第63話 卒業(1)

今日の


卒業式を終えたら


すぐに南の元へ行こう、と少し緊張しながら


真太郎は仕度をしていた。




そこに



「あ・・おはようございます。 白川です。」



ゆうこから電話があった。



「おはようございます。 どうしたんですか?」



「すみません、卒業式の朝だっていうのに。 実は・・・南さんのことなんですけど。」



「南の・・?」



「すみません、黙っていて。 実はあたし南さんのお世話をさせていただいてて・・」



「それは夕べ父から聞きました。 本当に白川さんにお世話になって、」



「そんなことはどうでもいいんです。 なんか・・様子がおかしい気がして。 ゆうべ、胸騒ぎがして何度も起きてしまいました。」



「え、」



「あたしに『真太郎をよろしく、』って・・。 言って、」



ゆうこの


不安が真太郎にも伝わってきた。



それは


どういうことなのか。



一瞬、真太郎も


ドキンとした。



「行って、あげていただけませんか。」



ゆうこは


意を決して


そう言った。



「白川さん、」




「なんだか嫌な予感がするんです。 あたしではたぶん・・ダメですから。」




気を引き締めていないと


泣いてしまいそうだったので


ゆうこは小さな声でそう言った。



ありがとう・・


ほんっとに。



真太郎はゆうこに感謝をした。



「わかりました。 行ってきます。」



彼のその言葉に胸を痛めたけれど。





真太郎は


焦っていた。



卒業式用のスーツで、ホテルまでタクシーを飛ばして


フロントに駆け込んだ。



「あ・・真太郎さん。 おはようございます、」


支配人がにこやかに挨拶をした。



「あっ・・あのっ!」


挨拶ももどかしく。



南のことをたずねようとすると、気配がして振り向いた。



そこには


大きな荷物を持った南が立っていた。



「南・・」



真太郎は久しぶりに会った彼女の


その姿があまりに痛々しくやせ細っていたので


驚いたのと



彼女に会えた嬉しさで


言葉が出てこない。




「真太郎、」




南も彼がいきなり目の前に現れたのには驚いた。



真太郎は彼女が引っ張っていた、キャリーバッグを見て



「どこか、行こうとしたの・・?」


ドキドキしながら言った。



南はうつむいたまま答えない。


彼女に歩み寄り、細くなってしまった腕を取った。



「おれに黙って。 どこかに行こうとしただろ・・」




声が震える。



「ごめん。 ほんま社長にもめっちゃお世話になったのに。 だけど・・あたし、もう・・」



南は突然現れた真太郎の姿に動揺し、涙をこぼしてしまった。



「ちゃんと・・会って話をしてからって思ったけど。 あたしと・・別れてほしいって、」




彼女の言葉は


衝撃的だった。




真太郎はぐっと奥歯をかみ締めて、



「話を、」


と彼女の腕を引っ張った。



「卒業式やんか。 早く行かないと、」



「そんなのどうでもいい! 今は南と話をすることのほうが大事なんだ!」



真太郎は彼女が驚くくらい大きな声でそう言った。

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