第58話 使命(2)

特に


北都からは言われなかったが



このことは


真太郎には言わずにいようと


ゆうこは思った。





自分の口から


言って


どうする、とも


思っていた。





「・・ゆうこちゃん?」


退院の仕度をしていた南はやってきたゆうこに驚いた。



「お久しぶりです。 ・・荷物はこれだけですか? 忘れ物はないですか?」


ニッコリと微笑んで彼女の荷物を持ってやった。




南は


彼女が現れたことは


あまりにも意外で


言葉が出ない。




ゆうこも


南があまりに以前に会ったときよりも


痩せて


げっそりとしているのに


驚きを感じたが、そんな素振りを見せずに



「退院許可証は会計に出してありますか?」


にこやかに言った。



「まだ・・」



「じゃあ、あたしが。 会計も済ませるように社長から言われていますから。」


その用紙を手に取り一旦病室を出た。



ゆうこは南をタクシーに乗せた。




「ノースキャピタル赤坂に部屋を取ってあります。 社長からしばらくそこで休養するようにと。 ホテルなら食事も部屋で取れますし。 何も自分で動かなくても大丈夫ですから。」



あんなにおしゃべりだった


南が全く言葉を発しない。




「社長は南さんに甘えて欲しいんです、」




ゆうこは優しく言った。




「え・・」



「もっと自分を頼って欲しいんです。 そのお気持ちを汲んであげてください、」




不思議な子・・




南はゆうこの笑顔をぼんやりと見た。




ゆったりとして


柔らかくて。


一緒にいるとホッとして。



ああ、そや。


お母さんみたいや。




彼女は


『母性』が


体中から発せられてて。


ほんまに


やわらかい毛布に包まれているようにあったかくて。





ホテルの部屋について、ゆうこは荷物をクローゼットにしまったり、買ってきたミネラルウオーターをセットしたり。


甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。



「適当に買って来てしまったんですけど。 パジャマとか。 部屋着も。 南さん、あまり荷物を持って来ていないようだって社長がおっしゃっていたので。 気に入っていただけるか、」



恥ずかしそうに言う彼女に



「ほんま・・ありがと。」


南はようやく少しだけ笑顔を見せた。



「とにかく・・ゆっくり休んでください。 きっと、忙しすぎたんです。 あたしは仕事とかそんなにバリバリできるほうじゃないし。 南さんのように仕事一番に頑張れないし。 南さんの気持ち、わかってないかもしれませんが。でも、走ってばかりじゃやっぱり疲れますから。 立ち止まってゆっくりするのも、必要かもしれません、」





どうして


こんなにも優しい気持ちになれるのだろうか。





あたしのことは


真太郎の『彼女』として


避けたい存在だろうに。





この子だって


ずっと、彼のことを


仕事上のパートナーとして


そして、プライベートでも


想っていたはずで。




あたしの知らない


二人だけの繋がりがあって。





「なんで・・?」


南は震える声でゆうこに言った。

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