第38話 スタートライン(3)
年末に向かって
他の仕事が多忙になった。
真太郎は相変わらず大学に通いながら、仕事もきちんとこなしていた。
社長室に来客があったので、ゆうこはコーヒーを淹れて入っていく。
「どうぞ、」
そっとカップとソーサーを差し出した。
「ありがとう。 白川さんが淹れてくれるコーヒーを飲んだら、喫茶店に行かなくてもいいね、」
来客はシルバーレコードの社長・阿川とその息子で秘書の翔太だった。
「そんなこと。 褒めすぎです。」
ゆうこは恥ずかしそうに笑った。
「いえ。 本当にいつも美味しいです。」
息子の翔太もニッコリ微笑んだ。
シルバーレコード社とは長い付き合いで社長同士も仲がいい。
こうして彼らが社を訪れるのも珍しいことではなかった。
「お待たせしました。」
北都が社長室に入ってきた。
「相変わらずお忙しいですね、」
阿川社長が笑う。
「そちらほどじゃあありません。」
和やかに会話が弾む。
彼らが話を終えたころ、真太郎が講義を終えて出社してきた。
「あ、阿川社長・・翔太さんも。 いつもお世話になっています。」
丁寧にお辞儀をした。
「学校帰り?」
彼のラフな格好を見て阿川は言った。
「ハイ。 もう3時なんですけど。 少し仕事があったので。」
「頑張るねえ。 本当に頼もしい息子さんで北都社長がうらやましい。 ウチの翔太は学生時代は遊んでばかりで。」
チラっと息子を見た。
「ちゃんと勉強だってしていましたよ、」
翔太は不満そうに言い返した。
「いえ。 ぼくは別に趣味もないし。 仕事も楽しいですから、」
「いい跡取りになれるよ。 じゃあ、」
阿川はにこやかに手を挙げて立ち去る。
すると、翔太は父が歩き出したのを見て、
真太郎の背中に手をやって、小さな声で
「今日、メシ行かない?」
と誘った。
「え・・あ~、8時ごろでもいいですか?」
真太郎は自分のスケジュールを頭の中で確認した。
「いいよ。 また電話するけど。 で。 頼みがあるんだけど。」
「頼み・・?」
「あ、真太郎さん。 おはようございます。」
もう3時を回っているが、真太郎が学校を終えてやって来る時はゆうこはそう言って出迎える。
「・・おはようございます、」
「さっき沢藤先生からお電話がありました。 真太郎さんがいらしたら折り返すとお伝えしました。」
「あ、はい。」
「後は。 明日は朝からいらっしゃれるんですよね? 社長が新しく作るホールのことで打ち合わせにお出かけになるので・・・」
ゆうこは手帳を見ながらどんどんと話していたが、
「白川さん、」
それを遮るように真太郎は声をかけた。
「はい?」
「ちょっと・・いいですか?」
「はあ・・」
隣の静まり返った資料室にゆうこを呼び出した。
「何ですか?」
きょとんとした表情で真太郎の言葉を待った。
「今日の夜・・暇ですか?」
えっ!
その『デートの誘い』っぽい
ひとこと
なんですか!?
ゆうこは思わず半歩下がってしまった。
「実は。 さっきお見えになっていたでしょう? シルバーレコードの阿川社長と息子さんの翔太さん、」
「え・・ええ。」
「翔太さんから食事に行こうって誘われて。 それで、どうしても白川さんを一緒に連れてきて欲しいって。」
「は・・」
勝手にときめいてしまった自分を
もんのすごく
恥じた。
「ほんとはいきなり白川さんを誘いたかったらしいんですけど。 やっぱりイキナリすぎるかなってことで、ぼくも一緒にって、」
想像もしていなかった言葉だった。
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