何気なく話をされた。


「ああ。 色々準備もあるし。 彼女の身体の具合も考えて。 その頃に合わせて発表もする、」



真太郎と南の披露宴の日にちが決まった。


ゆうこにこの話をするのも気がひけたが


言わないわけにもいかず。



会話の端に添えるように


そう言った。



「わかりました。 準備で何かありましたらお手伝いさせていただきます。」



ゆうこは静かに頭を下げた。



「いや、準備は・・ウチの家内もいるし。 きみに迷惑を掛けることはない。」


北都は遠慮をするように彼女に言った。



「いいえ。 大事な北都グループのご長男の披露宴ですから。 会社関係のご招待客もいらっしゃるでしょう。 それは奥様にはおわかりにならないこともありますし。 あたしがご協力させていただきます。」


ゆうこはふと微笑んだ。




無理をしているんじゃないか、と


ゆうこを気遣う北都だが


彼女の明るい顔を見て


少しホッとしてしまった。





「え~? なに?」



真尋の暢気な声が電話越しに聞こえてくる。



「だから。 おれたちの披露宴、11月23日に決まったから、」


真太郎は話を聞いていない彼にため息混じりに言った。



「あ、そー。 決まったんだ。」


「それで。 まあ・・大々的にやらないとなんないし。 招待客もハンパないことになりそうなんで。」



「そりゃそーだろ。 北都の跡取りの結婚式なんだから。」



「それで。 ピアノをおまえに頼みたいんだ。」


「・・ハア?? おれ?」



ちょっと声が大きくなった。


「いろんな人がたくさん来るから。 おまえのことも紹介したいし。 今後のことも考えて。」



「別に紹介しなくってもいいってば。」


面倒臭そうに言った。



「そうじゃなくて! おまえだってもうウチと契約したプロなんだからな。 これから日本でもどんどん売り出して・・」



「別にいいのに。」



あくまで暢気な真尋だったが



「ま。 それをおいといても。 真太郎と南ちゃんの結婚式ならしょーがないかな。 いいよ。 やるよ。」


と快諾してくれた。


「ありがとう。 よかった。」



ホッとした。


しかし彼は続けた。



「タダじゃないよね?」



「はあ?」



「だって。『プロ』だし。」



「報酬はちゃんと考えるよ・・」



アホなくせに


そういう

ことは


頭が回るし。



「そっちはいいけどさあ。 こっち今、夜中だよ? ちょっとは考えて電話しろよ~。」


とボヤかれた。



「ごめん。 寝てた?」



「ううん。 Hしてたとこ。」



あっさり言われて。



「はあ???」



真太郎は会社のデスクの電話で思わず大声を出し、みんなが一瞬振り向いた。



慌てて小声で、


「バカっ!! 何言ってんだっ! 昼間っから!」


赤面してきた。



「だからァ。こっちは夜中なの! いいとこ邪魔すんなよ!」


一方的に電話を切られた。




そっ・・


想像するじゃんかっ!!




あの


死ぬほど美しい絵梨沙のことを思い出してしまった。



「アハハッ! ほんまに~~? 真尋らしいっていうか、」


家に帰ってその話を南にしたら大笑いした。



「全く。 よくもまあ恥ずかしげもなく・・」


真太郎はボヤいた。



「でも。 うれしいな。 真尋のピアノで披露宴ができるなんて。」


南はしみじみ言った。



「準備も大変だろうけど。 南は身体に障らないようにやって、」


真太郎は優しく笑った。



「ウン。 自分の結婚式やもん。 大変でも楽しみ。 うれしいなあ、」


子供のような笑顔を見せた。



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