第64話 卒業(2)

南は重い足取りで


ホテルの部屋に真太郎と共に戻ってきた。



「あんまり顔色もよくない。 大丈夫なの・・?」


彼女の体調を心配した。



「ちょっとはゴハン食べれるようになったから、」


南はベッドの端に腰掛けた。



「社長から聞いてるんやろ? あたし・・手術して片方の卵巣を取ってしまって。 もう片方も炎症を起こしてて、なんとかそっちは残せたけど・・妊娠が難しい身体になってしまって、」



南はつらいつらい事実を彼に打ち明ける。


「聞いたよ。 それは。 どうして具合が悪かった時、おれに連絡をくれなかったの?」


一番それが言いたかった。



「どうしても手の離せない仕事で。 めちゃくちゃおなか痛かったけど我慢してしまって。 そしたら・・ある日起きられないほどになって。 もうちょっと早く来たらこんなことにはならなかったってお医者さんにも言われた。 あたしの責任やねん。 この仕事・・やり遂げたら、日本に戻りたいって思ってたし、」



南はまた涙ぐんだ。



「ほんまにショックで。 こんなこと絶対に真太郎には言えへんて。 ずっと思ってた。そしたら、もう精神的にも落ち込んでしまって。 夜も眠れへんし、食欲もないし。 眩暈がひどくて・・仕事もでけへんようになって、」




子供ができないかもしれない


身体になってしまったことを


言えなかったのは


女性として当然だったかもしれない。



「南、」



真太郎はどんなにか彼女が苦しんだのだろうかと思ったら


たまらなくなり


スッと彼女を抱きしめた。




「も・・あたしは、アカン。 真太郎はもっともっと・・未来がある人とつきあって。」


南は押さえきれずに号泣してしまった。



「おれは。 南じゃなくちゃダメなんだ。」



真太郎は彼女を抱く手に力を込めた。



「絶対に。 南じゃなくちゃ・・ダメなんだ!」



「真太郎・・」



「もうちょっと先のことだと思っていたけど。 『あの時』からまだ5年は経ってないけど。 おれと結婚してくれ、」




耳元で


そう言われたけれど


南にはその言葉がスッと入ってこなかった。




「え・・・」




そっと彼から離れた。



「結婚してください。 今、すぐ。」



真太郎は南の手をぎゅっと握り締めた。




「な・・何を言うてんの。 真太郎は! 北都グループの跡取りやん! それなのに! こんな子供がでけへん女と結婚なんかしたらアカンやんか!」



南は混乱するように少し取り乱した。




しかし


真太郎はさらに彼女の手首をぎゅっと掴んで、



「そんなのどうでもいいから! 子供・・いなくってもいいから! 南だけ側にいて欲しいんだ、」



真剣な目でそう言った。



「南と出会わなかったら、おれは無気力に何もせずに、時が経ったらオヤジの跡を継いで、何も考えずに生きてしまったと思う。 だけど、南みたいに何でもやる気に満ちて、頑張って楽しく生きていけるように、おれもなりたいって。 ずうっとそう思ってた。 だから、東大を受験する決心もしたし! 仕事も頑張ってやって来たつもりだし! 今日、卒業してこれからは、もっともっと仕事に打ち込めるってそう思ってた。 そのためには、南が必要なんだよ!」





高校生だった


彼の顔が


脳裏に浮かんだ。




ちょっとひ弱で


どこか憂いがあるような


物静かな男の子で。



楽しいことも何もないような


そんな雰囲気を持っていた。



彼とつきあうようになっても


自分は『姉』のような気持ちで


彼を引っ張って


立派に社長の跡を継げるようにって、それだけ願ってて。





「ずっと二人でいよう。 おれ、ほんっと・・南の他には何もいらないから・・」



真太郎も泣きそうな声で


また彼女を抱きしめた。



「・・・く・・」



南は小さな声を漏らして


また


涙をこぼしてしまった。


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